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HARUMAREA  作者: 火束 大
第二章 『双璧の姫君』
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第11話 『夜、野営にて』


「さ、さてぇ、そろそろぉぉぉぉぉええええええええ・・・・・・ま、回り過ぎて気持ち悪い~・・・・・・」


「まさに自業自得だな・・・・・・」


 延々と回っていたハルマレアがやっと止まったかと思いきや、女性にあるまじき声とえずきを出して苦しんでいた。

 その彼女の背中をさすってやりつつ、しばし間を置いて、


「ふぅ・・・・・・すまぬなユレス。おかげで落ち着いたぞ」


「体を回して吐き気を覚えるとは思わなかったよ」


 そう呆れた風に言う白髪の彼にハルマレアは苦笑する。だが仕方があるまい。嬉しさが内から溢れて、回らずには——動かずにはいられなかったのだから。

 さて、と容姿を一新したハルマレアは気を取り直してから口を開いた。


「そろそろ、蜥蜴(とかげ)車に乗って遠い街に行くとするか?」


「それはいいんだが、遠い街と言ってもたくさんあるから行き先を絞らないとね。魔王軍にバレるまでは定住したいし・・・・・・」


「ふむ。それなら蜥蜴車を運営している業者に訊くのが良いのではないか?」


「それが一番かな」


 ユレスとハルマレアは言うなれば世間知らずだ。世界の地理に明るくない。

 であれば、その道の熟練者に訊くのが手っ取り早いだろう。うんうんと唸り続けて時間を浪費するのはまさに無駄、愚の骨頂である。


「よし、じゃあ入り口まで戻ろうか」


「うむ。まだ荷車が空いているといいのだがな」


 この村に来た時に見かけた荷車は二台だ。もし二台とも無かったらしばらく待つしかない。下手したら宿屋で一泊案件の可能性も高い。

 そうならない事を祈りつつ、ユレスとハルマレアは入り口方面に向かっていった。




     ⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨




 結果から言うならば、二人の抱いていた懸念は杞憂に終わった。

 一台は無かったが、もう一台は変わらずに置いたままだ。勿論一台あれば事足りる。

 ホッとしつつユレスとハルマレアは運送業者の店に近づき、扉を開いて店内へと入る。少し先に縦に長い仕切り台を挟んで、一人の中年の男が暇そうに頬杖をしていた。

 しかし、ユレス達を見るや否や慌てて姿勢を正し、愛想がいい笑顔を浮かべ、


「いらっしゃい! 蜥蜴車をご利用かな?」


「ええ」


 そう短く返事しつつ、ユレスは中年の男の目前まで移動してから口を継いだ。


「その前に訊きたいのですが・・・・・・ここから最大で行ける街はどこなのでしょうか? なるべく遠い街に行きたいんです」


「む? んー・・・・・・そうだな」


 一瞬、中年の男の顔が不安気に歪んだのをユレスは捉えた。遠い街に行きたい、という言葉に夜逃げのような不穏さを感じたのかもしれない。

 だが彼らも商売だ。お客に訊かれた問いを無下には出来ないだろう。

 中年の男は腕を組みつつ、閉じていた口を開いた。


「まぁ、ここから最大で行けるのは——テレブール王国だな。街っつーか国だな」


「テレブール王国・・・・・・どんな国なんですか?」


「国の名前の通り、テレブール王が治めている結構でかい国だ。その国の近くにはシュノレース王国っていうテレブール王国との同盟国があったんだが、十数年前に滅んじまったみたいだな・・・・・・理由は分からんが」


「ふむ。穏やかではない部分もあったが、いいのではないかユレス? あては行ってみたいぞ、そのテレブール王国に」


 どうやら彼女は気に入ったようだ。他のも訊こうかと思案しかけるが、一番遠い街——国の答えはもう出た。行くならやはり、一番遠い所がいいだろう。

 ユレスは首肯し、


「決まりだな。ではテレブール王国までお願い出来ますか?」


「分かった。少し外で待っていてくれ。今業者と走巨蜥蜴連れてくるから」


「はい。行こうレア」


「うむ」


 裏に引っ込んで行く中年の男に背を向けつつユレスとハルマレアは外へと出て、残っている一台の荷車あたりで待つ事しばらく。

 荷車がある反対側の方から、扉の閉開音と生き物——走巨蜥蜴の鳴き声が聞こえてきた。

 入り口の扉ともう一つ、走巨蜥蜴も出入り出来る用の扉があるのだ。やがてユレス達の元に来たのは、予想に違わず先程の中年の男と業者の男、そしてその業者の男に連れられているユレスよりも体が大きい、全身灰色の走巨蜥蜴だ。


「待たせたな。じゃあ俺は店に戻るから、あとはよろしくな」


「はいっ。それではお客様、すぐに準備しますのでもう少々お待ちください」


 中年の男に声高く返事をした後、業者の男はユレス達に一礼してから走巨蜥蜴と共に荷車に近づき、長い紐状の物を走巨蜥蜴にくくりつけたり荷車の状態を点検し始めた。

 もうすぐで、この地を離れる事になる。


「いよいよだな。テレブール王国・・・・・・住みやすい国なら良いのだが」


「ああ。あっちに着いたらまず、宿屋で部屋を借りよう。それからは仕事探しかな」


「仕事か・・・・・・あてに出来る仕事があるのだろうか?」


「それは探してからじゃないと分からないなぁ」


 金はまだまだあるが、働かなければいずれ尽きて一文無しになるのは目に見えている。

 これまでは、ソムロスの神父の仕事の手伝いぐらいしかやった事がないユレスだ。新しく始める仕事に対して不安が全く尽きない。

 しかし、生きるのに必要だから働かなければならないのだ。

 やってやるっ、と自分自身を奮い立たせた直後、


「お待たせしました! どうぞお乗りくださいっ」


 ガラガラガラ、と車輪の回る音と合わせて荷車が動き、走巨蜥蜴にくくりつけた紐を両手で持つ業者が荷車の一番前、外気に晒されている長椅子に座っている。出発の時が来た。

 荷車の扉を開き、ユレスから先に乗りこんでその後をハルマレアが続く。中は左右に取り付けられている赤い長椅子があるだけだ。

 ユレスは右側を、ハルマレアは左側に座り、対面する形になる。

 そして、


「では——テレブール王国へ出発します!!」


「ギギィ!!」


 走巨蜥蜴の(いなな)きと同時に、荷車は走りだした。

 外の景色が相当な速さで横に流れていく。その景色を見つめながら、ユレスの鼓動はあらゆる意味で早鐘を打ち始める。


 先が見えない不安。


 新天地への期待。


 全てがごちゃ混ぜになってユレスの心中を荒ぶらせているが、この感覚は決して悪くないモノだ。

 そう、悪くないのだ。だから呟いた言葉も——楽し気なのは当然だった。


「楽しみだな・・・・・・テレブール王国・・・・・・!!」




     ⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨




 ——出発はしたものの、さすがに一番遠い国だからか。そうあっさりと着ける距離ではなかった。

 昼から夕、そして夜になり、業者から野営を提案され現在焚火を囲んでいるユレスとハルマレア。当の業者は走巨蜥蜴に餌を与えつつ世話をしている。

 焚火のパチパチと火が弾ける音だけが耳に入る夜の世界。静かで、ゆっくり時が流れる夜だ。


「野営は初めての経験だ。存外良いものだな?」


「ああ。火を眺めているだけなのに心が安らぐな」


 まったりとした彼女にユレスもまったりと言葉を返す。この分なら地面でもよく眠れそうだ。

 そこでふと、とある疑問が脳裏をよぎった。

 先刻の彼女の言葉、野営は初めての経験、という部分だ。どこにあるかは知らないが、彼女の実家——魔王城とでも言えばいいか、魔王城からテルスタ村まで来たハルマレアだが、当然テルスタ村の近くにそんな恐ろしい城はない。


 蜥蜴車も違うだろう。彼女は出会った時から一文無しなのだから。

 では自分の足で来たのだろうか。しかし野営は初めての経験だと彼女は言った。つまり一日でどこぞにある魔王城からテルスタ村まで来たという事。

 一日だけで来れる距離とは、到底信じられないが。


「・・・・・・レア。今更な話なんだけれど」


「なんだぁ? あー、ねむ・・・・・・」


 うつらうつらと頭を揺らすハルマレア。焚火の火加減がちょうどいいため眠気が押し寄せて来たのだろう。

 眠りに落ちる前に訊くか、と心持ち早口でユレスは、


「最初に教会(うち)に来た時、どうやって来たんだ? 歩きじゃあ、ないよな? さすがに」


「あぁ・・・・・・歩きと言えば歩きだが、メデルス村の近くまで飛行出来る怪魔(ダクストル)に乗ってびゅーん、て飛んで来たのだ。その怪魔(ダクストル)を用意をしてくれたのがあての唯一の従者であり理解者でな・・・・・・無事に過ごせていると良いのだが」


「従者がいるって事は、やっぱりレアはお嬢なんだな。女性かい?」


「当然だろう。湯浴みの世話とか服装の世話とかやるのだぞ。異性に任せるはずがなかろう」


「そ、そうか。・・・・・・会ってみたいな、その人に」


「うむ。見目麗しい美人であるから、会えばドギマギ待った無しであろうな」


「ドギマギ・・・・・・」


 そうして、会話が一段落した直後だった。


「——そういえばこの辺は、シュノレース王国の領地だった所ですね」


 そう言ってユレス達の場に介入してきたのは業者の男だ。走巨蜥蜴の世話を終えてきたのだろう。彼も焚火の前に陣取りつつ腰を下ろし、


「もう半分行けばテレブール王国で、ここから少しそれて進めばシュノレース王国の跡地があるんですよ。跡地と言ってもまだ城や城下町はありますけれど」


「シュノレース王国・・・・・・聞いたところによると、今や亡国という話でしたね。滅んでからそのままなのでしょうか・・・・・・」


「多分そうかと。亡国には浮浪者や野盗が集まるモノですから、なんとかしたくても手をこまねいているのでは、と思います」


「ふぁ・・・・・・危険を犯すぐらいなら放置、か。テレブール王国は同盟国と聞いたが、手に負えないと見えるなぁ・・・・・・ねむねむ」


 欠伸をしつつそう言った彼女は、自分の片腕を枕にして横になった。一瞬後にはすぴーすぴー、と誰もが分かりやすい寝息を立て始める。寝つきが良すぎて実に羨ましい。


「くかかかかかか・・・・・・」


 しかしその寝言だけは全然羨ましくはない、とユレスは彼女から業者の男に顔を向け、会話を続ける事にした。


「ここらにはシュノレース王国以外には街とかないんですか?」


「ええ。ですからテレブール王国はほぼ独立国家ですね。よく行商の方達が出入りして需要品などを仕入れていますよ」


「へー・・・・・・」


 独立国家ならしばらくは暮らせるかもしれない。そんな安堵がユレスの心中に浸透していく。それに王国ならば人も多いだろう。いい隠れ蓑になる。

 テレブール王国を選んだのは正解だったか、と何気なく周囲を見やった時だった。

 遠い先、一つの小さい光が動いていた。


「?」


 真っ暗な暗闇だからこそ、その光は良く見えるのだ。小さい光はそのままどんどん離れていき、やがて見えなくなった。

 何だろうか、あれは。


「どうしました?」


 一方向に顔を固めているユレスを不思議がってか、業者の男が素直に尋ねてくる。白髪の彼は「いえ」と前置きしてから顔を戻し、


「あちらの方向に動く光が見えまして・・・・・・一体何なのかと」


「あっちは・・・・・・。・・・・・・ッ」


 ユレスが右手の人差し指を指す方向に業者の男も見やった直後、彼の顔が苦いものを口内に入れたように歪んだ。

 なぜそんな顔をするのか、あちらの方向、小さい光が消えた先がますます気になる。

 そしてユレスが訊くまでもなく、業者の男は——答えを言った。


「あの方向の先に、シュノレース王国があるんです・・・・・・」


「えっ」


 光が動く、恐らく小さな光の正体は、燭台などの明かりを持つ人間だ。

 では人間なら、なぜ亡国であるシュノレース王国に行くのか。思索して思いつくのは先にも出た浮浪者や野盗だが。

 それ以外となると・・・・・・。


「(シュノレース王国に暮らしていた人とか? けれど、それだったらわざわざ夜に行く必要はないよな。危険にも程がある)」


 だとしたらやはり裏に生きる者か。そちらの線の方が濃厚に違いない。

 であれば、関わる必要など微塵も無いだろう。シュノレース王国の現状が気にならないと言えば嘘になるが、ユレスには関係ない。所詮はただの好奇心なのだ。

 ユレスが思案すべきなのは、これから暮らす部屋の事と、新しい仕事を探す事だ。


「あなたが見た光の正体は恐らく・・・・・・浮浪者の類かと。普通の人はこんな暗闇にまず出かけませんから」


 業者の彼もユレスと同じ結論に至ったらしい。頷き、「ですよね」とユレスも同意して会話を締めくくり、いつもの習慣で祈りを捧げてから体を横たわらせる。

 そして目を閉じて全身の力を抜く。眠気がまだ残っていたのか、ハルマレアには負けるが、そう時間もかからずに意識が落ちてくれた。




     ⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨




 目覚めて最初にユレスを迎えたのは、晴天輝く青い空であった。

 微睡む意識で、なぜ自分は外で寝ているのだ、と思案する間もなく、想起される昨日の記憶。

 そう、自分はここで野営をしたのだ。

 理解すると同時に覚醒した意識で立ち上がり、両腕を目一杯青空に伸ばす。


「くかかかかかか・・・・・・」


 奇妙な寝言を立てているハルマレアはまだお眠のようだ。地面の寝床が気持ち良いのか、涎を垂らしている顔は笑顔である。

 業者の方はと荷車がある方を見てみると、すでに彼は起床して荷車の内装、車輪を点検していた。そちらの方に近づきつつユレスは、


「おはようございます」


「あ、おはようございます。もう行かれますか?」


「はい。今連れを起こしますので、準備をお願いします」


「かしこまりました。こちらも走巨蜥蜴を起こしますね」


 お互いの相棒を起こすため二人は一旦離れ、業者の彼は体を丸めて寝ている走巨蜥蜴の所へ、ユレスはハルマレアの元まで歩き、屈んで片手で彼女の肩を揺らしつつ、


「ほらレアっ。もう朝だぞー!」


「こっかかかかか」


「新しい寝言だな・・・・・・レアー、レアさーん? 起きてくださーい!」


「む、ぅ・・・・・・」


 ガクガクと揺らす中、彼女は鬱陶し気に目を開いていき、黄色の瞳に青空とユレスを写した。やっと目覚めてくれた。

 大きく口を開けて欠伸をする彼女は、両手で目を擦りつつ上半身だけ起き上がってこう言った。


「なぜあては外で寝てるのだぁ・・・・・・? ——ハッ! まさか何かの病気か・・・・・・!? お兄ちゃんだずげてぇ~!!」


「寝ぼけているのかふざけているのかどっちなんだ?」


 左腕に抱き着いてくる彼女をそっと剥がし、荷車の方を見やる。あちらの相棒は完璧に目覚めたようだ。いつでも出発可能な態勢が整っている。業者の彼もこちらを見ていたようで、軽く片手を上げてくる。準備完了、と伝えているのだろう。

 これ以上待たすのは彼に悪い。ユレスはいまだに立ち上がらない彼女に左手を差し出し、


「ほら、行こう。時間は待ってくれないぞ」


「そう急かすな・・・・・・ん」


 ポン、と差し出されている白髪の彼の左手に彼女は右手を重ね、ぐっと握る。直後、ユレスは立ち上がり、彼女も立たせるとそのまま荷車の方へと向かう。

 寝ぼけまなこのハルマレアは、白髪の彼に引っ張られながら、彼の背と繋いでいる右手を交互に見た後、にんまりと笑ってこう言った。


「これはまるで、世話がかかって仕方がない妹を嫌々ながらも実は内心世話出来て嬉しい兄の構図ではないか?」


「どこまでも私を妹好きにしたいらしいな、君は」


 呆れた風に言うユレスだが、あながち間違いではない事にヒヤッとしつつ荷車に向かうのだった。




     ⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨




 荷車に乗りこみ、再び蜥蜴車に揺られる時間。

 飽きることなく流れ変わる景色を見つめるのもそろそろ終わりそうだ。

 なぜか、それは——窓から見える景色に、()()()()()が入ってきたからだ。


「お二人とも! そろそろ着きますよ!」


 外側から大きな声が飛んできた。無論、走巨蜥蜴を走らせている業者の彼の声だ。その彼の声に触発されたハルマレアは、ユレス同様窓に顔を寄せ、


「おお・・・・・・! あれが・・・・・・」


「ああ。あれが・・・・・・」


 見えるのは、視界に収まりきらない程の広さ。数えきれない程の建造物、そして一番目立つ建造物——空高くそびえる城だ。

 あの国こそが、これからユレスとハルマレアが暮らす新天地——、


「テレブール王国か!!」




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