毒針は二度刺す(後編)
煙と沈黙
静寂を取り戻した廃工場。崩れ去った天井から差し込む月光と、炎上するサイボーグの残骸が、怪しいコントラストを描いていた。
弾痕だらけの愛車の傍らで、銀髪の美女――ドミニクは息を呑んだまま固まっていた。
目の前の男は、さっきまで無様に命乞いをしていたしがないタクシー運転手ではない。腰から伸びるナノメタルの尾を誇らしげに揺らし、煙草の紫煙をくゆらせる男――銀河を激震させた伝説の海賊「スコーピオン」その人だった。
「……あなた、一体何者なの?」
ドミニクの声がかすかに震える。スコーピオンはニヤリと笑うと、腰のテールを滑らかに解き、ドミニクの頬に一筋流れた汗を先端で優しく拭った。
「ただの元・タクシー屋さ、お嬢さん。サービスが破格すぎるのが玉にキズだがね」
「冗談言わないで。その左腰の兵器……それに、その女。あなた、あの『スコーピオン』でしょう?」
「へえ、知っていたの? 私の旦那様の通り名を」
スコーピオンの腰に密着したシエルが、美しく透き通るクリスタルガラスの唇で微笑む。ドミニクの視線が、男とアンドロイド、そして凄まじい破壊痕の間を行き来した。
危険な乗客と仕組まれた偶然
「……偶然じゃないわ」
ドミニクは乱れたドレスの胸元から、鈍く光る結晶体データドライブを取り出した。
「私は銀河連邦捜査局(IFA)の特務エージェント。レヴィアサンの裏金と、奴らが狙う『古代兵器』のアクセスコードを奪い取ったの。……奴らの監視網から逃れるには、AI非搭載の完全アナログ車に乗るしかなかった。だから、あなたの車を選んだのよ」
「なるほど。命がけの無賃乗車ってわけだ」
スコーピオンは吹き出し、愛車のボンネットを軽く叩いた。だが、エンジンからはむなしく黒煙が上がるだけだ。
「だが参ったな。俺の相棒は完全に機嫌を損ねちまった。車検を通したばかりだってのに、修理代で破産しそうだ」
「乗せてくれたら、いくらでも払うわ。……私の身柄と、このデータごと、安全な場所まで連れて行ってくれるならね」
ドミニクはスコーピオンの胸元に一歩近づき、まっすぐな瞳で男を見つめた。捜査官としての冷徹さと、一人の女としての危うい魅力が混ざり合った視線。スコーピオンはその挑戦的な瞳を気に入ったように目元を緩めた。
旅立ちのクラクション
「シエル、愛車の『真の姿』を呼び起こしてくれ。タクシー営業は廃業だ」
「了解よ、スコーピオン。ずっとこの時を待っていたわ」
シエルが指先を鳴らすと、破壊されたマッスルカーの装甲が重厚な金属音を立てて変形を始めた。外装の偽装が剥がれ落ち、タクシーの行灯が砕け散ると、そこから現れたのは——漆黒の曲面で構成された、銀河系最速の高速戦闘艇「タランチュラ」のコクピットだった。
「なっ……車の中に、宇宙船が!?」
「個人タクシーのカスタムにしちゃ、ちょっとやりすぎだろ?」
スコーピオンは戸惑うドミニクの腰を抱き寄せると、そのままコクピットのシートへ滑り込ませた。ドミニクの髪から香る甘い香水と、焦げたオイルの匂いが混ざり合う。
「行き先はどこだ、美しい捜査官殿? 銀河警察のオフィスか、それとも俺のベッドの上か?」
「……まずはレヴィアサンが追ってこれない、一番危険で刺激的な場所へ連れて行って。運転手さん」
ドミニクがニヒルに微笑み返す。スコーピオンは大きく紫煙を吐き出すと、猛烈な G と共にエンジンを踏み込んだ。
「あいよ。メーターの続きを回すとしようか——行き先は、銀河の果てまでだ!」
漆黒の戦闘艇は廃工場の天井を突き破り、ネオン眩く光るネオ・キョウトの夜空へ、そして無限の星空へと突き抜けて行った。




