第13話 『ラゥル・キャミニシー』
安定を、手に入れた。
しかも一日の内にだ。暮らせる部屋、仕事・・・・・・この二つがあるだけでも精神的に大分違うのだ。
「それじゃ、早速明日から働いてもらいたいんだが、いけるか?」
「勿論ですっ。いつ頃来ればいいですか?」
「そうだな・・・・・・色々と教えたいから朝、」
「あれ? 不機嫌に仁王立ちしてるかと思ってたけど、和やかそうに会話してるじゃん。どったの?」
これからの段取りを話し合うユレスとドハドルに介入したのは、年若い女性の声だった。
ドハドルと共にそちらに顔を向けると、いたのは——、
「おめぇ、やっと帰ってきたのか・・・・・・ラゥル」
「(この人は・・・・・・)」
背は中背、平均的な女性の背だろう。顔は形がいい鼻、小さい口、二重まぶたは強い生命力を感じさせる——可愛らしい顔つきをしている。長い橙色の髪は後ろに落とすツインテールであり、今は彼女の両肩に乗っている状態だ。
体の線は細いが胸は大分強調しており、背とは違ってこちらは平均を余裕で超えていると分かる。
見たのは背中だけだったが、この女性は昼頃に見た、走り去ったあの彼女と同一人物で間違いない。
ドハドルにラゥルと呼ばれた女性は、ドハドルとユレスを交互に見やり、ユレスで止まってジッと、彼の白い頭髪に視線を送って口を開いた。
「まだ若そうに見えるのに髪真っ白・・・・・・実はめっちゃ若作りしてるおじいちゃん?」
「違います」
つい反射的にそう答えたユレスに、彼女はずいっと距離を詰め、
「じゃあお兄さんなんだ? へー・・・・・・生まれつきそうなの?」
「ええ、まぁ・・・・・・」
「こらラゥルッ。失礼だろうが! ずけずけと訊いてんじゃねぇ!」
「そう言う方が失礼だと思うなー、あたしは」
「いえ、髪の事は言われ慣れてるので大丈夫ですよ」
幼少期からよくイジられたのだ。ほんの少しだけ鼻に付くが、大して気にする程ではない。むしろ会話の一つとして使えると、前向きに捉えた方が建設的だろう。
そう思案する傍ら、橙色の髪の彼女はドハドルの言葉を受け流しつつ、
「気にしてたらごめんね? それでキミは・・・・・・」
「私はユレス・バレハラードです。明日からこちらのドハドルさんのお手伝いをさせていただく者です」
「え・・・・・・それって、家で働くって事!?」
「家・・・・・・?」
ここで、はたと気づく。遠慮なく会話し合う彼女とドハドルは同じ橙色の髪。そして今の言動。
思い違いでなければ、この二人は——。
そうして、呆れたため息をついたドハドルは「あぁそうだ」と想起した風に呟いて、口を継いだ。
「ユレス。こいつがウチのバカ娘——ラゥルだ。年は十八のガキだぜ」
「ちょっ!? しんっじられないですけど!!? 何勝手に女の年バラしてんのこのクソ親父!!」
「親に向かってクソ親父だとてめぇ!! いい度胸してんじゃねえか!!」
再び勃発した口喧嘩——親子の喧嘩に戸惑うユレスはどうしたらいいか分からず、鎮火するのを待ち続けて少しの間。
親子は荒い呼吸を繰り返しながら、お互い顔を背け合い、
「たくっ・・・・・・わりぃなユレス、話を戻そう。とりあえず朝に来てくれ。その方がお客が少ないからよ」
「は、はい。入る時は正面からで?」
「あぁいや、そーだな・・・・・・裏口から入ってもらえるか? 店の隣に路地裏があるだろ。そっちの方の扉は俺らが普段暮らしてる家に繋がってるから」
「分かりました。あとは何かありますか?」
「あとは・・・・・・どこに住んでるんだ? 一応把握しておきたい」
「そこの宿屋の一室です」
「ほぼ隣か!?」
「へー・・・・・・」
驚くドハドルに興味深そうにユレスを見るラゥル。話はこれで終わりかな、とユレスは締めくくるようにこう言った。
「では改めて・・・・・・明日から、よろしくお願いします!!」
「——おう。待ってるぜ」
「じゃ、あたし部屋戻るねー」
「おいラゥルっ。いつも言ってるが正面からじゃなくて裏口から入れ!」
「面倒だからお断りわりー」
「このガキは・・・・・・!」
どこ吹く風とばかりに正面の扉から入る娘を、肩を怒らせる父が追っていく。不仲そうに見えるが、違う側面から見ると仲が良いとも見える親子だ。
バタンッ、と閉じられる正面の扉。最後にユレスは武器屋——明日から働く店を隅々まで見渡して、鷹揚に頷き、
「よし・・・・・・明日からバリバリ働くぞ!」
無論、武器屋の労働はした事がない身だが、何事も経験だろう。
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——その日の夜。
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
自分のベッドに腰を下ろし、うなだれているハルマレアの前には困ったように片手で頬を掻くユレス。
小柄な彼女にどう声を掛ければいいか、決めあぐねているのだ。
「・・・・・・失念も失念。まったくもって失念としかいえぬな」
うなだれたままボソリと呟く彼女に、やはりユレスは答えられず無言だ。
しかし、彼女は返答など期待していない。心中の独り言を口にしているだけなのだから。
独り言を舌に乗せてしまう程の失念なのだ。
そして、彼女は小さい両手で自分の顔を包み——失態の惨状を吐露した。
「そもそもあて、見た目が子供みたいだから雇ってくれぬはずがなかろうだったのだ・・・・・・!!!」
「・・・・・・確かに、そりゃそうだ」
テレブール王国に来た興奮でまともな思考ではなかったハルマレアはさらにうなだれ、ユレスは静かに同意した夜であった。
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興奮も冷めた朝。悲しい現実に打ちひしがれたハルマレアは不貞寝を決め込み、まだおやすみ中だ。
自分が持っている革袋の一つ、元々持っていた方を彼女の傍らに置き、ユレスは静かに部屋を出て一階に下り、店内清掃をしている宿屋の店主の老婆——名はグレセスらしい——と朝の挨拶を交わし、外へと出る。
人はまばらだ。早朝の時間帯だからだろう。
「頑張るぞ・・・・・・!」
そう自分を奮い立たせて歩き出すユレス。武器屋での初仕事なのだ。気合も入ろうというもの。
ほぼ時間もかからずに武器屋の正面に着く。隣同然なのだから遅く着くはずもない。昨日ドハドルに言われた通り裏口から入るため、路地裏に身を躍らせる。
そうして、裏口だろう扉付近に一人の女性をユレスは発見した。
彼女もユレスに気付き、ニコニコとした笑顔で近づいてきて、
「おっはよっ。ユレス!」
「ラゥルさん。おはようございます」
そう、いたのは昨日知り合ったばかりのラゥルだ。まさか彼女がいるとは思わず動揺するが、ひとまず無難に挨拶を返す事には成功する。
しかしそれが気に食わなかったのか、顔をしかめた彼女はさらにユレスとの距離を詰め、右手の人差し指でユレスの胸を突いてこう言った。
「さんと敬語は禁止。ユレスの方が年上でしょ? 多分」
「まぁ、そうですけれど・・・・・・」
ラゥルとは一歳差だ。だと言っても相手は雇用主の娘なのだ。礼節は弁えないといけないだろう。
だが彼女の性格を考察すると・・・・・・敬称と敬語を使い続けたらすこぶる不機嫌になりそうである。ここは素直に従った方が賢明か。
「・・・・・・分かったよ。で、こんな早朝にどうしたんだい?」
「本当に来るのかなーって思ってね。頑張って早起きして待ってみたの」
「そりゃ来るさ。せっかく手に入れた仕事だし、ドハドルさんの好意を無碍にはしたくないからな」
「真面目だね~。てかさ、武器屋の娘が言うのもなんだけど、武器ってあんま必要なくない? 武器なんて使わなくても魔法があるじゃん。万物のチカラの魔法がさぁ」
そう言った彼女が、無造作に左腕を横に振るった直後。
ビュォッ! と中々強い風が左側から吹き、ユレスの白髪と彼女の橙色の髪を大きく揺らした。
明らかに自然の風ではない。間違いなく今彼女が使った魔法——緑風魔法だ。
「特にあたしの魔法は尚更だよ。剣にも負けない切れ味の風も使えるし」
「・・・・・・魔法に自信を持ってるんだな?」
「ふふッ。自分に自信を持ってる女は魅力的でしょ? あたしはね、常に誇れる自分でいたいの。あ、そういえばユレスはどんな魔法が使えるの?」
「・・・・・・・・・・」
まさか——『魔王』だけが使える『黒魔刻魔法』が使えるよ☆ などと言えるワケもない。
どう答えるべきか。
「赤熱? 青氷水? あたしと同じ緑風? まさかの聖光とか? だとしたらあの子と同じだね・・・・・・」
畳み掛けてくるラゥルの言葉を受け止めつつ思索を重ねていく。例えば適当に今彼女が言ったどれかの魔法を使える、と言ったとしたら、じゃあやってみて、という流れになりかねない。
ここは・・・・・・素直に言うべきか。今の状態を、だが。
それしかないと白髪の彼はため息をつき、
「信じられないかもしれないが・・・・・・実は、魔法が使えないんだよ」
「は・・・・・・?」
ポカンと口を開けるラゥル。当然の反応だ。
「いやいや、嘘でしょ。言いたくないの?」
「本当だ。君がさっき言った魔法、全部が使えない」
嘘はついていない、と心中で白髪の彼は嘯く。
しかし、やはり信じられないのか、彼女は疑念の表情をユレスに向けながら片手で自分の懐を探り——バッ! と勢いよく二枚の小さい白い紙を取り出した。
脈絡なく出してきた白い紙にユレスは首を傾げ、疑問を口にした。
「それは?」
「知らない? これはね、『魔判紙』っていう特別な素材で出来ている紙なの。この紙に魔力を通すと色が変わってその人の使える魔法が判断出来るの」
そう言った彼女は二枚の内の一枚を空いている左手で取り、目を細めて直後。
ズズズ・・・・・・と浸食するように、彼女の左手から緑色が生まれ、やがて白い紙が緑色の紙へと変色を遂げた。
「ん。こんな風にね。あたしの場合は緑風魔法だから緑色。赤熱だったら赤色。青氷水だったら青色。聖光だったら金色だよ。分かりやすいでしょ? ほら、こっちでユレスもやってみて。色が出るまでこの先は行かせないからね」
「・・・・・・・・・・」
なぜそんな物を持ち歩いているのだ、と言いたいが、正直それどころではない。
もし試してみて色が出てしまったら、なんで嘘をついたの、という面倒な展開が待っているのは想像に容易い。『黒魔刻魔法』の魔力を流したらどんな色が出るかは不明だが。
——よし、とユレスは決めた。
このまま逃げよう。
「すまないラゥル。私には仕事とドハドルさんが待っているから、これで」
早口にそう言って彼女の横を通ろうとするが、
「だから逃がさないって言ってるでしょっ」
「うっ!?」
あろうことか、彼女は突進気味にユレスに激突し、両腕を伸ばして彼の腰に抱き着いてきた。
たたらを踏みそうになるが、彼女に掴まれているため動きたくても動けない。さらには分かっていてやってるのか、平均以上の二つの胸が押し付けられ、ユレスの中にかつてない程の得体のしれない感覚が暴走し始めた。
「(な、なんだ・・・・・・? 怒涛の如く押し寄せてくるこの感覚は!!? 怖い・・・・・・怖い、が、決して悪くない。いや、むしろ癒される? ハッ! 何てことだ・・・・・・私は今、一つの神秘を解き明かしてしまった!!)」
そう、神秘だ。
それは——女性の胸には、他者を幸福にする癒しの波動を放つチカラがある事だ。
素晴らしい。まさに楽園。永遠に揺蕩っていたい素晴らしき世界——。
「——ではなくっ。離してくれラゥル! というか何でそこまでして私の魔法を知りたいんだ!?」
「だって不公平じゃん! あたしだけ見せてさ! 公平! 公平さをあたしは求めたい!!」
公平公平と喚き立てるラゥルは離そうとしてくれない。このままでは仕事に遅れてしまう。仕事初日から遅刻など言語道断にも程がある。
・・・・・・仕方ない。何が起こるか不安だが、ここは素直になった方がいいだろう。
参ったようにユレスは両手を上げ、
「負けだ。私の負けだよラゥル」
「じゃあ?」
「ああ。やるよ・・・・・・」
「よっし! そうこなくっちゃ! はい『魔判紙』」
もう一枚の白紙——『魔判紙』を腰から離れた彼女から受け取り、ジッと、ユレスは右手で持つ紙を見つめる。チラリと彼女の方を見やると、ニコニコとした笑顔が視界に入った。
こうなったら後戻りはもう出来ない。やるしかないのだ。
「(神よ・・・・・・!)」
まさに崖から飛び降りる気分でユレスは『魔判紙』に魔力を流す。どれぐらい流せばいいか分からないが、とりあえず少量で流した。
果たして、結果は・・・・・・、
「え・・・・・・?」
浮かび始めた結果にラゥルが呆然と呟く。ユレス自身も驚愕だ。
まず『魔判紙』の白色がじわじわと黒く染まっていき、それだけにとどまらず、黒一色に変色後、ぼろぼろと崩れ始め、一かけらも残さずに塵になったのだ。
「え? え? 何これ・・・・・・? 初めて見た・・・・・・」
「————」
黒色に染まるのはなんとなく分かるが、まさか塵になるとは予想外だ。
耐えがたい沈黙がこの場を支配していく。
故にユレスは、動揺しながらも口を開き、
「こ、これで満足したよな? 行っても、いいかな・・・・・・?」
「あ、うん・・・・・・どうぞ」
「ありがとうっ。じゃあまた!」
今度こそ逃げるように彼女の横を通り過ぎ、裏口へと入って行った。
一人残されたラゥルは、ポカンと口を開けたまま裏口へと顔を向いて思わずこう呟いた。
「なんなの・・・・・・あいつ・・・・・・」
もったいぶって隠すあたり、もしや珍しい聖光魔法の使い手かと思案したが、出た結果は予想の斜め上まっしぐらだった。
黒く染まるのも驚いたが、さらにそこから塵になるとは。
不思議だ。髪が真っ白といい、彼は普通ではない。
ますます——興味深い存在だ。
「・・・・・・そーだ。今度あの子も交えて、あそこに連れていってみようかな? 楽しくなりそっ。ふふ!」




