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黒潮とグラニオン ~ 鹵獲から始まるガトー級潜水艦の数奇な運命  作者: もろこし


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第四話 調査結果② 機関・電動機・電池

『ガトー級最強説』布教活動、2回目です。これからが本番です。

■1943年(昭和十八年)1月

 呉海軍工廠 造船部庁舎 会議室


■機関の差


「では機関の調査結果について報告する。資料の12頁を開いてくれ」


 皆が資料の頁をめくる。


「冒頭の説明で有った通り、この鹵獲艦はヂーゼル機関を4基も備えている。そして2軸推進だ」


「つまり歯車で2基を繋いでいると?」


「いや、このヂーゼル機関は機械的にどこにもつながってない」


「は?どういうことだ?」


「各ヂーゼル機関にはそれぞれ発電機が付属している。つまり実態はただのヂーゼル発電機というわけだ。これとは別に電動機が4基あって、減速機を介して二つの推進軸に繋がっている。次の頁の構成図をみてくれ」


挿絵(By みてみん)


「つまりは改良中の甲標的と同じような構成ということか?」


「概ねその理解で正しい。ヂーゼル機関は発電に専念する訳だから、もっともよい条件で回すことができる。燃費も発電効率も良くなるし、推進軸は電動機で回すから出力の制御もきめ細かくできる」


「それが操艦性の良さに繋がっているわけか」


「間違いない。他にも利点は多いぞ。伊号のようにヂーゼル機関と電動発電機を繋ぐ必要がないからクラッチも不要だ。減速機も単純なもので済むから容積をとらず静粛性も向上する。逆転もスイッチ一つて済む。潜航する時もヂーゼル機関を止めるだけでいい。発電容量が大きいから補助発電機を積む必要もない」


「つまり良いことづくめという事か」


「ただし欠点もある」


「欠点?」


「ヂーゼル機関直結でなく、一旦エネルギーを電気に変換してから電動機を回すから全体の効率が落ちる点だな。ヂーゼル4基の合計出力は6400馬力あるはずだが、電動機の水上出力は5400馬力しかない。だから鹵獲艦は水上速力も20ノットくらいしか出せん」


「なるほどな。ところでそのヂーゼル機関自体はどうなんだ?」


「V型16気筒の単動2衝式(2サイクル)で1基あたりの出力は1600馬力。出力では呂三十三型に搭載した単動4衝式(4サイクル)8気筒の二十一号八型に相当するな。2衝式と4衝式の差はあるが、機関自体には特筆すべき点は何もない」


「つまり、ごく普通のヂーゼル機関だと?」


「そうだ。発電機が一体化しているから、おそらくヂーゼル機関車用か据置式発電機用のものをそのまま使っているのではないかと思う。単動式だから複動式に比べて出力密度は低いが構造ははるかに簡単で手間もかからん。補助発電機もない。整備する側からみたら理想のような機関だな」


「たしかに人員構成を見ると機関科の人数が伊号よりはるかに少ないな」


「最後に造機部としては、次に設計する艦からは鹵獲艦と同じ機関構成にしたいと考える。まったく敵ながら見事なもんだと思うよ」


 そう締めくくって造機部の大尉は席に着いた。




■電動機と電池の差


「ありがとうございます。それでは次は、電動機と電池について報告をお願いします」


「では電気部から報告させてもらいます」


 電気部の大尉が立ち上がった。


「まず電動機から報告します。造機部からあったように鹵獲艦のものは我が国と異なり発電機能はありません。とは言っても構造自体は電動発電機と基本的に変わりません。注目すべき点は鹵獲艦の電動機はその大きさの割に出力が非常に大きいことです。そしてそれを4基も搭載しています。次項の比較表を見てください」


挿絵(By みてみん)


「電動機の大きさは我が国の特7型とほぼ同じながら、1.5倍もの出力があります。定格電圧が我が国の240ボルトに対して270ボルトとなっていますが、電圧と巻線数の差を考慮しても出力が大きすぎます」


「その理由は分かっているのか?」


 造機部の大尉が尋ねた。


「はい。電動機としての構造は同じで、磁石も同じNKS鋼でした。おそらく性能差は電磁鋼(珪素鋼板)の性能差であると考えています」


「電磁鋼?」


「回転子という電動機の回転する部分に用いる特殊鋼材です。鉄損とよばれる電力損失を減らすため珪素などを添加したものです」


「日米で電磁鋼にそれほどの差があるのか?」


「はい。添加物の配合や薄板化を進めているのですが、性能はまだまだの状況です。ちなみに変圧器に用いる方向性電磁鋼に至っては、米国は戦前に実用化しましたが我が国では未だに開発もできていません」


「つまり、すぐに同じものを作ることは無理ということか……」


 造船部の大尉はため息をつく。


「残念ながら、電動機についてはその通りです」


「ところで、定格電圧が高いということは直列の電池数が違うのか?」


 潜水艦部の大尉が尋ねた。


「はい、その通りです。後で詳しく説明しますが、伊号の場合、艦によって若干の差はありますが例えば海大7型では118個を直列とし、これを2群として合計で236個搭載しています。一方、鹵獲艦は126個を直列とし2群252個搭載しています。この差がそのまま電圧の差となっています」


「電池が多いということは、多少電池に異常が発生しても余裕があるということだな」


「そうですね。しかし注目すべきはその点だけではありません。電池そのものと電池の管理方法に大きな差があります。この点はすぐにでも見習うべきと考えます。まずは電池単体から説明します。資料の25頁を見てください」


 そこには鹵獲艦が搭載していた電池の概要が記されていた。


「鹵獲艦の電池は、最初に装備した艦名から『サーゴ電池』と呼ばれているそうです。我が国と同じく鉛蓄電池で公称電圧も約2.1ボルトと同じです。陽極板、陰極板、セパレーターの構造や材質も同じです。水素ガス放出用の排気栓があり配管で接続される点も同じです。しかしご覧の様に大きさと内部構造が大きく違っています」


挿絵(By みてみん)


 日本海軍の潜水艦用電池にはいくつか種類があるが、基本的に第一次世界大戦のドイツUボートの電池を模倣した構造から進歩していない。サーゴ電池に比べるとはるかに小さく構造も単純だった。


「鹵獲艦の電池は海大型に用いている1号14型電池などより遥かに巨大です。独国のUボートもかなり大きな電池を用いていますが、米国の方はそれよりさらに大きな電池となっています」


「ということは、容量も大きいということか」


「はい、残念ながら我が国の電池より容量は1割は上でした。充電寿命に至っては倍以上の差があるものと思われます」


挿絵(By みてみん)


 予想された結果に全員がため息をつく。


「……なぜそれほどの差がある?」


「電池自体が小さいこと、これが大きな理由です。これで電極やセパレーターも小さくなり、電解液の量も少なくならざるを得ません。これが電池全体の効率と寿命を大きく落としています」


「つまり電池を大きくすれば解決するわけか」


「はい、基本的にはそうですが……残念ながら我が国では米国ほど大きな電極板をすぐに製造する設備がありません。それに……」


 電気部の大尉が力なく首を振って言葉を続けた。


「それに?」


「それに差はそれだけではありません。耐久性にも差があります」


「耐久性?」


「はい。鹵獲艦の電池は槽が二重構造になっていました。外槽と内槽は我が国と同じエボナイト製ですが、その間に軟質ゴムが挟まれています。この構造から、この電池は衝撃に対して非常に強く、また万が一割れても希硫酸の漏出が抑えられるようになっています」


「二重構造だと容積を食うだろう。その分だけ電力容量が小さくなるのではないか?」


 造船部の大尉が、せめて欠点を見つけようというように質問をした。


「全くその通りです。ですから冒頭で述べたように搭載する電池の数が我が国より多くなっているものと思われます。電圧の上昇は副次的な効果だと考えます」


「なるほどな」


「電池そのものだけでなく、電池の管理方法にも差があります。電池の充放電での問題の一つは温度管理です。約40度が理想で、それ以上に高温になるほど電池は激しく劣化します」


「それは知っている」


 潜水艦部の大尉が同意する。


「27頁を見てください。鹵獲艦はこのように電池室の空調だけでなく電池の上部に弁を設けて配管でつなげています。


「伊号でも電池室には空調があるぞ。各電池の排出ガスも配管でまとめて放出している。水素濃度も測定しているが?」


「はい、その通りです。しかし鹵獲艦の方はガスの排出だけでなく内部の空気を強制的に循環させています。このため電池の温度上昇は我が国のものより遥かに小さく抑えられていると考えられます。ほかにも電池の管理方法が非常に繊細かつ高度なものとなっています。次の頁を見てください」


 そこには鹵獲艦の電池管理方法がまとめられていた。


挿絵(By みてみん)


「例えば先の空気の循環量も常に測定され厳密に制御されています。電池一つ一つの電圧も一つの制御盤で簡単に確認できるようになっています。そして電池群を複数のブロックに分けて、ブロック単位で保護回路と切断回路が設定されています。つまりは何から何まで高度に管理、自動化されている訳です」


 部屋のあちこちで唸り声やため息が聞こえた。


 電動機の性能差、電池の容量差、電池の寿命、電池の管理方法、これに先の充電能力の差も加味すれば、日米の潜水艦の潜水状態での行動力や持久力に大きな差があるのは明白だった。皆が今更ながら米国の底力を実感していた。


「……同じことは我が国でも出来るのか?」


 造機部の大尉が絞り出すような声で尋ねた。


「すぐにとは言えませんが……個々の技術自体は特別なものではないので模倣は可能と考えます。電池については既に湯浅とも話をしています。出来れば早急に同様な構造の電池と管理装置を開発して、新型艦から装備していきたいと考えます」


 そう言って報告を締めくくると、電気部の大尉は席に戻っていった。

【あとがき】


ガトー級の機関部は、潜水艦として非常に優れた構成でした。機関は発電に専念し、モーターでスクリューを回すという基本構成は現代の原潜でも変わっていません。電池もリチウムイオン電池が採用されるまではサーゴ電池の改良型が戦後もずっと使われていました。


エンジンとモーターのイメージは、こちらを見れば分かりやすいと思います。

https://youtu.be/FctRpaleRFc?si=4skbsPieTh1HlnqZ&t=1358

サーゴ電池の形と大きさは、こちらでイメージしやすいと思います。

https://youtu.be/aE110AzjHJ8?si=IxylmGGDYIWoYgcl


モチベーションのアップになりますので、評価や感想をいただけると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
ガトー級の仕様書というか解説をここまで詳しく電池や電力に機関部について説明した小説が他にあるだろうかと言えますね。 ここまでの潜水艦を200隻、建造し教育を施した当時のアメリカ軍部もバケモンですね。 …
開戦前、アメリカがここまで完成度の高い潜水艦についての技術を既に持っていた事を初めて知りました。 大戦後半、日本のあらゆる艦種が米潜水艦の攻撃を受け、主力空母まで撃沈され、輸送艦の大半が喪われました…
始めまして 昔の日本の潜水艦乗りのガトー級の感想は負け惜しみかレーダー以外は日本と大して変わらないと、ここまで徹底的に分析していませんでしたね そして史実日本がディーゼルエレクトロニックになったのは戦…
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