第2話:有名人の帰還(前編)
駆け巡る電波
漆黒の宇宙空間を滑るように進む超高速戦闘艇「タランチュラ」。
豪華なメインサロンのソファに深く腰掛け、スコーピオンは極上のバーボンをグラスに注いでいた。横には、ドレスの破れ目を少し気にしながらも、冷えたワインを口に含むドミニクの姿がある。
その時、サロンのメインホログラムが唐突にノイズを出し、真っ赤な「EMERGENCY」の文字と共にニュース番組を映し出した。
『……繰り返します。ネオ・キョウトの廃区画で発生した大規模爆破事件ですが、現場から検出された残留波形より、かつて銀河系を震撼させた伝説の海賊“スコーピオン”の精神波エネルギーが確認されました。銀河連邦警察は警戒レベルを最大に引き上げ――』
ホログラムの光を浴びながら、コンソールから浮遊してきたシエルが、小悪魔的な笑みを浮かべてスコーピオンの肩に頬を寄せた。
「スコーピオン、今頃……貴方はまた有名人よっ」
「やれやれ、静かな定年生活に戻るはずが、一晩で銀河の一番人気に逆戻りか。ファンからのサイン攻めならお断りしたいね」
スコーピオンは苦笑し、グラスの氷をカランと鳴らした。
動き出す裏社会
伝説の復活の報せは、光速を超えて暗黒街へも届いていた。
巨大シンジケート「レヴィアサン」の旗艦メインブリッジ。
重厚な玉座に座るのは、全身が透明な単結晶ダイヤモンドで形成された男――ダイヤモンド・ジャック。その透き通った体躯の中で、冷たい光が不気味に屈折していた。
「……生き返ったか、毒針の虫ケラめ」
「ジャック様、スコーピオンの生存が確認された以上、ドミニクが持ち出した古代兵器のアクセスコード奪還は難航いたします。直ちに刺客の派遣を――」
「案ずるな」
ダイヤモンド・ジャックは鉱石の指を鳴らし、残忍な笑みを浮かべた。
「あの男が戻ってきたなら、向こうからこのコードの価値を確かめにやってくる。……俺の身体を刻める光線など、この宇宙に存在しないことを思い知らせてやる」
第三の手の手ほどき
一方、タランチュラの中では、ドミニクが端末のデータを解析しながら溜息をついていた。
「呑気に飲んでいる場合じゃないわ、スコーピオン。レヴィアサンだけじゃない、銀河警察の特務部隊まであなたを追ってくるわよ」
「警察の追撃なら、いつものことさ。それよりお嬢さん、そんなに肩を怒らせてちゃ、せっかくのワインが美味しくないぜ?」
スコーピオンがニヤリと笑うと、彼の腰から解けた「ナノメタル・テール」が、生き物のように滑らかにドミニクの背後に回り込んだ。
「ちょっと、何をするの……っ!?」
テールは手足以上の繊細さでドミニクの緊張した肩を優しく解し、そのまま滑らかな動作で、彼女のグラスへ完璧な角度でワインを注ぎ足した。先端から溢れるかすかな微振動が、ドミニクの身体のこわばりを心地よく解いていく。
「なっ……このしっぽ、そんな器用な真似までできるの?」
「こいつは手がかかる分、レディを喜ばせる術には長けていてね。……さて、シエル。追撃の第一陣がご到着のようだ」
「ええ、レーダーに反応多数。レヴィアサンの装甲艇部隊よ。……ねえスコーピオン、有名人の挨拶回り、派手にやってあげる?」
スコーピオンは煙草を咥え直すと、ニヒルに笑って立ち上がった。
「もちろんだ。ファンの期待を裏切るのが、一番の無礼だからな!」




