第五話 調査結果③ 雷装・聴音機・探信儀・電探
『ガトー級最強説』布教活動、3回目です。みんな大好き魚雷の話です。
■1943年(昭和十八年)1月
呉海軍工廠 造船部庁舎 会議室
■雷装の差
「それでは次は水雷部さん、お願いします」
電気部に代わって水雷部の大尉が立ち上がる。
「まず魚雷について。型式はMk.14というらしい。現物が艦尾発射管に4本残されていた。53センチの空気式だから、本邦の八九式とほぼ同じだな。要目の差は30頁の比較表を見てほしい」
各自がその比較表を見つめるが、船体や機関の報告であったような驚きや衝撃を受ける者は誰もいなかった。
「見ての通り、小さいことだけが特徴の魚雷だ。技術的に特筆すべき点は何も無い。全く凡庸な魚雷といえる。いや、むしろ欠陥兵器といった方がよいだろう」
「欠陥兵器?」
「正直に言って、なぜこんな魚雷を制式化しているのか米軍の見識が俺には理解できん。我々の試験においてすら、すぐに4つの問題点が見つかっている」
「4つも!?」
「ああ、4つだ。まず一つ目は信管がまともに作動しないことだ。触接信管と磁気信管の感度がでたらめだ。試験に2本使ったが、両方とも見事に不発だったよ」
「それは酷いな……そういえば例の特設運送船もそれで助かったんだったな」
「そういう訳だ。二つ目の問題点は調定深度がいい加減なことだ」
「それはつまり、設定した深度で魚雷が駛走しないということか?」
「その通り。さきほどの試験では1本が調定深度より3メートルも深く駛走した。特設運送船を狙った魚雷の一本が船底を通過したのもこれが理由だろう」
「よくまあ、そんな魚雷を米国の潜水艦乗りは使っているな……」
「まったくだ。そして3つ目だが、この魚雷はまっすぐ駛走しない」
「は?」
「どうやらジャイロか操舵機にでも問題があるのか、この魚雷は設定した斜進角度を逸れて大きな円を描いて駛走する癖がある。この現象が出ると数千メートル駛走した後に発射した地点に戻ってくる」
「たしか鹵獲艦のメインタンク内に弾頭が転がっていたが、その原因か……」
「おそらく特設運送船の船底を通過した魚雷が、ぐるっと回って戻ってきて命中したんだろう。そして信管の不具合で幸い不発だったという訳だ」
会議室内に呆れたような微妙な空気が流れた。
「ああ、そして最後の4つ目は弾頭部の接続強度が弱いことだ。命中角度が浅いと弾頭部が脱落する。だから鹵獲艦のメインタンク内に弾頭部だけが転がっていたわけだ」
「そう言えば特設運送船の船腹にも弾頭だけが2個残っていたらしいな」
「そう言うことだ。総じて完全な欠陥兵器だよ」
「つまり我々は敵失にずいぶんと助けられている訳だな」
「おそらく米軍も欠陥には当然気付いているはずだ。いずれ直してくるだろう。油断は禁物だ。次に発射管だが、こちらはごく普通のものだ。無泡発射管とはなっていない。発射時には海面に盛大に泡が出るはずだ」
「では発射管については見るべき点はないと?」
「いや、そうでもない。発射管は各部が機械化、自動化されている。特に魚雷の装填については賞賛したいくらいだ。機器や計器類も使いやすく配置されている。つまり伊号の水雷課の人数より遥かに少ない人数で運用が可能となっている訳だ。この点は見習うべき点だと思う」
「確かにな」
「それより重大な点がある。雷撃に必須の潜水艦方位盤に決定的な差があった」
「方位盤に?」
「ああ。鹵獲艦の方位盤としてはTDC、Torpedo Data Computer、これは雷撃計算機とでも訳すべきかな。そういう装置が搭載されている。雷撃の理論、計算式自体に我々の方位盤との差はない。問題はこれが高度に自動化されている点だ」
「我が国の九一式方位盤も潜望鏡方位とかは自動入力されるが?方位盤から斜進角や深度も調定盤に自動で設定されるぞ?」
「もちろんその通りだが、TDCはそれだけではない。自艦の進路、速度その他の諸元、目標の進路や速度も連続して計算され自動入力される仕組みになっている。そして雷撃が成功する条件が整えばランプが点く。つまり一度見つかって追跡されると、雷撃から逃れることが困難という訳だ。」
「それは凄いな。同じものは作れるのか」
「日本光学とは話を始めているが、似たようなものは問題なく出来るそうだ。出来るだけ早く開発して既存艦の方位盤を順次置き換えていければと思う」
大尉は言葉を一旦切ると皆を見回した。
「現状でも不発こそ多いが敵の魚雷の命中本数が妙には多いと皆も感じていると思う。今は魚雷の不具合で被害が抑えられているが、まともな魚雷が使われるようになると恐ろしいことになると俺は予想するよ。水雷部からは以上だ」
その恐ろしい予言に皆が静まり返る中、水雷部の大尉は黙って席に戻った。
■聴音機・探信儀の差
「……それでは次は、鹵獲艦の聴音機と探信儀について報告をお願いします」
電池の報告とは別の電気部の担当者が立ち上がった。
「結論から言いますと、聴音機、探信儀ともに我々のものより遥かに性能の良いものが搭載されています」
「やはりそうか……」
予想できたことではあるが、あちこちで溜息が聞こえた。
「まず、鹵獲艦には3系統の聴音・探信儀が備えられていました。一つはNM、二つ目はQB、三つ目がJK/QCと呼ばれる装置です」
「三つもか。なんとも贅沢な話だな」
「はい、小官も最初はそう感じました。各装置の配置は次項の図を見てください」
「まず一つ目のNMですが、これは水深測定専用の装置、つまり測深儀でした。艦首部の中央下部に設置されています」
「我が国の測深儀と同じようなものか?」
「はい、目的は我々の九九式測深儀と同じです。ただし素子には水晶薄板式でなくニッケルの磁歪素子が用いられていました。水晶を使わないので衝撃に強いものです。このため九九式のように格納する必要がなく、艦底に固定式となっています」
「性能の方はどうなんだ?」
「素子の感度は水晶薄板式より上でした。しかも丈夫で構造が簡単であること、連続測定が出来ることなど、鹵獲艦の方が運用面でもはるかに優れています。ちなみに他の水測装置類にも水晶は用いられておりませんでした」
「それはすぐにでも欲しい装備ですね」
潜水艦部の大尉が羨ましそうに言った。
「はい、水晶板は生産面でも課題が多いため、我々としてもすぐにでも真似したい技術です」
「待て。ニッケルも希少資源だろう?」
造機部の大尉が指摘した。日本もかつてドイツからの技術輸入でニッケル青銅の聴音素子を導入したが、ニッケルが希少なためマンガン青銅で代用した過去があった。
「はい。その通りです。なのでこちらもマンガン青銅で代用出来ないか検証する予定です。素子の構造が独国の薄板積層と異なり細管集合体なので、代用素材でも今よりは感度が上がると期待しています」
それならばと良いだろうと皆が頷いた。
「次にQBですが、こちらは聴音機です。しかし後で述べる探信儀の長距離用受信部も兼ねています。艦前部の右舷側下部から出し入れできる形で装備されていました。このあたりは九三式探信儀と同じです」
「素子は何を使っている?」
「ロッシェル塩が用いられていました」
「そのあたりはドイツと同じか」
「その通りですね。実装についてもゴムを挟む、整流覆いを付けるなど艦内や艦外の振動や音から絶縁する配慮がよくなされています」
「見習うべき点が多いということか……こちらも真似すべきだな」
「この鹵獲艦は本当に驚かされることばかりです。最後にJK/QCですが、これは探信儀です。艦前部の左舷側下部からQBと同様に出し入れできる形で装備されていました。素子はJKがロッシェル塩、QCがニッケル管でした」
「つまり索敵用としては固定式の聴音機は無いという事か?」
「はい、九三式聴音機のように円周状に素子を配置した聴音機はありませんでした。代わりにQBまたはJK/QCを360度回転させて艦周辺を走査する方式になっています」
「たしかQCは長距離用も兼ねていると言っていたな?」
「おそらく様々な周波数や距離に対応するためでしょう。またQBとJK/QCは一部回路が共有されています。繊細な機器なので冗長性を持たせているのかもしれません」
「発想自体から根本的に違っている感じだな。それで実際の検知能力の方はどうなんだ?」
「性能は我々の装置よりはるかに上でした。素子自体の感度がそもそも高い上に実装方法と検出回路にも差があります。それがそのまま性能差となって出ているようです」
「聴音関係はまとめて模倣するのが手っ取り早いかもしれんな……」
「はい、すぐにでも真似るべきだと思います。ただ、優れているのは装置自体だけではありません」
「まだあるのか?」
「それぞれを独立して運用するのではなく、WCAと呼ばれる統合装置を介して運用される点が特徴となっています。次の頁の写真を見てください。この束ねている装置がWCAと呼ばれます」
「発令所に居ながらにして水測状況がわかるのか……」
潜水艦部の大尉がため息をついた。これがどれくらい有効なのか説明を聞くまでもなかった。
「はい、これで捜索と追跡が簡単に行えるようになっています。さらにWCAを経由して観測値が先ほどのTDCに送られる仕組みとなっています」
「電池管理やTDCもそうだったが、米国は装置を統合管理するのが上手だな」
「本当にそう感じます」
「そのWCAというやつも早く真似るべきだな」
「はい、こちらも早急に我々も実用化すべきでしょう。先ほどの水雷部の報告の通り、敵潜水艦は魚雷が不具合を抱えているだけで実際は恐るべき力を秘めています。潜水艦の強化だけでなく水上艦艇側の対策もあわせて進めるべきでしょう」
■電探について
「では最後に電探について、技研さんの方からお願いします」
海軍技術研究所の技官が立ち上がった。
「それでは電探の調査結果について報告します。鹵獲艦には諸元表にある通り電探が装備されていました。捕虜の証言と艦内資料によれば、対空警戒用で、型式名称はSDとのことです」
「艦載の対空警戒用なら本邦にも二一号があるが、やはり向こうの方が性能は上なんだろうな……」
造船部の大尉が諦めたような声で尋ねた。
「いえ、その逆です」
「ほう?」
珍しく米国に勝っていると聞いて皆の表情が緩む。
「ただし鹵獲艦の電探は、潜水艦に搭載するという一点で工夫が見られます。資料の49頁をご覧ください」
そこには日米の電探を比較した表があった。
「表面上の性能や機能面では御覧のように二号一型が勝っています。鹵獲艦の電探は探知距離も短く、方位も分かりません」
「それで何の役に立つんだ?」
皆の顔に疑問が浮かぶ。
「浮上せずとも潜望鏡深度から使用できる点です。この電探のアンテナは極めて小さく通信マストに設置できます。しかも機材が小さく軽量なので潜水艦の艦内を圧迫しません。機能が限定的なので操作や保守も簡単なことも利点です」
「なるほど!浮上前に敵機がいるかどうかだけを確認できるのか!それだけでも潜水艦の危険がずいぶんと小さくなるな」
潜水艦部の大尉が感嘆した様子で言った。
「その通りです。敵機の有無を知るだけならば方位は不要です。ずいぶんと割り切っていますが上手い手だと思います。ちなみに捕虜の証言では、この電探の発振は2秒に限定していたそうです」
「それはどうしてだ?信頼性に問題があるのか?」
「いえ、たまたま我が国の無線周波数と近い電波を用いているため、傍受されることを恐れていた様です」
「なるほどな。我々も電探を使用する際は気を付けるべきかもしれんな」
「ただし良い点もあります。無線の周波数と近いということは、一部回路を共有できる可能性があるということです。電探のアンテナを通信マストにつけて回路を切替式にすれば、通信マストを上げるだけで電探と無線の両方を使用できるかもしれません」
「これはすぐにでも欲しい装備だな」
「はい、このまま複製生産しても良いのですが、現在開発中の対空警戒電探(後の一号三型電探)の方が性能も良く軽量なので、これを簡略化して各潜水艦に装備した方がよいかもしれません。その辺りは技研にもどって検討したいと思います」
【あとがき】
当時のMk.14魚雷は本当にポンコツでしたが、ガトー級自体は最初から素晴らしいものでした。だから魚雷の不具合が解消された途端にガトー級が猛威を振るうようになった訳です。
グラニオンはガトー級の初期型なのでSJレーダーを装備していませんでした。優秀なSJレーダーを分捕れなかったのは非常に残念ですが、それが無くても日本にとっては色々と学ぶべき点が多い艦です。
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