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黒潮とグラニオン ~ 鹵獲から始まるガトー級潜水艦の数奇な運命  作者: もろこし


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第九話 伊号 第五〇一潜水艦 1945

 1945年(昭和二十年)になると、日本は米軍の物量の前になすすべもなくなり、敗色は隠しようもなくなっていた。


 奮進式戦闘機が本土防空戦で多少は活躍していたが、数が少なく爆撃を防ぎきれていない。海防艦は船団を敵潜水艦からは守れても通商路に居座る空母の大部隊に対しては無力だった。


 そして潜水艦部隊も損害の増加で活動が制限されるようになり、その任務は隠密輸送と回天を用いた特攻作戦に重点が置かれるようになっていた。




■1945年(昭和二十年)7月24日 23時

 テニアン島 東方

 日本海軍 潜水艦 伊五〇一


 伊五〇一は今年2月から三代目の艦長となる森永少佐が指揮をとっていた。伊五〇一自体も他の艦と同様に後部甲板に回天を搭載する改装を受けている。


 山口県の平生基地で4隻の回天を搭載した伊五〇一は、回天特別攻撃隊『多聞隊』の一艦として7月24日に担当海域であるテニアン東方に到着した。ここでハワイ方面からくる艦船を狙うのが伊五〇一の任務だった。


 その夜、伊五〇一は安全を確認した上で浮上し、獲物を探していた。発見を避けるため電探は使用していない。見張りの目だけが頼りだった。


「左舷水平線上に艦影!」


 見張りが叫んだ。4時間前に上った満月は明るく輝き、見張りの指さす先の水平線上に艦影をくっきりと浮かび上がらせていた。


「潜航!潜望鏡深度!」


 森永少佐はすぐに潜航を命じた。


「聴音、敵の情報は?」


 水測員の肩に手を置き小声でたずねる。


「不規則に方位が変わっています。之字運動をしつつテニアンに向かっているようです。4軸推進、大型艦に間違いありません」


「潜望鏡上げ、通信塔上げ」


 森永少佐は少し考え、潜望鏡で直接確認することを選んだ。潜望鏡に取り付き素早く敵艦を確認する。


 視界に捉えたのは艦の前部に階段状に砲塔を配置した大型艦だった。


「敵は大型艦一隻のみ。おそらくアイダホ型戦艦」


 その水上砲戦を重視した武骨で大柄な艦上構造物から、森永少佐はインディアナポリスを重巡ではなく戦艦だと誤認していた。


「電探作動。距離、敵速、敵針はわかるか?」


 敵艦を潜望鏡で追いながら森永少佐が命じる。


「距離9800。接近中です。おそらく18ノット」


「よし。電探停止。潜望鏡下げ、通信塔下げ」


 潜望鏡から離れた森永少佐は司令塔内に向き直った。


「本艦はこれよりこの目標を襲撃する。戦闘配置。方位盤は追跡を開始しろ」


「艦長、いきなりの大物、しかも独航とは。我々はついてますな」


「そうだな先任。おあつらえ向きの獲物だ」


 大戦果をあげる機会の到来に艦内の士気もあがる。


「艦長!敵は何ですか!?出撃させてください!」


 回天内で待機する隊員たちから電話で矢のような出撃要請がくる。


「この状況では回天より雷撃の方が成功確率が高い。今回は待て。もし雷撃で仕留め切れなかったら、その時は出てもらう」


 しかし森永少佐は出撃を認めなかった。逸る回天隊員らをなんとかなだめすかす。


 実は森永少佐は内心では回天を用いた作戦を疑問視していた。


 そもそも回天の低く視野の狭い潜望鏡では目標を捉えることが困難だった。夜間は特にその傾向が強い。逆に昼間だと発見される可能性が高まる。つまり使いどころが難しい兵器だと考えていた。


「今回は条件がいい。ギリギリまで潜望鏡は上げず聴音だけでいくぞ。聴音は敵針と敵速を算定しろ」


 敵艦の目的地がテニアンであれば之字運動でもパターンが読みやすい。伊五〇一は敵艦からみてテニアン側にいるため、敵艦との距離はみるみる詰まっていく。伊五〇一は敵艦の動きを予測してその針路上に先回りしていった。




■1945年(昭和二十年)7月24日 23時

 テニアン島 東方

 米海軍 重巡インディアナポリス


 原爆の部品を輸送しろという密命を受けたインディアナポリスは、7月16日に真珠湾を出港すると、単独でテニアンに向かっていた。7月26日までに必ず届けろという命令であったため、ジグザグ航行はしているものの、そのパターンはやや単調だった。


「レーダーの反応が消えました」


 その報告に艦長のマクベイ大佐は黙って頷いた。


「艦長、おそらく日本の潜水艦です。まもなくジグザク航行の第四ターンですが、予定を変更して韜晦針路をとった方が良いかもしれません」


 副長の進言にマクベイ大佐は少し考えてから首を振った。


「いや、このままでよい。今でもスケジュールより遅れている。任務の性質上、到着を遅らせる訳にはいかない。潜水艦であれば雷撃の前に必ず潜望鏡を上げるはずだ。それを絶対に見逃すな」


「……わかりました、艦長。見張りとレーダーはネズミ一匹見逃すな!」


 インディアナポリスにはソナーが搭載されていなかった。仮に搭載されていたとしても18ノットという今の航行速度では役に立たない。副長の言う通り、レーダーと見張りだけが頼りだった。




■日本海軍 潜水艦 伊五〇一


「距離500。敵針、敵速変わらず」


 伊五〇一は聴音観測と敵針予測だけで敵艦の至近にまで近づくことに成功していた。


「これなら潜望鏡は上げずとも良さそうだな。このまま全没襲撃を敢行する。敵は戦艦だ。確実に仕留めるぞ。1番から6番、発射!」


 必中の距離から6本の酸素魚雷が発射される。それは一万トンに満たない古い条約型重巡にとっては過剰なほどの殺傷力を秘めていた。


 無気泡式発射管のため発射を気取られることもない。敵の速度では発射音や航走音を聞くことも出来ないだろう。その上、酸素魚雷は航跡がほとんど見えない。


 森永少佐は命中を確信していた。




■米海軍 重巡インディアナポリス


 衝撃は突然襲ってきた。それは対応する間を与えず立て続けに発生した。


 マクベイ大佐は艦長席から振り落とされた。そのまま壁に激突し一瞬意識が遠のく。


「……う、あ……」


 声を出そうとしたが胸を打ち付けたのか声が出せない。周りを見ると反対の壁に副長が倒れていた。身体がおかしな角度に曲がっていてピクリとも動かない。


 潜水艦の雷撃を受けたのは間違いない。いや、レーダーの報告がなかったから触雷したのか?とにかく、もうこの艦は助からない。極秘任務を達成できない。司令部に報告しなくては。それより乗員に退艦を命じなければ……


 マクベイ大佐は焦った。やるべき事は分かっているが身体を動かせない。声も出せない。助けを呼べる士官も乗員も見えない。その間にも艦の傾斜はどんどん増していく。


 そして彼が何もできないまま艦が横転した。弾薬庫とボイラーで一際大きな爆発が発生し、マクベイ大佐を飲み込んだ。


 インディアナポリスは二つに折れ、1195人の乗員、2人のマンハッタン計画の技術者、そして日本に投下されるはずだった原爆の部品もろとも深海に沈んでいった。




■日本海軍 潜水艦 伊五〇一


 立て続けに激しい爆発音が聞こえてきた。つづいて金属の軋む音。そして大きな爆発音。撃沈は確実だった。


「艦長、やりましたね!魚雷4命中。戦艦一隻を撃沈確実です!」


 艦内のあちこちで万歳三唱が起こる。


「そうだな。皆、ありがとう。潜望鏡深度。安全を確認してから浮上しよう」


 この後、浮上した伊五〇一は生存者を探したが、誰一人見つけられなかった。


 敵艦に通信をする暇があったとは思えないが、救助が来る可能性がある。念のため森永少佐はこの海域をすぐに離脱した。




■インディアナポリス撃沈後


 インディアナポリスが運んでいたのは、原爆『リトルボーイ』の部品と濃縮ウランの一部だった。濃縮ウランの量は全体の60パーセントにあたる38.5キロだった。


 予定日を過ぎてもインディアナポリスがテニアンに到着しないことから米軍は捜索を出したが、わずかな漂流物しか発見できなかった。このためインディアナポリスは何らかの理由で喪失したものと判断された。


 失われた原爆の部品と濃縮ウランは、メキシコ州アルバカーキからC-54輸送機によって即座に追送された。このため原爆の組立スケジュールには10日間の遅延しか発生しなかった。


 もう一つの原爆『ファットマン』の方はすでに準備が済んでいたため、米軍はソ連の対日参戦の翌日、8月9日に広島に投下しようとした。


 この攻撃はドイツの技術で整備されていた電探網と防空指揮システムに捉えられ、たまたま松山基地に配備されるため移動中だった奮進式戦闘機『橘花』(陸軍の火龍と同型)の小隊に迎撃指示が出された。


挿絵(By みてみん)


 原爆を搭載していたB-29『ボックスカー』は菅野大尉の橘花によって撃墜されたが、墜落する機体から投下され広島沖の海上で爆発した原爆の巨大な火球とキノコ雲は、日本の軍と政府の心に大きな衝撃を与えた。


 米軍は、インディアナポリスの喪失によって予定より数日遅れて組みあがった原爆『リトルボーイ』を8月15日に小倉か長崎に投下する計画だった。


 前回の広島への攻撃失敗で、これまで関東と九州にしか姿を現さなかったジェット機が中国地方に現れたこと、そして単機であったため簡単に迎撃されてしまった反省から、米軍はリトルボーイを搭載するB-29『エノラ・ゲイ』たった1機を護衛するため、東京空襲に匹敵する200機を超える大編隊を日本に向かわせた。


 だがまさにその日、ソ連の参戦によって停戦の望みが絶たれた日本が無条件降伏したため、リトルボーイを搭載したB-29『エノラ・ゲイ』を含む大編隊は日本の手前で引き返すことになる。


 こうして二発目の原爆投下もギリギリで回避されたのだった。




 伊五〇一は日本へ帰投する途中に新聞電報で広島沖の原爆爆発と日本の降伏を知った。


 自分達が実は二発の原爆投下を防いでいたことは、戦後に日米双方の戦闘記録を突き合わせた調査がなされるまで知ることが無かった。

【あとがき】


伊五〇一は、鹵獲艦ながら日本で最も敵艦艇を沈め、さらに原爆投下も防いだ大殊勲の潜水艦となりました。


グラニオンの鹵獲により日本の技術は底上げされましたが、その影響は限定的でしょう。せいぜい日本潜水艦の戦果が2割増し、艦船の被害が2割減くらいだと思います。焼け石に水です。戦争の大きな流れ、スケジュールは変わらないと思います。


次回から戦後の話になります。


モチベーションのアップになりますので、評価や感想をいただけると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
おお、インディアナポリスの往路撃沈! それと遣独潜水艦の無事帰還による橘花の実用化とか、地味に大きな成果が。 343空に橘花とか鬼に金棒だなぁ。JV44かw
投稿乙でした。 史実だと、松根油で飛べるという一点だけの評価で有人巡航ミサイルになるしかなかった橘花が立派になって。 >無条件降伏 色々解釈がありますが、ポツダム宣言があるなら条件は引き出せてるよう…
史実の日本潜水艦隊の活動が低調だったとはいえ巡洋艦の単独移送を命じた上層部こそ軍法会議に掛けるべきだろと素人考えでは思ったな ドイツからの潜水艦による技術導入>Ⅴ、Ⅵ号戦車の購入計画が成功して南方戦線…
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