第6話 夜会
「ただいま戻りましたー。って、おーっ!?」
ドレスを選んだ日の翌日、夜会の当日。
クラリスの実家から戻ってきたメイが驚きの声をあげる。
「どう? メイ。今夜、夜会があるの。そこでこれを着ようと思って。エイルと選んだの」
ドレス姿のクラリス。シックなドレスなのに、やけに似合っていて、大人っぽく見える。同い年の主人の見違えた姿に、素直にメイは感嘆した。
「夜会ですか! いいと思います。似合ってますよ、それ」
「ありがとう、このドレスを見たときにピンと来たのよ」
――彼が似合ってるって言ってくれた色だしね。
「レオナール様にもお見せしたのですか?」
「まだよ。これからこれで良いかお見せしに行こうと思って」
その時、ドアがノックされる。
「クラリス様、エイルです。レオナール様のご用意ができたそうです」
「はい、参りましょう。メイも一緒に」
「かしこまりました」
三人でレオナールの部屋へ向かう。
中に入ると、ホーディンクをはじめとする使用人が五名、レオナールの身支度に奔走している。
「やあ、クラリス。僕はこんな普通の黒の礼装になったよ。陛下も来るならフォーマルが良いってみんな聞かなくって……おお」
クラリスの方を向いて、レオナールが目を丸くする。
「いや、クラリス。良い、良いよ! その色! とても似合っている。秋の葉を思い起こさせて、季節柄とも合っているし、君の髪なんかともピッタリだね」
「ありがとうございます。レオナール様も大変お似合いですよ」
「……あれ? なんか最近同じようなことをどこかで言ったような」
首を傾げるレオナール。
「おほほ、ではまた夜会の始まる時間に参ります」
この場であの時の話をされるのは避けたい。クラリスはごまかして退出した。
*
夜会は、アーヴィング公爵家の誇る、広いボールルームで開催された。
女性は皆煌びやかなドレスに身を包み、男性はそれを優雅な所作でエスコートする。
クラリスは貴族の子弟が集まるパーティには参加したことがあったが、これは規模も、レベルも段違いだった。
メイは侍女として壁際に控える役にも関わらず、入り口で固まってしまった。
「ク、クラリス様。なかなか……すごいですね」
「あなたが呑まれてどうするの。緊張するのは私の役目よ」
「さあ、いこうか、クラリス。緊張することはないよ、そんなに悪い人はいないよ」
レオナールがクラリスの横に立つ。
――あなたにとっては、そうでしょうね。でも覚悟の上よ。
上級の貴族の性格が良いなどと聞いたことはない。誰もがセラフィーヌのように最下級の貴族であるクラリスと気さくに会話を楽しんでくれるとは限らない。そのことをクラリスは理解していた。
「はい、参りましょう、レオナール様」
――私はもう、レオナール様の婚約者なんだから!
事前に情報は回っていたのか、レオナールが見知らぬ女性をエスコートしていること自体に驚くものは少なかった。しかし、やはり赤茶色のドレスを身に纏う傍らの女には、好奇の目が向けられる。
「あら、アーヴィング公。今宵はお招きいただきありがとう。可愛らしいお嬢さんをお連れね」
薄紫のドレスに身を包んだ、見るからに高貴な装いの女性が寄ってくる。
「これは王太子妃殿下。ご機嫌麗しゅうございます。こちらはクラリス・ボルワート男爵令嬢。私の婚約者です」
――い、いきなり王太子妃様!
「クラリス・ボルワートです」
昨日の夜、改めて百回は練習したカーテシーを披露する。
「まあ、そうですか。エルビート伯爵令嬢とは婚約解消されたのですね。あの子も良い子ですのに」
「いやあ、振られてしまいまして」
――私の知らないレオナール様を、皆は知っているのね。それはそうよね。
クラリスはまだレオナールから他の令嬢となぜうまくいかなかったのかは聞いていない。深い話をしようにもホーディンクがいつもそばにいるから込み入った話が難しいのだ。
クラリスは、改めてここで自分は異分子なのだと思い知る。
「アーヴィング公爵。ご婚約されたとのことで、おめでとうございます。ところでホーディンク殿はいずこですかな?」
「ああ、ありがとう、レーム伯爵。ホーディンクかい? ここにいなければ、裏だと思うけど。どうかしたかい?」
「いえ、帰りの馬車についてちょっと確認したいことがありまして」
「そうか。案内するよ。クラリス、ちょっと待ってて」
レオナールはそう言って客とどこかに向かっていく。
クラリスは一人になってしまった。
すると早速、その「隙」を見計らったように近づいてくる女性がいた。
「あなたが噂のレオナールの新しい婚約者? 本当に育ちの悪そうな顔してるわね。何、その地味なドレス。ドレスの選び方も知らないようなのと婚約するしかないなんて、アーヴィング公爵家も地に落ちたものだわ」
「は、はあ……あの」
銀に近い金髪を後ろで纏め、切長の目が印象的な美しい女性。クラリスは間違いなく初対面であった。
それなのに、上から下まで舐めるようにクラリスを見て、初めから貶すために口を開いたかのように悪口を重ねる。
どちら様ですか、と言おうとしたクラリスの話すらも遮られる。
「全く、ホーディンクの言っていた通りね。全然合格ラインに達していないわ」
――ホーディンク、何を吹き込んで回っているの……。
「どなたか存じませんが、そこまで……」
「義姉さん!」
さすがにムッとしたクラリスが反論しようとした矢先、レオナールが戻ってきて、クラリスと女性の間に割り込んだ。
傍目にも絡まれているという雰囲気が十分に伝わっていたのだろう。
――ねえさん?
クラリスは記憶を辿るが、アーヴィング公爵家に女子はいなかったはず。
「クラリス、この人はアネッサ・オーベルム。兄の妻だった人だ」
――なるほど。だから、義姉さんと。
「それはご挨拶が遅れ失礼いたしました。クラリス・ボルワートと申します」
改めて、カーテシーをするクラリス。
「十歳やそこらの子供みたいな礼をするのね。地味で大人っぽいドレスを選んでおいてそんな礼をして、チグハグにも程があるわ。レオナール、あなたの面倒は公爵夫人たる私が見ると言ったでしょうに。この娘は相応しくない。なんでこうも家名を汚すようなことをするのですか」
「義姉さん。あなたは僕の妻ではないのだから、もう公爵夫人ではないよ。あなたに面倒を見ていただくつもりもない。それに――」
レオナールがクラリスの肩を抱き寄せる。
「このドレスは、以前僕が『似合っている』と言った色をクラリスが選んでくれたんだ。僕が似合っていると感じるんだから、似合っているに決まっています。それとも、お母様のドレス自体のセンスが悪いというのですか?」
ニコッと微笑むレオナール。
「っ……!」
――レオナール様、覚えていたの……!?
驚くクラリスに、軽く視線を送り合図するレオナール。
「義姉さんが兄さんを愛していたのはよく知っています。一年とはいえ公爵夫人として家を大変よく支えてくださっていました。ですがあれほどの財を受け取って公爵家を離れたのです。公爵夫人であるような振る舞いはご遠慮ください」
思いの外はっきりと言うレオナールに、クラリスは目を丸くする。政治的なことにはもっと事なかれ主義だと思っていたからだ。
「さあ、行こうクラリス。あちらに国王陛下がいらっしゃる。ご挨拶をしよう」
「レオナール様、あの……ありがとう、ございます」
――覚えていてくれて。そして、守ってくれて。
「こちらこそ、思い出すのが遅くなってごめんね。あの筆、とても良い描き味だよ」
レオナールの無邪気な笑顔は、まさにエプロンを似合ってると言ってくれたその時と同じものであった。
「レオ、クラリスちゃん」
国王陛下の元へ向かおうと歩みを進めていた二人に、少し離れたところから声をかけてきた者がいた。
クラリスが王宮で会った寵姫、セラフィーヌ様であった。
「やあ、セラ。久しぶり」
「久しぶりね。……ちょっと、良からぬ話を耳にしたの」




