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黒潮とグラニオン ~ 鹵獲から始まるガトー級潜水艦の数奇な運命  作者: もろこし


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第六話 その後のグラニオンと日本海軍

最終回みたいなタイトルと内容ですが、ちゃんと続きます。

■1943年(昭和十八年)1月

 呉海軍工廠 造船部庁舎 会議室


■グラニオンの処置について


「さて、報告書の内容はこれで大丈夫そうですね。あとは各部の部長と本部長の裁可をとって、艦政本部の正式報告書として海軍省にあげることになります」


 会議を主催した潜水艦部の大尉がトントンと資料の束を揃えながら言った。他の出席者も資料を揃えて鞄に入れたりと帰り支度をはじめる。


 その中で造船部の大尉がワクワク顔で言った。


「その後はいよいよ解体調査だな。もう作業線図も要員も準備してあるぞ。今から楽しみだ」


 敵の最新鋭艦をつぶさに調査できる機会など滅多にあるものではない。造船部は構造からネジの一本に至るまで徹底的に調査するつもりだった。


「あ、その話ですが、中止になりそうです」


 潜水艦部の大尉が事もなげに言った。


「なん……だと……?」


 造船部の大尉は愕然として口をあんぐりと開けた。仕舞おうとしていた資料が彼の手を離れ床に舞い散らばる。


「軍令部と連合艦隊司令部の両方から打診がありました。艤装を我々の仕様に変更して就役させることを検討してほしいとのことです。元が敵艦とはいえ、戦局を鑑みて、これほど優秀な艦を潰すことは認められないとのことです」


「そんな……」


 造船部の大尉ががっくり肩を落とす。


 数日後、正式にグラニオンの連合艦隊編入が決定し、グラニオンは日本海軍で第二の人生を歩むことになったのだった。




■その後の日本海軍


 鹵獲した潜水艦グラニオンから得られた技術は、様々な変化を日本海軍にもたらしていた。


 まず一番大きかったのは、対空警戒電探が潜水艦に装備されはじめたことだった。


 昨年から今年にかけて潜水艦の喪失数が急増しており、その多くが航空機によるものと推定されていたからである。このため潜水艦への対空警戒電探の装備が急務となっていた。


 海軍技術研究所としては一号三型電探の完成まで待ちたかったのだが、軍令部からの強い要望でそちらは水上艦用にすることとなり、結局はSDレーダーのデッドコピー品が一号四型電探として採用され潜水艦に装備されることとなった。


 そのアンテナは昇降式無線マストに取り付けられた。潜望鏡深度で敵機の有無を簡単に確認できるようになったため、装備した潜水艦からの評価は良好だった。


 海底との距離を測るNMも素子をニッケルからマンガン青銅に変えてもなお性能が良かったため、三式測深儀として制式化され各潜水艦に順次装備されていった。こちらも現場からの評判は上々だった。


 QBやJK/QCもドイツからの情報と比較検討した結果、こちらの方が優れていると判断され、NMと同様に素子をマンガン青銅に変えたコピー品がそれぞれ三式水中聴音機、三式水中探信儀として採用生産された。WCAも類似機能のものが三式水測状況表示盤として採用されている。


 TDCについても、ほぼデッドコピー品である三式潜水艦方位盤が開発され、新式の聴音機、探信儀、水測状況表示盤とあわせて新造艦から装備されはじめた。既存艦にもドッグ入りの際に可能な限り装備が進められていった。


 また水上艦艇についても、これら新型の聴音機、探信儀の装備が進められるとともに、敵潜水艦の潜航深度が予想より深いことが判明したことから爆雷の調定深度も従来より深く200メートルまで設定可能なように改修された。




 こうした措置により、上昇曲線を描いていた潜水艦の喪失は1943年(昭和十八年)後半からなんとか落ち着きを見せ始め、逆に頭打ちだった戦果も上昇し関係者を安堵させた。




 潜水艦の装備の変化は、遣独潜水艦作戦の成功にもつながっていた。


 昨年の第一次遣独艦は残念ながらシンガポールまで辿り着きながら事故により失われてしまったが、この年から送り出された遣独艦には最新装備が最優先で装備されていた。


 これにより第二次以降の遣独艦はすべて無事に日本へ帰還し、ドイツから多くの貴重な情報や物資を日本へもたらすことになる。


 また逆に日本側も第二次遣独潜水艦作戦の際に鹵獲したグラニオンから得た情報をドイツへ提供し、これが後のUボートXXI型の電池におおいに活かされたと言われている。




 世間ではドイツから得られた情報として電探や噴進機が非常に有名であるが、実は軍事面では当時イギリスが運用し始めた対潜兵器ヘッジホッグの情報をいち早く知ることができた点が最も大きかったと言われている。


 日本側はヘッジホッグの脅威よりも、小型で触発信管のみの安価な爆雷を一度に多数発射するという手軽さに注目した。これが後に日本版ヘッジホッグと言われる四式爆雷投射機の開発に繋がり、三式聴音機、探信儀の装備とあわせて、危機的状況をみせていた1944年(昭和十九年)からの商船被害の軽減にある程度貢献することになる。




■戊型潜水艦・丁型潜水艦


 最後に電池と機関についてであるが、まず電池はグラニオンが搭載していたサーゴ電池と同様なものが一号20型蓄電池として開発採用された。


 この電池は従来のものより容量、耐衝撃性、防漏性が大幅に向上していたが、既存艦には搭載することが出来なかった。その大きさと運用が従来の電池と違いすぎていたためである。


 同様にディーゼルエレクトリック機関も既存艦やその延長設計の新造艦には導入することができなかった。結局、ディーゼルエレクトリック機関と新型電池を採用できたのは、全く新規に設計された『戊型潜水艦』と『丁型潜水艦』だけであった。




 当時、艦政本部では次期伊号・呂号の設計にあたり、グラニオンを参考にしたディーゼルエレクトリック機関と全溶接構造の導入を検討していた。


 この設計案はUボートの国産化計画であるS54二型『独潜型』に対して、S55『米潜型』と呼ばれていた。S55はさらに戦闘型のS55一型と輸送型のS55二型の二つの設計案がつくられている。


 ここに第二段戦備計画(マル戦計画)の潜水艦統一計画が入りこみ、最終的にS55『米潜型』が採用されることになった。そして戦争終盤に戦闘用の『戊型潜水艦』、輸送用の『丁型潜水艦』が生み出されることとなる。


 このS55案は鹵獲したグラニオンの設計を元にしたもので、一型と二型は基本的に同一の船体であった。違いは機関、魚雷発射管、魚雷搭載数の差しかない。


 戦闘型の戊型潜水艦はガトー級と同じく前後10門の発射管を持つのに対し、輸送型の丁型潜水艦は最低限の自衛用として発射管を前部に2門しか持たず予備魚雷も搭載していなかった。機関も半分の2基しか搭載していない。その代わり200トンもの物資を艦の内外に搭載できた。


挿絵(By みてみん)


 機関の構成もグラニオンと同じディーゼルエレクトリック方式を日本の大型潜水艦としては初めて採用している。ただしその初期には不具合が多発し漏電事故が絶えなかった。戊型の一隻が日本を出港した直後に戦闘した形跡もなく消息を絶っているが、これは現在では慣れないディーゼルエレクトリック機関の事故によるものと見られている。


 内殻は高張力鋼ではなく軟鋼であったが日本潜水艦として初めて全溶接となった。ブロック建造方式とはなっていないものの工期の短縮が図られ、起工から竣工までわずか8ヶ月という極めて短い建造期間を実現している。


 第二段戦備計画において戊型潜水艦は50隻もの建造が計画されたものの、戦局の悪化により計画は中止となり完成したのは4隻のみだった。逆に丁型潜水艦は非常に重宝され、計画以上の艦が建造されている。


 ちなみに中止された戊型潜水艦の代わりとして建造されたのが潜高型(潜高大型/潜高小型)であった。しかし潜高型はあまりにも意欲的で問題のある設計であったため実際に運用されることはなく、日本の潜水艦で最後に運用された新型潜水艦は、結局は戊型潜水艦と丁型潜水艦の方であった。

【あとがき】


グラニオンの調査報告が続きましたが、次話よりやっと戦闘シーンにもどります。


モチベーションのアップになりますので、評価や感想をいただけると嬉しいです。

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解体調査は流石にここまでの潜水艦でやるには勿体なさすぎるので申し訳ないけども仕方ないですね。むしろ戦力化されてしまう方が上手いこといきますでしょうね。 喪失率も減り戦果も上がる。けども新型潜水艦の戦…
Uボートにはあったのか 映画や建造中の艦首部の写真やプラモでは無かったからてっきりそう言う物だと思っていました ロッシェル塩は史実だと国内のワイン製造から接収してワインの味が落ちたと聞きましたからマン…
解体調査が出来ず、悲嘆にくれるとは可哀そうにw
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