表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒潮とグラニオン ~ 鹵獲から始まるガトー級潜水艦の数奇な運命  作者: もろこし


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/8

第三話 調査結果① 要目・操艦性・船体

ここから『ガトー級最強説』の布教活動がはじまりますw

■1942年(昭和十七年)9月20日

 広島県 呉海軍工廠 第三船台


 キスカ島から第二航空戦隊の護衛付きで横須賀に到着したグラニオンは、そこから更に呉に移され徹底的な調査が行われることになった。


 呉に着いたグラニオンはすぐに陸揚げされ、第三船台の上に据えられた。


 軽巡大淀が建造されたその船台では、実はつい先日まで第300号艦の艦底組立が進められていた。だが進水すれば『伊吹』と名付けられるはずだったその艦の工事は急遽中止され、今ではその部材も邪魔物のように脇にどけられてしまっている。


 防諜のため船台を囲むように幕が張り巡らされ、周囲には厳重な警戒も敷かれている。その幕の中で船台上の敵潜水艦を見上げながら二人の造船官が話していた。


「300号艦の件はもったいなかったですね」


「まあどうせ進水しても放置って決まっていたからな。それなら最初から作らん方がいいだろ」


 ミッドウェー海戦の敗北を受け、軍令部は6月末に300号艦について『速やかに進水せしめ工事を一時中止』せよと決定していた。


 これが敵潜水艦を鹵獲したことで建造そのものが中止となった。この第三船台では『第5006号艦』(後の空母阿蘇)の建造が控えているため、鹵獲艦の速やかな修理と調査が求められていた。


「捕虜の証言と艦内に残されていた資料によると、この潜水艦の名前は『グラニオン』というらしいです」


「ぐらにおん?どういう意味だ?」


「トウゴロウイワシって意味らしいですよ」


「ああ、あの釣れても食えん、ちっこい魚か」


「そうそう、そいつです。潜水艦の方は今年の4月に就役したばかりのバリバリの新型艦らしいです。キスカでは駆潜艇を2隻も食ったそうです」


「そんな手練れがどうしてまた特設運送船を相手に浮上砲撃なんてやらかそうとしたんだ?」


「なんでも6本も魚雷を撃ったのに、ちゃんと作動したのは1本だけだったとか。それで艦長がブチ切れて暴走したらしいです」


「そういう訳か。敵とはいえ、なんともご愁傷様な話だな。まあ気持ちは分からんでもないが」


 この後の修理と調査で、実はグラニオンは鹿野丸の砲撃で損傷した訳ではないことが判明する。メインタンク内から脱落した魚雷の弾頭が発見されたからだった、


 その弾頭は米海軍のものだった。つまりグラニオンには鹿野丸の砲弾ではなく、自らが発射した魚雷が命中していたのである。


 おそらく鹿野丸の船底を通過した魚雷がぐるっと回り戻ってきて命中し(しかもまた不発)、それで損傷したものと思われた。本当にこの時のグラニオンは不運としか言いようがなかった。


「艦も失って全員戦死の可能性もあったから元艦長と元乗員との仲は険悪だとか。それで元艦長だけ横須賀からここ呉に1人だけ隔離されました。お陰で我々の尋問にも非常に協力的なんだそうですよ」


「おいおい、その元艦長って戦争終わっても国に帰られるのか?」


「仮に帰っても軍法会議が待ってるでしょうからね。国には奥さんと三人の息子さんも居るそうですが」


「可哀想になあ。それで話はだいぶ逸れたが……艦の状態は?」


「メインタンクと通信マスト以外に大して損傷もありませんし、内殻(耐圧殻)への浸水も少なかったので修理もすぐに終わるでしょう。2週間もあれば海に戻せます」


「諸元は分かってるのか?」


「すでに簡易図面の作成に取り掛かっています。大きさは、おおよそ我が国の海大型相当ですね。元艦長の証言によれば、水中速力は同程度、潜航深度と航続距離はやや上、水上速力はやや下といった感じです。実際の性能は修理後の洋上試験で確認することになるでしょう」


「その程度の性能ならば我が国の脅威とはならないか?」


「いや、それがなかなか侮れません。それは外見だけ見れば分かります」


「ほう」


「まず攻撃力が違います。見ての通り魚雷発射管を10門も備えています」


 目の前の潜水艦は艦首6門、艦尾4門と合計10門もの魚雷発射管を備えていた。対する日本は古い海大型が艦首6門艦尾2門をもっているが、最近の艦は艦首6門しかもたないものが多い。


「そりゃすごいな」


「そう言えば艦内の機器は綺麗に残っていました。どうやら破壊する暇がなかったようです。それでも暗号機だけはしっかり破壊した上で破棄されていましたが」


 元艦長は脱出で混乱した状況の中、全員が無事に脱出するまで艦内に最後まで踏みとどまり、暗号機と暗号書の破棄だけは行っていた。


 これは敵とはいえ十分に称賛される行動であった。真の沈没原因と相まって(情報を引き出すという裏はもちろんあったが)日本海軍はなにかと元艦長の名誉回復と乗員との和解に手を尽くし、戦後にも米国において元艦長を擁護する証拠の提出や証言を行うことになる。


「暗号機については残念だったが、他の機器類が無事となれば電気部や水雷部の連中も喜ぶだろうな。これはますます調査が楽しみになってきた」




■1943年(昭和十八年)1月

 呉海軍工廠 造船部庁舎 会議室


 グラニオンの鹵獲から半年後、造船部の会議室に多くの実務担当者が集められていた。議題は昨年の7月に鹵獲した米潜水艦の調査結果の共有と、艦政本部として正式に報告する内容の事前確認である。


 会議に呼ばれていたのは水雷部・電気部・造船部・造機部・潜水艦部、つまりは全て潜水艦に関わる部署であった。さらに電探を開発する海軍技術研究所もこの場に呼ばれていた。



■要目と操艦性の差


 会議を招集した潜水艦部の大尉が立ち上がり、説明の口火を切った。


「まずは手元の2頁と3頁を見て頂きたい。鹵獲艦と海大型の諸元を比較したものです」


 資料をめくる乾いた音が室内にこもる。そこにはガトー級潜水艦と海大VII型の比較表が載せられていた。


挿絵(By みてみん)


「ご覧の通り、艦の規模は似ていますが、水上速力と航続距離以外の要目は敵潜水艦の方が勝っています」


 参加者が読み進むにつれて、部屋のあちこちで溜息やうめき声が聞こえはじめた。


「洋上試験の結果は次頁以降をみてください。速力に関しては捕虜の証言と一致しています。潜航試験も90メートルでは漏水も軋みは認められませんでした」


「それは安全深度だろう?限界はどのくらいと見る?」


「試験した者の所見では、安全率が我が国と同様に2倍だとしたら180メートルは確実に潜れるのではないかとのことです。緊急時は伊号でも無理をすれば潜れる可能性はありますが、より安全に潜れることは間違いありません」


「二式爆雷が採用されたばかりだが調定深度は最大で150メートルのはずだ。もっと深くできるよう見直す必要があるかもな」


「そう思います。急速潜航速度は1分ほどでしたが訓練すれば40秒くらいにはなりそうです」


「それも戦闘詳報の記録や捕虜の証言とおおよそ一致しているな」


「水中騒音については伊号よりも静粛です。洋上の安定性、操艦性、機動性は良好でした。水中においても安定性、旋回半径、加速力が良好で爆雷の回避能力も高いと思われます。これはLB比(全長全幅比)が小さいこと、そして特殊な機関構成によるものと考えます」


「つまり総じて潜水艦としては良く出来ている、という訳だな?」


「その通りです。それでは続いて詳細比較に入ります。まずは造船部さんから船体構造について報告ねがいます」



■船体の差


「心得た」


 造船部の担当技術大尉が立ち上がった。


「まずは資料の4頁から見てもらいたい」


 頁をめくり、皆がしげしげと図面を見つめている。


「この概略図面をみて分かる通り、基本的な船体構造は本邦の潜水艦と変わらない。半複殻式(サドルタンク方式)でメインタンクの配置もほぼ同じだ。2軸推進で前部と後部に発射管を持っている。自動懸吊装置の類は認められなかった」


挿絵(By みてみん)


「まず内殻(耐圧殻)の直径は4.8メートル、厚さ14ミリの高張力鋼を全溶接で組み上げている。高張力鋼とは言っても一般用で軟鋼に近いものだ。ちなみに本邦の潜水艦はDS鋼板を用いているから材質的には上だが、リベット接合だから内殻の強度としては鹵獲艦より劣る。これが潜航深度の差に出ているな」


「こちらも高張力鋼で全溶接にはできんのか?」


 造機部の大尉が質問した。


「まだ高張力鋼の溶接は研究中の技術だ。いずれ独国から技術導入できる見込みだが実用化は当面先になるだろう」


「つまり潜水艦としての基本部分で差をつけられたままということか……」


「現実はそういう事になる。ちなみに鹵獲艦の船体は内殻以外の部分もほぼ全て溶接で組み上げられていた。ブロック建造方式とはなっていないが量産性も相当高いと思われる」


 彼我の基礎技術力の差を見せつけられ、会議室は沈黙に包まれた。


「報告を続けるぞ。次に舵機類については機構的には本邦と同様だった。動力も電動油空圧式な点も同じだ。だが一点だけ、艦首の潜舵に差が見られた」


「潜舵、ですか?」


 潜水艦部の大尉が不思議そうに尋ねる。


「そうだ。潜舵は船体側面に折りたたんで格納できるようになっていた」


 概略図によれば艦首の潜舵は上部に折りたたんで船体のくぼみに収まる構造になっていた。


「本邦の潜水艦は固定式または水平格納式の潜舵となっている。固定式の場合は水上航行時に波浪の影響を受けやすいという欠点がある。水平格納式は機構が複雑で艦内容積をとるという欠点がある。だが鹵獲艦にはそのような欠点がない」


「見てくれは若干悪いですが、折り畳みの構造は簡単そうですね」


 潜水艦部の大尉がなるほどという表情で言った。


「その通りだ。それに折りたたみ式ならばUボートのように水面下に設置して潜航時間の短縮を狙えるかもしれない。格納時の制約が小さくなるから舵面積を大きくして水中機動性を上げることもできる。折り畳み機構自体は簡単だから、すぐにでも真似をしたいと思ったよ」


挿絵(By みてみん)


 会議室のあちこちで同意の声が聞こえた。


「さて次に機関部だが、特徴的なのはヂーゼル機関を4つも備えている点だ。そのくせ機関室の容積は小さい。その詳細については造機部の方から説明があると思う」


 ちらと視線を送ると話を振られた造機部の大尉が小さく頷いた。


「他に造船部から見た注目すべき点はありますか?」


「艦内容積の割に魚雷発射管の数と魚雷の搭載本数が段違いに多い点だな。魚雷は海大型の倍も積んでいる」


「艦の規模はたいして変わらないのでしょう?しかも内殻直径は海大型より細いようです。一体どうやってそんなにたくさん積めるんでしょうか?」


 電気部の大尉が当然の疑問をのべた。


「魚雷自体が本邦のものより小さいこともあるが、機関部の容積が小さい事が大きな理由だな。それに補助発電機もない。この点も造機部から説明されるだろう」


 造機部の大尉が再び頷いた。


「ほかに注目すべき点としては、司令塔が前よりに設置されていて容積が大きいことだ。だから機器類も多く搭載できるし、司令塔内の機器配置にも余裕がある」


「司令塔が大きいということは浮上航行時に敵に発見されやすくもなりますね。運用側からすると一概に良いとは言えません」


 潜水艦部の言葉に皆が頷く。


「最後に、この鹵獲艦で注目すべき点が2点ある。一つはシャワー室と洗濯室があること。二つ目は空調が非常に強力なことだ。つまり本邦の潜水艦に比べて艦内環境が極めて良いというわけだ」


「それは単に連中がヌルいだけの話ではないか?」


「いや、そうでもない。知っての通り潜水艦の環境は厳しい。その割に長期の任務となる。燃費が良く、魚雷本数が多く、艦内環境が良いことは、それだけこの鹵獲艦は長期の任務に耐えることが出来るということだ。十分に脅威であり見習うべき点だと考える」


 実は伊号潜水艦でも艦内環境については決して他国に劣るものではない。長距離進出が前提の日本潜水艦は空調・全員分の寝台・水洗トイレを完備している。この辺りはUボートに比べて遥かに良好であったが、鹵獲艦はさらに上だった。


「造船部からの報告は以上だ」


「ありがとうございました。それでは次は機関部について造機部の方からおねがします」


 造船部の大尉に代わって、先ほどから話を振られていた造機部の大尉が立ち上がった。


「では機関の調査結果について報告する。資料の12頁を開いてくれ」

【あらすじ】


世界的にみれば伊号潜水艦の居住性はけっして悪い方ではないのですが、ガトー級は更にすぐれていました。


モチベーションのアップになりますので、評価や感想をいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ガトー級はこうして分析することでやっぱこれを作った当時のアメリカの凄さが大変分かりますね。攻撃力、機関のパワーは上で居住性も良い。量産されつつある点は脅威としか判断できませんし。 史実より早く詳しく…
ガトー級の住環境は潜水艦としては良好ですが、平時定員数と戦時定員数の差や魚雷運用状況による一部寝台の使用制限(魚雷室等)によりホットバンキングが常態化していたと言われていますね。(これ現代米潜水艦でも…
1930年頃に満鉄が独のst52ハイテンを導入してSL造ってるんですよね(但し低温脆性破壊に弱い) 海軍は開戦後に導入したものの本格導入は戦後になりましたが……(上記欠点を改良したタイプ)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ