第七話 伊号 第五〇一潜水艦 1943
ここから米軍は、ガトー級の恐ろしさをしっかりと味わうことになります(自打球)
■1943年(昭和18年)3月
広島県 呉海軍工廠 潜水艦艤装岸壁
元グラニオン改め『伊五〇一』は、着々と日本仕様へと改造されていった。
魚雷発射管は九五式に交換され、酸素魚雷を無気泡で発射できるようになった(これにより魚雷搭載量は24本から20本に減少している)。備砲や機銃も12センチ砲と25ミリ機銃に交換された。
QB・JK/QC・NM・SDレーダー・TDC・WCAなどもオリジナルから日本のコピー品に交換された。もちろん日本独自の自動懸吊装置も追加されている。
こうして伊五〇一は完全に日本潜水艦と言えるほどに生まれ変わった。元のグラニオンのままなのは船体と機関部くらいであった。
それでも艤装員長として着任した米原少佐にとって、元敵国の潜水艦は何から何まで驚きの連続だった。
まず驚いたのは、その機関部だった。ディーゼル機関が4基もあり、しかも発電専用で推進軸に直結していないという。電池も見たことのない形で、まずその大きさに驚かされた。だがそれも理由を聞けば納得するものばかりだった。
そして最新の聴音機や探信儀、対空警戒電探、新式の方位盤、さらに水測状況表示盤まで揃っている。これだけ与えられれば戦果を挙げるなという方が無理な話だと米原少佐は思った。
そしてもっとも驚いたのが艦内環境だった。
「冷たい飲み物がいつでも飲めるだと!?」
「鹵獲した時からありました」
「シャワー室がある!洗濯機もあるだと!?」
「これも元からの装備です。二日に一度は全員が真水のシャワーを浴びれますよ」
「艦内がずいぶんと涼しいが……もしかして空調も強力なのか?」
「はい。暑い南洋でも艦内温度は27度程度に抑えられるでしょう」
米原少佐は工廠の説明一つ一つに驚いた。
「敵の潜水艦乗りは恵まれてるなあ……」
かつて乗っていた伊七十一や伊百五十六などと比べ天国のような環境の差に、米国との国力差を実感する米原少佐だった。
伊五〇一の改造工事は5月に完了し、米原少佐は正式に艦長に任命された。そして呉から佐世保に移動を命じられ、佐世保鎮守府籍となり、そこで厳しい訓練を行った。
8月になり練度十分となった伊五〇一は第3潜水戦隊第22潜水隊配備となりトラックに移動を命じられた。そこで伊五〇一はかつての母国を敵として、ついに実戦に参加することとなる。
■1943年(昭和18年)9月1日 夜
ブーゲンビル海峡付近
日本海軍 潜水艦 伊五〇一
昨夜、伊五〇一はタンカーらしき敵輸送船を撃沈し待望の初戦果を挙げていた。
その襲撃は実に楽な仕事だった。
三式潜水艦方位盤には種々のデータが自動的に入力される仕組みとなっている。潜望鏡や聴音で初期値さえ得られれば、あとは方位盤のランプに従って発射するだけで魚雷は命中した。
素晴らしい装置ではあるが、元となったのは敵潜水艦のものである。当然敵も同じように魚雷を撃てることを考えると、浮かれてばかりはいられないと米原少佐は思った。
そして今、伊五〇一は海中に身を潜めていた。
「タンカーを沈めた腹いせですかね。敵もなかなかしつこいですなあ」
緊張の見える乗員をほぐそうと、先任が意図して気楽さを装って言った。
敵はタンカーを沈めた犯人を探すため複数の駆逐艦をこの海域に送り込んできた。米原少佐は艦の位置を少しずつ変えながら海中に隠れ潜み探知を逃れ続けていた。
「まあ今は明後日の方を探しているから助かるがね。ただ逃げる訳にもいかんのが辛いな。迂闊に動けば探知される恐れがある」
伊五〇一は米軍とほぼ同じ性能の聴音機を備えている。その優秀さを米原少佐は今現在も身をもって知らされていた。
「かと言っていつまでも隠れてはいられませんよ。空気にも電池にも限度があります」
先任が少し声を潜めて言った。伊五〇一が隠密待機をはじめて既に8時間が経過している。電池や空気の残量だけでなく、空調も止めているため艦内の温度や湿度も上昇しつつあった。
「確かにな。聴音。敵艦の様子は?」
「相変わらず付近で2隻がうろついています。近い方は方位20、距離およそ3000。もう一隻は方位およそ30、こちらはかなり遠いです。どちらも派手に探信音をまき散らしながら一定の範囲をゆっくりと往復しています。近い方は少しずつこちらに近づいています」
水測員が手元の紙にプロットした履歴を見ながら報告した。米原少佐は水測状況表示盤の方も確認して頷く。内心でこれまでより水測情報が格段に分かりやすくなった事に舌を巻いていた。
つまり敵は家を箒で掃除するように一定のパターンで動きつつ接近中で常に音を出しているということか。こちらの聴音機は以前よりずいぶんと精度が上がっている。聴音手のプロットを見た米原少佐はふと思った。
「なあ先任、もしかしたら聴音だけでこの敵艦を食えるんじゃないか?」
「……なるほど、案外いけるかもしれませんね。敵の動きは十分予測できます。潜望鏡を出さなければ、こっちの正確な場所はばれません。しかも外は闇夜ですから魚雷の航跡も見つかりにくい。魚雷を外しても逃げる余裕はあるでしょう」
「よし、これより水中測的のみによる全没襲撃を行う。魚雷戦用意。方位盤、追跡開始。聴音、そのプロットから敵艦の速度と進路を出来るだけ正確に予測しろ」
■1943年(昭和十八年)9月1日 夜
ブーゲンビル海峡付近
米海軍 駆逐艦ワズワース
昨夜、この海域でタンカーのW.S.リームが潜水艦に撃沈されていた。このため駆逐艦ワズワースはハンターキラー部隊の一艦として犯人の潜水艦を捜索していた。
「艦長、もう敵潜は逃げ去った後なのでは?」
この海域に駆け付けて以来、戦闘配置が8時間も続いている。乗員にも疲労が色濃く見え始めていた。
「副長、君も日本人の潜水艦が一定の海域から動かない習性があるのは知っているだろう。定時通信らしい電波も傍受している。間違いなく、まだこの付近に潜んでいるはずだ」
艦長のウォーカー少佐は諦めていなかった。
彼は自分たちが潜水艦を狩る側だと信じていた。まさか自分が狩られる側になるとは考えてもいなかった。
「ソナー室より艦長、左舷より魚雷発射音を検知!雷走音が多数接近中!」
「両舷全速!面舵一杯!」
付近にはこのワズワースしかいない。つまり狙われているのは自分たちで間違いない。そこまで一瞬で考えたウォーカー少佐は即座に反応した。魚雷に対して晒す面積を最小にするように指示を出す。
「隔壁閉鎖しろ!左舷見張り!魚雷は見えるか!?」
「駄目です!暗くて何も見えません!」
この日の月齢は新月に近い。海面は暗く魚雷を視認することは困難だった。
「見えました!雷数4!まっすぐ向かってきます!至近です!」
そしてようやく雷跡が見えた時には、既に避けられない距離に魚雷が迫っていた。
「クソッ!左舷より魚雷がくる!総員被雷に備えろ!」
数秒後、2本の魚雷がワズワースに命中した。
■日本海軍 潜水艦 伊五〇一
伊五〇一は敵駆逐艦が距離800メートルに近づくまでじっと待ってから魚雷を発射した。必中の距離であった。
「じかーん」
ストップウォッチで時間を計測していた水雷員の声から間を置かず、重い爆発音が連続して響いてきた。続いて金属が軋み折れる音と空気の流出音が聞こえてくる。
「命中は2発のようです。どうやら撃沈確実ですね、艦長」
「そのようだな。皆、ご苦労だった」
先任の言葉に米原少佐が笑顔で答えた。司令塔内が沸き立つ。戦果はすぐに艦内に伝わり、あちこちから万歳三唱が聞こえてきた。
「艦長、浮上して戦果を確認しますか?」
「いや、近傍にもう一隻の敵艦がいる。僚艦が殺られた事には気付いているはずだ。すぐにやってくるだろう。潜航したまま離脱する。深度このまま。進路60。両舷半速」
伊五〇一は襲撃場所を離れ、さらにしばらく潜航を維持した。そして十分安全と思えるまで待ってから米原少佐は浮上を命じた。
「よし、そろそろ浮上して定時報告をしようか。まず通信マストをあげて電探で周囲を確認しろ。発振は2秒だけだ」
SDレーダーをコピーした一四号電探が周囲の航空機を探る。
「周囲に反応ありません」
さらに米原少佐は念を入れて潜望鏡をあげて周囲を確認した。時刻は夜明け前、すでに空は白み始めていた。
「周囲に敵影なし。よし、浮上する。メインタンク、ブロー」
伊五〇一は夜明け前の海面に浮上した。だがその直後、見張りに出た水兵が悲鳴のような声をあげた。
「方位200、敵機!」
あわてて米原少佐がそちらを見ると、1機のカタリナ飛行艇が低空で向かってくるのが見えた。距離はもう3千メートルほどしかない。
これは一四号電探=SDレーダーの限界だった。米軍でも初期のタイプであるSDレーダーは、対空警戒用でありながら高度300メートル以下の目標を探知できなかった。海面クラッタ―の影響を除去できないことが原因だった。
その欠点は米原少佐も教えられてはいた。だから潜望鏡でも確認したのたが、その時は確かに見えていなかった。まさに敵機は最悪のタイミングで現れたと言えた。
もう急速潜航する暇はない。そう判断した米原少佐は艦内にいる先任に怒鳴った。
「すぐに例のヤツを持ってこい!」
「え!?アレをやるんですか!?」
「もう急速潜航する暇はない!つべこべ言わず早くしろ!」
■ブーゲンビル島沖
米軍 第11哨戒飛行隊(VP-11)所属
PBY-5 カタリナ飛行艇
ここ数日、日本軍の潜水艦によると思われる被害が連日続いていた。昨晩も駆逐艦ワズワースが消息を絶っている。このため米軍は航空機も動員して敵の潜水艦をしらみつぶしに探していた。
夜明け前にエスピリツサント島の基地を発ったPBYカタリナ飛行艇の一機は、早朝から駆逐艦が消息を絶った海域を捜索していた。その前方に突然、一隻の潜水艦が浮上してきた。
「機長、2時方向、潜水艦が浮上しました!」
前方機銃手の報告に機長が目を凝らす。
「……どうやらガトー級のようだな。獲物の方じゃなかったか。まあ、せっかくだ。挨拶くらいしていこうか」
PBYの機長は浮上した潜水艦に向けて機首を向けた。
■日本海軍 潜水艦 伊五〇一
米原少佐は見張りと共に司令塔内に降りた。もどかしげに上着と帽子を脱ぎすて、先任に手渡されたものを身に着ける。そして再びタラップを上った。
見張り所に出てみると、すでに敵機はすぐ近くにまで来ていた。こちらを敵と認識していないのだろう。速度を落とし伊五〇一と並走しようとしている。
「なんとかなりそうだな」
米原少佐の口元にかすかな笑みが浮かぶ。だが南国の海にも関わらず、彼の背中には冷たい汗が流れていた。
■米海軍 PBY カタリナ飛行艇
通信士は潜水艦に対してこちらの所属を伝え、相手の素性を誰何した。だが潜水艦からは何も応答はなかった。
「機長、相手がこちらの通信に応答しません」
「損傷でもしているのか?もう少し近づいてみるか……ん?司令塔に誰か出てきたな」
司令塔に誰かが姿を現した。米海軍の標準的な艦内服を来ている。軍帽を被っていることから艦長と思われた。
彼は敬礼すると、アンテナマストを指さした。
「艦長が出てきたが……どうやら通信が出来ないらしい。まあ敵潜でないことは確認できた。他に向かうか」
機長は翼を振って挨拶をすると、反転して潜水艦から離れていった。
■日本海軍 潜水艦 伊五〇一
「……ふう、どうやら騙せたようだ」
米原少佐は軍帽と金髪のカツラを外して額の汗をぬぐうとシャツを脱いた。この米軍の軍帽とシャツはグラニオンの捕虜から手に入れたものだった。逆に友軍から攻撃される恐れもあるため、伊五〇一には大きな日章旗も積みこまれていた。
「艦長、おつかれさまでした。お見事な演技でした」
先任が笑いをこらえながら艦長から軍帽やシャツを受け取る。
「先任、茶化すな。こっちはヒヤヒヤものだったんだぞ」
「まあまあ、とにかく危機は去ったようです。これからどうしますか?」
「進路は90に変更。両舷全速。とにかくこの場をさっさと離れよう」
この日、伊五〇一は幸い難を逃れたが、隣の散開線を担当していた伊百八十二と伊二〇が米軍の徹底的な掃討作戦に捕まり撃沈されていた。当時はまだ電探や新型聴音機などの新機材が全ての潜水艦に行き渡っておらず、日本はまだ潜水艦の喪失を防ぎ切れていなかった。
【あとがき】
ちなみにドイツからの譲渡艦や、ドイツ降伏後に日本海軍に編入されたUボートやイタリア潜水艦にも500番台が割り振られるので、史実より1つ番号がずれることになります。
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