第12話 『落ちた先にあるのは』
「ではここまでの距離で換算しまして・・・・・・イユ銀貨四枚にフィムルクス金貨一枚ですね」
「んー・・・・・・と、はい」
ジャラジャラと革袋の中の金をかき混ぜつつ、業者の彼に提示された金額、フィムルクス金貨一枚とイユ銀貨四枚を取り出して彼に渡す。中々の出費だが、ここに来るまでの距離は相当なモノだったため妥当な金額と言ったところだろう。
「ちょうどですね。では僕はこれで・・・・・・テレブール王国、是非お楽しみください」
「はい。ここまでありがとうございました」
「よい乗り心地であったぞ。気をつけて帰るがいい」
「ははっ。妹さんも王国を満喫してくださいね。では」
誰に見られても自分達は兄妹だと思われるらしい。業者の彼は一礼した後、外側に取り付けられている長椅子に戻り、ここまでの道を引き返していった。
体を反転させ、ユレスとハルマレアはテレブール王国、その大きな入り口を視界に入れる。入り口の左右には門番の役割だろう、衛兵が一人ずつ槍を持って不動に立っている。その二人の視線は間違いなく、自分達に向いているはずだ。
「いや、比べたら失礼甚だしいが、やはりメデルス村とは規模が違うな」
「一城一国だからな。とりあえず入ろうか」
少し歩けば入り口の目前だ。門が無い入り口。入ろう、と言ったが、その前に衛兵に止められて色々訊かれる事間違いない。
そう予測しつつ歩き出し、入り口の目前まで来ると、
「すいません、少しお待ちを」
案の定、右側にいる衛兵に呼び止められた。ユレスは素直に歩みを止め、隣で歩く彼女も続いて止まる。
そしてユレス達に声を掛けた右側の衛兵の彼、左側にいる衛兵の男もユレス達との距離を詰め、右側の衛兵が改めて口を開いてきた。
「見たところ行商の方ではなさそうですが、観光目的でここへ?」
特に隠す必要もないだろう。ここは正直に答えるべきだ。
そう思案し、ユレスはかぶりを振ってこう言った。
「いえ、この王国で暮らそうと決意して来ました。それでなんですが、この王国の宿屋はどれ程ありますか? 部屋を借りたいので」
「おぉ、住人に・・・・・・っと。宿屋でしたね。見た通り広い国なので結構ありますよ。全部で十三店舗ですね」
「十三・・・・・・」
確かに多い。選ぶのに骨が折れそうだ。
ひとまずは散策して当たりを見つけつつ、領内を把握していくのが常套か。
「それだけあれば、良い宿が見つかりそうだな」
そう言ったハルマレアは宿屋が多い事を前向きに捉えたらしい。
せっかくここまで来たのだ。彼女を見習ってむしろ良いと思案すべきだろう。
そうして、ユレス達の目的を聞けたからか、衛兵の二人は道を譲るように横に動き、
「問いに応じていただきありがとうございました。どうぞお入りください」
「ええ、お疲れ様でした」
衛兵の彼らに労いの言葉を送ってから、ユレスとハルマレアはついにテレブール王国の領内へと入っていく。
中はまさに彼女の言った通り、メデルス村以上の活気さで賑わっている。人々の声、雑踏が常に入り乱れて耳が休まる暇がない程だ。
「ぉお・・・・・・人に酔いそうだ。まさに王国にふさわしき光景よな」
「ああ、とりあえずどこかでご飯をいただいてから散策するか?」
「うむっ。何はともあれ腹に何か入れなくては始まらんからな!」
紫髪の長いポニーテールを揺らしながら笑顔を咲かせる小柄な彼女と共に、ユレスは美味な匂いが漂う方へと進んでいった。
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初めてお目にかかった食事に舌鼓を打った後、さっそくユレスとハルマレアは宿屋探しの行動に移った。存外容易く一店舗、二店舗、三店舗と見つけたのだが、運が悪いのか。
その宿屋全て、長居可能な部屋が空いていなかったのだ。
あと十店舗。こう幸先が悪いと、残り全ても無いのではないか、と悪い思考に走ってしまう。
「むぅ、物事とはやはり、簡単にはいかぬモノだなぁ」
「まったくだ・・・・・・」
そう会話をしながらも散策して周囲に視線を散らすユレスとハルマレア。内心は結構焦り気味だ。
そして少し先の左側に、四店舗目の宿屋を発見した。
今度こそは、と思案しつつそちらに行こうとした時だった。
「こらラゥルッ!!! 今日はちゃんと店番するって昨日約束しただろうが!!」
「約束したのは昨日のあたしだもーん! 昨日のあたしは死んだの!」
「何馬鹿な事言ってやがんだおめぇはっ。戻ってこい!」
「今日のあたしは新しい約束があるんだよ! 約束は守らないとねッ!!」
「どの口が言ってんだてめぇは!? あぁクソッ。逃げ足だけはホント早いな・・・・・・!!」
ふと気になり歩みを止めて見てみると、ちょうど左側に武器屋の店があり、その開け放たれた扉の前には両肩を落としている長身の男、顔から判断するに三十代——ソムロスとほぼ同じ年代であろう。橙色の短髪を全部後ろに流す下の顔は中々の強面だ。
次いでに振り返って視界に入ったのは、行き交う人々を避けて走り去る中背の女性の背中だ。後ろに落とすように結っている橙色のツインテールが激しく上下に揺れている。
「どうしたユレス? 行かないのか?」
ユレスより少し先にいるハルマレアがそう声を掛けてくる。彼女は彼らに興味が無いのか、無関心だった。
ずっと見ていても仕方がない。ぶつくさと愚痴を呟いて武器屋の店内に入っていく強面の男の背中を最後に見やってから、ユレスは彼女の隣に戻り、四店舗目の宿屋に向かう。
そして新たに見つけた宿屋の扉の前に立ち、取っ手を回して開き入っていく。宿屋の内装は小綺麗で一階と二階、そのどちらにも複数の部屋の扉がある。
さらに右側にはユレスの腰程の高さの横に長い台があり、台の内側には一人の年老いた老婆が座っている。この宿屋の店主だろう。
また無いのではないか、という不安を押し殺しながらユレスは老婆に近づき、
「すみません。私とこの子とで長居出来る部屋を借りたいのですが・・・・・・」
「あぁ・・・・・・」
曖昧な返事を出した老婆の顔が横、部屋がある方へと向く。
ダメか、と思考が勝手に結果を出す。これまでの流れですっかり弱気になっている。
そうして、老婆の顔がユレスの方に戻り——慈愛を滲ませる微笑みを浮かべて彼女はこう言った。
「ええ。一部屋だけですが、ありますよ」
——良かった。やっと見つかった。
四店舗目でついに空き部屋に出会えた事に心底安堵したユレス。あと宿屋は九店舗あるが、正直もう探す気力は湧いてこない。
もうここでいいだろう、とユレスは決定したいが、ハルマレアの意思も訊かなくてはならない。
早速ユレスは、
「レア。私はここがいいんだが、どうだろう」
「ふむ・・・・・・」
思案する素振りを見せつつ彼女はぐるりと体を回していき、内装を隅から隅まで見やる。そこから顔を天井に上げて少し間を置いてから、頷くように首を下に動かして口を開いた。
「あても賛成だ。ここにしよう、ユレス」
「そうか・・・・・・! では空いている一部屋を貸してくださいっ」
これで生活出来る部屋は手に入れた。老婆から宿屋内の決まり事、月が進んだ時に払う金などの説明を受けながら、本当に見つかって良かった、とユレスはひとまず安心するのだった。
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「ほお、中は結構広いではないか。ベッドが二つあるぞ」
老婆の説明によると、一階の部屋は一泊用で、二階の部屋は長居用らしい。しかも空いていた部屋は偶然にもベッドが二個ある部屋だ。これまでの不幸が幸運になって返ってきたのだろうか。だとしたら不幸に苦しんだ甲斐もあったというものだ。
先に入ったハルマレアはとてとてと左右に設置されているベッド、左側の方に飛び込み、
「うむ! このベッドっ、なれに決めた! あてはこのベッドな!」
「はいはい、じゃあ私は右側だな」
どっちでもいいユレスは淡泊にそう答え、ぼすん、と右側のベッドに腰を下ろす。
そして思案する事は次の目的——仕事探しだ。
ここで少し休んでから行くか、と思索した時だった。
小柄な彼女は「ふふ!」という不敵な笑みを浮かべて、こう言ってきた。
「ユレスよ。この後は仕事探しに出掛けるんだろう? 実は、あてはここまでの散策で・・・・・・やりたい仕事を見つけたのだ!」
「ッ!?」
驚愕である。自分が見つける前に、すでに彼女は仕事を見つけているとは。
「いつの間に・・・・・・どんな仕事なんだ?」
「それは——いや、簡単に教えてはつまらぬな・・・・・・よし、あてが出す条件を突破したら教えてやろう」
「じょ、条件?」
何やら余計な事を思いついた彼女はベッドから離れ、ユレスの元まで近づいてから口を開いた。
「なれの仕事が決まったら、教えよう。それなら五分五分であろう?」
「それは確かにそうだけど・・・・・・」
少し思案して、まぁそれもいいか、と白髪の彼は彼女が出した条件を飲む事にし、
「分かったよ。けれどすぐ見つけるから、条件を変えた方がいいんじゃないか?」
「言うではないか。口だけにならない事を期待するぞ? だっはっは! ではあては早速行ってくるぞ。夜にまた会おうぞ」
珍しく挑発をするユレスに彼女は愉快気に高笑いしてから部屋を出て行く。
一人残された白髪の彼は、勢いをつけるように腰を上げて、やる気を上げるようにこう言った。
「侮るなよレア。条件を出したのを後悔させてやる・・・・・・!」
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空は青色から哀愁を感じさせる橙色の夕暮れへと変わった。
「ふっ」
その夕暮れの空を見上げるユレスは、口元を歪めている。
探し始めてから大分時間が流れ、結果、
「——ありえないぃぃぃぃぃぃぃぃ・・・・・・!!!!!」
まったく、見つからなかったのであった。
「どれも良さそうで何が一番か決められない! まずい・・・・・・このままではまずい!!」
頭を両手で抱えるユレス。そんな彼をなんなんだ、と行き交う人々が視線を送るが、当の本人はその視線に気付かない程余裕がない。
啖呵を切ってこれでは非常に格好悪い。ハルマレアに間違いなく笑われるだろう。
「くそっ。ここで頭を抱えても時間を無駄にするだけだ・・・・・・とりあえず一旦帰るか」
まずは部屋で落ち着こう、と帰省本能が激しく刺激されているユレスはトボトボと帰路を歩き始める。
このまま決められなかったら、無収入の烙印を押される事請け合いだ。ハルマレアは自分よりも圧倒的年上だが、見た目は小柄な少女だ。
小柄な少女に養われる無収入の男。
「だ、ダメ男すぎる・・・・・・!!」
やはり部屋に帰るのはやめとこう、と踵を返そうとした時だった。
「おいアンタ・・・・・・大丈夫か? すっげぇ落ち込んでるような感じで見ていられねぇんだが」
そう野太い声がユレスの耳朶を打った。もしや自分か、と思案して声がした方を見やると、
「あ・・・・・・」
視界に入ったのは、今日の昼頃に見た武器屋の店舗と、その武器屋の扉の近くに立っている強面の男だ。
言葉を詰まらせているユレスに強面の彼は勘違いしたのか、「あぁ」と納得したように呟いた後、右手でぱちん、と自分の右頬を叩き、
「俺の顔が怖いか? すまねぇな、生まれつきこんな顔だからよ」
「いえ、そんな事は・・・・・・」
本人も自覚しているのか、参ったように肩をすくめる。
しかし、言動は優しくて気さくだ。見た目通りの人物ではないと窺える。
そして強面の彼は、太い腕を組んでこう言った。
「で、なんで落ち込んでんだ? 良かったら聞くぜ? 何か悩んでる時は、話すだけでも楽になれるもんだからよ」
「————」
自分とはまったく関係ない、知り合いでもないのに。彼にいい事があるワケでも無いだろうに。
もう、限界だった。
その包み込むような優しさが、ユレスの琴線に触れた。
「私は今日、この王国にやってきた身なのですが・・・・・・住む部屋は見つかったけれど、し、仕事がっ、やりたい仕事が選べなくて・・・・・・!!」
「ほう・・・・・・」
気付いた時には、強面の彼にぶちまけていた。
言葉にすると情けなく感じて涙が出そうになるが、それでも確かに彼の言う通り・・・・・・少しスッキリする感覚がユレスの脳裏を駆け抜けた。
そして、顔を俯かせるユレスに強面の彼は、
「なるほどな・・・・・・そういう話なら、力になれるかもしれないぜ」
「え・・・・・・?」
「見ての通り、俺は後ろの武器屋の店主だ。小さい店だが、それでも質がいいのが評判でな。それなりに繁盛している」
「は、はぁ」
どう返せばいいか分からず、相槌だけを打つユレス。今言った事と、力になれるとは一体——と、ここまで思案してまさかと気付く。
もしや、この店主は。
「だが、悲しい事に働く奴が俺しかいねぇ。一人娘はいるんだが、そのバカ娘は店をまったく手伝わなくてよ・・・・・・。要するに圧倒的人手不足なワケだ。だからよ、アンタが良ければなんだが」
呆然と立ち尽くすユレスに強面の彼は近づき、ポン、と大きな左手で白髪の彼の肩を優しく叩き、
「——ウチで働いてみねぇか? 勿論金は弾むぜ」
そう、救いの手を差し伸べてくれた。
「・・・・・・・・・・・」
決められなかった仕事。やりたい仕事。
彼の提案を断るなんて選択は——選ぶはずがなかった。
姿勢を正し、ユレスは彼に一礼をした後、
「未熟な私ですが、それでも役に立てるなら、是非・・・・・・!」
「うしっ、決まりだな」
強面の彼は、ユレスの肩に置いていた左手を下ろし、握手を求めるように差し出してこう言った。
「俺はドハドル・キャミニシーだ。アンタは?」
「私はユレス・バレハラードです。——これからお世話になります!」
そう名乗りつつ、差し出された左手を右手で応える。
ガッ、と握り合う中、強面の彼——ドハドルは、
「おう。これからよろしくな! ユレス!」
泣く子も同じ笑顔になるような、そんな人懐っこい笑顔を浮かべるのだった。




