便利な贈り物
一方でウォーカーは差し迫って来る馬の音に危機感を募らせながら戦車前方のハッチを開き、運転席に飛び込んだ。
車内に設置してあった操向ハンドルを差し込み、ハンドルを起こす。
エンジンを始動させるため、一気にスターターキーを引いた。
ディーゼルエンジンの独特な回転音と振動が車内を包む。
これだけの音を立てていたら、まあ普通に気づかれるかな。
……この次ってクラッチを切ってギアを入れればいいの?
第一、エンジンって十分に温まってるのか? ってか、何速で発進するんだ?
ふと、落ち着いて目の前に有る数々のレバーやペダルを見て悩むウォーカー。
一体どう操縦すればいいんだ?
少なくとも現代のオートマチック車の様に簡単ではないのは確かだ。
「えーっと、どうすれば前進するんだ?」
焦りから心の中の思いがつい声に出る。
すると、その声に反応するように戦車は微速で前進を始めた。
「おお、これは便利だ!」
一人合点がいったウォーカーは次なる指示を戦車に出した。
「ギアをトップまで入れて、時速70キロまで上げて!」
すると、勝手にハンドルやペダル、レバーが動き始め、ギアを一つづつ、上げていく。
ギアがかみ合う音やレバーが動く音と共に車内の振動とエンジン音が大きくなる中、ウォーカーは10年前この世界に自分を送り込んだ神との会話を思い出していた。
「つまり思いのままに操作できる魔法。ってのは、操縦方法を分かるようになるのではなくて文字通り操ることだったのか!」
これは良い魔法を貰ったとウォーカーはにやけていた。
実際の所、戦車がエンジンを始動し動き出すまでは様々な手順を踏んで、時間を要するものだ。
冬場など冷えた場所ではエンジンも冷え切っていて、現代の自動車の様にスイッチ一つで動く物ではない。
それを全て自動で行ってくれると言うのだから。
戦車のカタログ等は知っていても実際の操縦方法などの知識が無い素人の自分にとってはありがたい限りだ。
そう結論付けたウォーカーは一人、この世界に送り込んだ神に感謝していた。
屋敷のあった高台を下ったBT-7は街道に戻り、森へ向かって走行している。
金網製カバーの後部から突き出す排気管からは白い煙が絶え間なく噴き出していた。
運転席のハッチを開けて前方を見るウォーカー。
風切り音とエンジンの唸る音、まだ遠い森の上空は相変わらず赤く染まっており、その光を目指してBT-7も進んでいた。
とは言っても戦車の前照灯は余り強力なものではなく、月明かりも何もない夜道を時速70キロ近くで走るのにはかなり危険なものだった。
しかし自分が今戦車に乗っていると言う事実に興奮しているウォーカーにとって、そのようなことは瑣事な事だった。
しばらく走行して、森林の入り口まで来た二人。
森は村々に着けられた火が延焼し、少しずつだが確実にその燃えている範囲が広がっていた。
戦車を止め、ハッチから外に降りるウォーカー。
目を凝らして街道を見つめても追手が来ている様子はない。
どうやら、大丈夫みたいだね。と、ホッと一息をついた。
実際の所、憲兵たちは何やら謎の音を立てて現場から走り去る影を目撃し、追跡をさせていたが、街道に入ったところで見失っていた。
又、屋敷が全壊しており、要救助者がまだ残っている可能性が有った為、そこで追跡は打ち切られ、彼らも救助へと戻ったのである。
BT-7の時速70キロ超のスピードは伊達では無いのだ。
戦車によじ登り砲塔のハッチを開けるウォーカー。
中を覗いてみると、キリクが完全にグロッキーな状態になっていた。
「大丈夫? キリクお兄ちゃん」
「お、おう。 大丈夫だ……」
これ以上乗っていたらキリクは一歩も動けなくなるな。と、判断するウォーカー。
どう見ても大丈夫では無さそうだし、ここまで来たら後は歩いてもいいか。
そこまで距離もないし。
キリクが砲塔のハッチから出てくるのを手伝い、戦車を消滅させたウォーカー。
まだ少しフラフラなキリクに肩を貸しながら、パチパチと木々が所々燃え始めている森の中に入っていった。
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