第8話 金の流れ
夜会の翌朝。
クラリスとメイは、また新たに作戦会議を開いていた。
ちなみに、先日より部屋を隣の質の良い客室へ移した。しかしあえてメイとは同室のままにしている。分かれる方が不都合で、危険が多いと踏んだからだ。
「メイ、夜会で色々なことが見えてきたわ。セラフィーヌ様からの情報で、点と点が繋がってきたわ」
「その顔は、まだまだやる気ですね、クラリス様」
メイが、期待半分、諦め半分という顔をする。
「あたり前よ。お父さんのところに逃げ帰るのが嫌なのもあるけどね、こんな扱いされたままノコノコ帰る方がもっと嫌なの。幸いセラフィーヌ様のおかげもあって、レオナール様も考え方を改める方に少しだけ傾いてくれたから、あとは私たちに嫌がらせをしている奴らが裏で悪いことをしているという証拠を集めるだけよ」
「ふむふむ。でも、実際にどうするんです? いっつもレオナール様のそばにホーディンクのやつがいるじゃないですか。あれじゃレオナール様と相談もできやしない」
「私に、考えがあるわ」
*
「レオナール様、私をモデルに絵を描いていただけませんか」
クラリスがそう言い出したのは、その日の昼食の場であった。
当然、使用人たちの目がある場所だ。
「えっ? うん、そうだね……いいよ。わかった」
レオナールはクラリスの意図を察してか否か、ともかく承諾した。
クラリスは、その日の午後からレオナールの部屋を訪れることになった。
予定の時間にクラリスは早速レオナールの自室を訪れ、モデルとして座る。
当然のようにホーディンクも入り口の脇に立っている。
しばし会話も少なく、ただデッサンのために木炭がカンバスを擦る音だけが響く時間が続く。
「……それでは、別件の時間となりましたため、一度失礼いたします。別の者をよこします」
しばらく経ったのち、ホーディンクが口をひらいた。
「ああ、他の者は呼ばなくていいよ。用があったらこちらから呼ぶから大丈夫」
「……かしこまりました」
ホーディンクは何かを言いたげであったが、主人の命には従い部屋を後にした。
部屋にはレオナールとクラリスの二人だけとなる。
「ふぅ。レオナール様、小声で失礼します」
「なんだい? クラリス。これは、目的があってのことなのだろう?」
レオナールはクラリスの肖像画を描く手は止めず、問いかける。
別の目的があってのことと承知しながらも、それはそれで進めるらしい。
「外にまだ誰かいるかもしれませんので……昨夜の話、ご相談するなら二人きりの時間が必要だと思いまして、このような申し出をさせていただきました。レオナール様のお時間をとってしまい申し訳ございません」
「流石に僕でも、そんなことだろうとは思っていたよ。絵を描くのはとても時間がかかるから、自然な形で二人きりになれるように仕向けたのだね。頭が回るね、君は」
「いえ、そんな……それで、推薦状というのは、ご確認いただけたのでしょうか」
「うん。これまで四度の縁談をいただいたのだけれど、最初は推薦状なしで、ローバー侯爵家から。ローバー侯爵家は我が家と懇意にしているからね。こちらのご令嬢とは半年ほど婚約関係にあった。それから他の三家は、推薦状付き。君を除く二家はいずれも一、二週間程度で破談となってしまったんだ」
「それは……いくらなんでも短いですわ」
――レオナール様は絵ばかり描いているけれど、決して悪辣な人ではない。そんな簡単に婚約を諦めるようなことはないはず。やっぱり怪しいわね。
「それらの三通の推薦状は、すべてレーム伯爵からのものだった。君の縁談に関してもね」
「……怪しい、なんてものではありませんわね。昨日もホーディンクさんの横にずっといたようですし」
クラリスは、昨夜の光景を思い出す。
「やはりそう思うかい? 僕も改めて見てびっくりしてしまったよ。君のお父様はレーム伯爵と親しいのかい?」
「少なくとも、家でその名を聞いたことはありませんわ。貴族になって日が浅すぎるので伯爵家と懇意になるとは思えませんし、商売上でも……少なくとも直接の仕入れ、販売先としては記憶にありません」
「そうなんだ。ますます怪しいね。ただ、婚約相手の推薦を三度したからといって何かの罪になるわけではない。問題は……」
「その婚約者たちを本当に家から追い出して、新たな候補の家から金を得るようなことを繰り返しているのか、ですね」
「そうだね。でも、そんな証拠はないんだよね……。クラリス、君はどう思う?」
「はい。レオナール様には耳の痛い話になるかもしれませんが……私は初めてここに来たときから、明らかに嫌がらせを受けていました。昨日はついに厄介者だと明言されましたわ。私自身が平民の出で貴族の流儀に疎く、初めはどこまでが嫌がらせなのかわからない部分もあったのですが、もはやうっかりで済ませられる状態ではないのです」
「そんなことに……辛い思いをさせて申し訳ない。うっかりで済ませてしまっていた僕の責任だ。セラに言われた通り、周りに無関心すぎた。ごめん」
クラリスに頭を下げるレオナール。
――本当に、素直に頭を下げられる人ね。
クラリスは、昨夜の夜会の光景がなければ公爵閣下の凄さを心の底から理解できなかったかもしれない。それくらい、レオナールは自然体で悪いと思ったら謝り、反省する人間であった。
「しかし……本当に罰するのならば金の流れまでを追わなければならない」
顔をあげ、真顔で言うレオナール。
その顔からは、もはや「わが家の使用人だから信じる」というような甘さは消えていた。
「一つだけ確認なのですが、アーヴィング公爵家の縁談に関する謝礼金を、使用人が受け取った場合はそれは公爵家の収入となりますか? 使用人の私的な収入となりますか?」
「公的には、アーヴィング公爵家の収入になるだろうね。本人の縁談でないのだから、仕事の延長上だろう。とはいえ、こんな話、公的な処理をしているとは思えないけれど」
「そうですよね。ただ、それであれば一つだけ思いつく方法があります。本当は使いたくない手ではあるのですが……」
「へえ、どういう手だい?」
「私の父、ゴードンに正直に言ってもらいましょう。どこへいくら支払ったのか。その上でアーヴィング公爵家の帳簿を確認すれば差異がわかるはずです」
「ええっ!? ……いや、でも、さすがに君のお父様もこのお金をきちんと支払い先まで明記して帳簿に載せてはいないんじゃないかな」
――レオナール様の読みは正しい。だけど、正しいだけなのよね。
「はい、父は強欲ですが馬鹿ではないので、裏金のようなところから出していることでしょう」
「そうでしょう? それでは難しいのではない?」
「いえ、言ったとおり父は強欲な商人です。正直に言った方が得な状態にしてしまえば良いのですわ。私が公爵夫人になれば、父は公爵の義父という立場になれるのです。他にも多くの利害がありますが、伯爵および公爵家使用人との繋がりとどちらが得か、言うまでもないでしょう」
「……君のお父様の立場が悪くならないかい?」
「嘘をつけというわけではないのです。ただ、正直に話すだけです。男爵になって半年の男には、この話の裏すべてを察することは難しいでしょう? 娘の幸せのために、口を利くという者へ金を渡すこと自体は、騙してその金を何度も何度も受け取ることよりも相当に軽いことでしょうから」
「君は、本当に頭が回るね」
「本当は、父に頼りたくはないのですけれどね」
肩をすくめるクラリス。
――あとは、お父さんが素直に乗ってくるか、ね。強欲だから、あの人。
「ところで……僕も一つ相談なんだけれど……」
レオナールが真剣な目でクラリスを見る。
「は、はい。なんでしょう」
「この肖像画、本当に描きあげるまで付き合ってもらっていいかい? 王宮主催の肖像画の展覧会があってね。そこに向けて描かせて欲しいんだ」
予想外の話に、クラリスは目をぱちくりしてしまう。
「私なんかでよろしければ、ぜひ。今度、他の絵もぜひ拝見させてください」
――本当に、絵がお好きなのね。
クラリスはクスっと笑い、承諾した。
「それでは、父に確認するために実家に戻るので、数日お暇をいただきますね」
「いや、それには及ばない」
「……? メイに行かせるべきでしょうか?」
「いや。僕も行こう」
「ええっ!? 私の、家にですか!?」
クラリスは、絵のモデル中にも関わらず、思わず立ち上がってしまう。
「ああ。絵筆を買ったあそこで良いのだろう?」
「……あれは支店です。いくらなんでももう少し大きな家ですわ」
「わかった。実はまだ君のお父上にも会ったことがないし、いい機会だろう? あの絵筆、良い描き味でね。ちょうどもう一本欲しかったんだ」
本気とも冗談ともつかない顔で、クラリスにウインクするレオナールだった。




