第7章:三対一(後編:逆転の火花)
監視室では、ミスター・フェイスレスが足を組み、悠然とその光景を眺めていた。
「おや、どうやら『三銃士』たちが、いささか手強い相手と戦っているようだね」
月島は、いつもの謎めいた微笑を浮かべて尋ねた。
「三銃士? ……それは誰のことかしら?」
「私の古代文明コレクションにある本のタイトルさ」
フェイスレスが答える。
「もっとも、正直なところ、一度も読んだことはないんだがね」
シアランは、窮地に立たされてなお衰えぬ少女の抵抗力に魅了されたように口を挟んだ。
「話を戦いに戻しましょう……彼女が普通の人間だなんて信じられないほどの強さだわ。ジファン、彼女についてもっと教えてくれない?」
ジファンは椅子の上で背筋を伸ばし、いつもの研ぎ澄まされた冷静さを取り戻していた。
「チェンとは8年前に出会いました。それ以来、彼女の目標はただ一つ。――世界で最も強い人間になることです」
「その称号は、君のものじゃないのか?」
シアランの問いに、ジファンは感極まったような笑みを浮かべて答えた。
「その通り。ですが、メタヒューマンではない我々にとって、その座を手に入れるのは容易ではありません。強さとは単なる力だけではない……知性、鍛錬、技能、そして徹底した自制心。私はそれらを積み上げ、あらゆる戦闘スタイルを極めました。だが、チェンは違う。彼女の護符の技法は彼女だけが知る秘奥であり、その身体能力に至っては、正直なところ私をも凌駕している。我々は今、人間の可能性が到達しうる『真の頂点』を目撃しているのですよ」
チェンは杖を構え、シューターへの猛攻を開始した。シューターもそれに応じ、双つのレーザーブレードで一撃一撃を的確に捌いていく。サイバネティックな義眼が、少女の動きの軌道を完璧に予測し、追跡していた。
(ただの木の杖のはずだ……。なのになぜ、俺のブレードで両断されない!?)
シューターの心に苛立ちが募る。彼が知る由もなかったのは、チェンがその杖の内部に「永劫硬化」の護符を封じており、実質的に破壊不能の神器へと変貌させていたことだった。
チェンは正確無比な突きの連打でシューターを後退させたが、彼は攻勢を緩めない。両手を自由にするためにブレードを空中に放り投げると、間髪入れずにデュアル・ブラスターを抜去。至近距離からエネルギー弾の豪雨を浴びせ始めた。チェンは杖を高速回転させ、雪原に火花を散らす円形の盾を形成する。
弾幕を凌ぎながら、チェンは即座に機動戦へと切り替えた。爆発的な加速で松の木の間をジグザグに縫い、致命的な弾道だけを最小限の動きで回避していく。シューターはブラスターの熱量を管理し、過熱を避けるため完璧なリズムで交互に引き金を引き続けた。
チェンが走走りながら護符を投じたが、それは狙いを外れた。別の位置から再挑戦するも、またもや不発。三枚目の紙が雪の中に消えた瞬間、シューターはその隙を逃さなかった。
「――仕留めた!」
一発の光弾がチェンを捉え、彼女はその衝撃で凍てついた地面に倒れ伏した。
彼女はゆっくりと、杖を支えに立ち上がる。シューターは勝利を確信し、煙を吐く銃口を彼女に向けたまま動かない。
「終わりだ。俺の勝ちだ。……貴様を喰らい尽くす最大のサメは、この俺だったということだ」
撃たれた腕から血を流し、歯を食いしばりながら、チェンは静かに呟いた。
「……私は、まだここにいるわ。勝敗を急がないことね」
「強がりを。その腕ではもう満足に動けまい?」
「護符の理には、様々な形があるの」
彼女は不気味なほど冷徹に、、教えを説くかのように言葉を継いだ。
「中でも至難とされるのは、『共鳴』の引き金……。即ち、他者の力を目覚めさせる護符の創造よ」
「……何だと?」
「筆致を極限まで正確にせねば、エネルギーは合致しない。……ねえ、私の攻撃が本当に『外れた』と思っていたの?」
シューターの顔から血の気が引いた。周囲を見渡した彼は、己を囲む三本の松の幹に、失ったはずの護符が完璧な正三角形を描いて貼り付けられているのを目撃し、戦慄した。
「くそっ、あの小娘……ッ!」
チェンは最後の一枚、燦然と輝く紙を取り出した。
「――心、体、そして魂。生命を司る三柱の龍」
彼女が放った「起動」の護符が、シューターの胸に吸い付くように張り付いた。
その瞬間、周囲の三枚の護符から深紅の龍を象った神秘的なエネルギーが奔出し、彼の胸元へと収束していく。
「……っ!?」
シューターは衝撃に目を見開き、その場に釘付けとなった。己の鼓動が徐々に、確実に遅くなっていくのを感じる。やがて、心臓が完全に静止した。
最後の鼓動と共に、彼はシミュレーションの世界から永遠に排除された。
周囲の景色は一変し、今度は荒々しい火山の高原へと塗り替えられた。チェンはその場に座り込み、自らの傷口に治癒の護符を発動させた。淡い光が傷を包み込んでいく。
「……いつから見ていたの?」
彼女は岩場の陰になった一角、暗がりに向かって問いかけた。
闇の中から、鋭い片目が浮かび上がった。続いて、無機質な口元が答える。
「……奴らが君を襲い始めた時からだ」
「あなたも、私を狩りに来たの?」
「もし、あの三人が先に君を始末していなければ、そうなっていただろうな」
アリステア・ソーンの声が響く。
「君の友人……カルヴィンがこちらに向かっている。どうやら新たな仲間を得たようだぞ」
「驚かないわ。きっとまた、私を倒そうとするつもりでしょうね」
「残りは五人だ。私も誰かと手を組んだが、それはあくまで自分の利益のためだ」
「それなら……私は独りね」
「それが心配か?」
「いいえ。全く」
「……幸運を祈る」
「必要ないわ」
闇の中にあった目と口は消え去り、数メートル先に座していたアリステアの本体へと戻った。その傍らで待ち構えていたチャドが、苛立ちを隠せぬ口調で尋ねる。
「……次はどうする?」
「進むしかない」アリステアは冷淡に答えた。「ラストスパートは、もうすぐそこだ」
一方、傷を癒やし終えたチェンは、火山の煤で赤く染まった空を眺めながら、独り言のように呟いた。
「カルヴィン……本当に、今度こそ私に勝てると思っているの? あなたって、本当に変わった人ね」
彼女はゆっくりと立ち上がった。
この試練が始まって以来初めて、期待に満ちた本物の笑みが、その端麗な顔を照らしていた。




