おふざけ。
友達のメイクのモデルをした後、直接来ると言う美緒を部屋で待つ龍太郎は、ちょびっと楽しみにしていた。メイクのモデルっていうのはよくわからないけれど、今時のメイクなら厚化粧にはならないだろうし、普段と違う顔になってるのかなーなんて。
ときどき報道で見る「原型をとどめていないメイク」ってのは、確かにすごい。普段街を歩いている可愛い女の子が、実は目の大きさが半分だったり唇の形が全然違ったりする。美緒は化粧しても素顔でも驚くほど変わっていることはないから、朝起きたら別人が横に寝てましたーなんていうのは、想像もつかない。
夕食の支度はカレー一本やりだ。他のレパートリーは、ハヤシライスとクリームシチューとケチャップで炒めたスパゲティのみである。それでも、美緒の真似をして生野菜を洗ってみる。いつ美緒が来ても良いように用意して、ビールのプルタブを開けてDVDを眺めた。
かちゃかちゃと音がして、目が覚めた。うとうとしている間に、美緒が入ってきてキッチンで何かをしているらしい。
「おかえり」
声をかけると、返事は一鳴き。
「にゃぁ……」
なんですか、それは。
「美緒ちゃん?」
「にゃぁぁん」
マグカップを両手に持った美緒のいでたちは、どこかで見たことがある。水色のエプロンドレスは、ウサギの穴に落ちたアリスだろう。けれど、くるくるふわふわに巻いた髪から出ているのは。
「なんで、猫耳?」
「大きくなったら人間になるの」
どう見ても人間が猫の耳の模型をつけているようにしか見えないです、美緒ちゃん。それに君は、俺よりも大きいです。
「メイクのモデルだったんだよね?」
「うん、可愛くなった?」
確かに可愛い。肌はすべすべして頬の赤味が綺麗だし、人形みたいに睫毛が長い。ただ何て言うのかな、全体的に作り物めいている。
「メイクでそんな格好するの?って言うか、その格好で電車乗ってきたの?」
「友達が車で近くまで送ってくれたの。どうせなら彼氏に見せて萌えてもらいなさいって」
ああなるほど、これは萌えキャラってもんなのか。それにしても、どこかで知ってる……
「なんのメイクのモデルなの?」
「えっとね、コスプレとかそういうの。漫画のキャラクターになろうってやつだって」
ふうん、漫画……漫画ねえ。そこでふと龍太郎の脳裏に、擬人化した子猫が浮かび上がってきた。あれの名前は、ええっと。有線のアニメ番組で、見たことあるぞ。
「……チビ猫か!」
ぼんやりしたものが一気に形になり、妙にスッキリする。そうだ、言動はともかく意外に少女趣味な姉の部屋に、文庫本サイズのその漫画があった。
「え?龍君、その漫画知ってるの?あたし、よくわかんなくて」
「静音が持ってた。それってさ、なんか大きくて銀色の猫出て来なかった?」
「いたよ。抱っこされた写真とか撮ったもん。どこかのサイトにアップされるみたい」
抱っこ?美緒ちゃんを抱っこできる大きさってことは、男?美緒ちゃんが子猫に見える大きさの男って。
龍太郎のコンプレックスに火がついたのは、言うまでもない。
「もう二度と、そのモデルをしてはいけません」
「ちゃんとモデル料も入ったし、楽しいんだけどなあ。来月もお願いって……」
「いけませんっ!」
龍太郎のマジな顔を見て、美緒は意見をひっこめた。なんだか琴線に触れるものがあったらしいことは、なんとなくわかる。ここはとりあえず、笑って誤魔化せ。
「にゃあ?」
美緒は両手をついて、龍太郎に這い寄った。普段同じ目線の美緒が、上目遣いになる。
「にゃあ」
エプロンドレスの下は、凝ったことにレースの長い下着までつけて。くそ、こんな人工的なものまで可愛く見えちゃうじゃないか。
「にゃっ!」
美緒が軽く握った拳を膝に置くと、我慢ができなくなった。柴犬が猫のコスプレをしている絵が、龍太郎の頭の中にできあがってしまう。
「お手!」
「にゃんっ」
差し出した掌に乗せられた手を曳いて、さて、どうしようか。
fin.