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第7章:三対一(さんたいいち)

カルヴィンは濁った水の中から這い出し、頭からつま先までずぶ濡れになっていた。

顔にかかる髪をかき上げ、余分な水気を振り払いながら、彼は必死にラブ・ガールと対戦相手の姿を探し求める。

その時――衝撃でマングローブがへし折れる凄まじい軋み音が、静かな沼地に響き渡った。カルヴィンは躊躇することなく、その轟音のぬしのもとへと急いだ。

数メートル先では、ブルー・タイガーがラブ・ガールの破壊的な一撃を間一髪でかわしていた。

彼女の放った金属グローブの拳は、恐ろしいほどの力で巨大な幹を粉砕している。猫のような身のこなしで着地した戦士は、余裕を取り戻したように冷笑を浮かべた。

「……フン、空を飛ぶスピードは認めてやるが、地上なら俺の方がずっと速いぜ」

ラブ・ガールは鋭い動作で幹から手を引き抜いた。青い瞳が分析的な光を放ち、確信に満ちた口調で言い返す。

「その程度の速さでは、私を倒すには不十分だわ」

流れるような予備動作から、彼女は虚空こくうに向けて拳を叩きつけた。純粋なエネルギーの球体が、弾丸のごとき速度で彼女の手首から射出される。

ブルー・タイガーが身をかがめて回避する暇もなかった。エネルギー球は着弾と同時に炸裂し、その衝撃で彼は、折れたマングローブや瓦礫の山の下敷きとなった。泥水の中に、彼の巨体が急速に沈んでいく。

カルヴィンが現場に駆けつけた時、ラブ・ガールは爆発の余韻が残る場所を無機質に見つめていた。

「……あの中にいるのか?」

カルヴィンは肩で息をしながら尋ねた。彼女は視線を外さず、短く頷く。

「ええ。すぐに酸素が尽きるはずよ。……今のうちに撤退すべきだわ」

カルヴィンの背筋を、凍るような感覚が走り抜けた。

たとえこれがシミュレーションだと分かっていても、「水中で窒息死する」というイメージはあまりに耐え難い。

「……いや。あそこに置き去りにはできない」

ラブ・ガールは答えなかった。

ただじっと立ち尽くし、カルヴィンが剣でマングローブの残骸を切り裂き、重い幹を必死に動かしていく様子を冷ややかに見守っている。

数秒の格闘の末、彼は泥の中からブルー・タイガーを救い出した。水面から顔を出した男は、激しく咳き込みながら、荒い呼吸を整えようと必死に空気を求めていた。

「……無意味な行為だわ」

ラブ・ガールの声には、同情の欠片もなかった。

「彼はあなたとは違う。恩義を感じるような、信用できる相手ではないのに」

「あんな形では、あまりにも苦痛に満ちた死になっていただろう」

カルヴィンはそう答え、疲れ果てて力の入らない相手を水面で支えた。

「シミュレーション設定は、ダメージによる肉体的な痛みを和らげるはずよ」

彼女は圧倒的な論理ロジックで反論する。

「だが、酸素不足の苦しみは別だ。それは単なる痛みではなく、魂を削るような『苦痛』そのものなんだ」

カルヴィンは、自分を憎悪と困惑が入り混じった目で見つめるブルー・タイガーに視線を向けた。

「……大丈夫か?」

荒い息を切らしていたブルー・タイガーは、すぐには答えなかった。その代わりに、屈辱と苛立ちを隠そうともせず、吐き捨てるように言った。

「……何でそんな真似をした。お前は……本当におめでたい馬鹿だな」

「溺れ死ぬのを見過ごせと言うのか?」

カルヴィンは相手の態度に動じることなく、冷静に言い返した。

ブルー・タイガーは何も答えず、格下だと思っていた相手に救われた事実への苛立ちから、ただ激しく歯ぎしりをした。その重苦しい空気を、ラブガールの感情を排した機械的な声が切り裂いた。

「……もう一度だけチャンスをあげる。もしこれを無駄にするなら、次は私がお前に『後悔』を刻み込んでやるわ」

カルヴィンはブルー・タイガーに背を向け、チェンがいるはずの場所へと再び歩き出した。

「行こう」

しかし、二人が歩き始めた直後、カルヴィンの背筋に強烈な寒気が走った。

――本能だ。

彼は即座に振り返り、剣に鮮烈な真紅のエネルギーを宿らせた。超常的な反射神経で、ブルー・タイガーの背後からの必死の強襲を阻む。

驚くべきことに、深紅の刃は「不滅」を誇るはずの金属爪を、まるで紙切れのように容易く切り裂いた。

「あり得ない……」

ブルー・タイガーは呆然と、切断された自らの爪を見つめた。

(これは不滅のはずだ。これまで傷一つ負ったことなどなかったのに……!)

驚愕に浸る時間は、彼には残されていなかった。

シミュレーションから強制排除ドロップアウトされる直前、彼が目にした最後の光景は――ラブガールが放ったピンクの稲妻が、自らの顔面に直撃する凄まじい閃光だった。

「猫」が消えた瞬間、陰鬱な沼地は霧散した。

周囲はどこまでも続く牧歌的な桜の森へと塗り替えられ、デジタルの空からは淡いピンクの花びらが優しく舞い落ちている。カルヴィンは剣を鞘に収め、深く息を吐いた。

「……ずいぶん、早かったな」

「私は効率を重視しているだけよ」

ラブガールは動じることなく答え、問いかけた。

「次はどこへ向かうの?」

「最初の爆発があった場所だ。ただ、二度も環境が変わったせいで、正確な方角が分からなくなってしまった」

「私はあの場所を見失っていないわ」

彼女は地平線の一点を指差した。「同盟者として、案内してあげる」

「よし、助かるよ。ありがとう」

カルヴィンは感謝を込めて彼女に微笑みかけた。

「ねえ、君の名前は? 何て呼べばいい?」

「私のコードネームは『ラブガール』よ」

カルヴィンは一瞬不思議そうな表情を浮かべたが、場の空気を和ませようと、冗談めかして口を開いた。

「……うーん、その名前はコスチュームのハートマークがあるから成立してるんだろうね。正直、君が『愛らしい(ラブリー)』だなんて、とても思えないし」

監視室では、ミスター・フェイスレスがリザーブワインのボトルを次々と空にしていた。彼はバーナビーに合図を送り、代わりのボトルを持ってくるよう命じる。これだけの量をあおりながらも、その言動には酔いの兆候すら微塵も感じられない。

「……おい、ちょっと待て。あの爪は『破壊不能』の設定だったはずじゃなかったか?」

彼は侍女の方を向き、問いただした。

「アガサ、報告書には確かにそう記されていたはずだが……なあ?」

「その通りでございます、ご主人様」

彼女が答える。その声は、あたかも虚空から直接響いてくるかのようだった。彼女の口元は、言葉を発している間もピクリとも動かなかったからだ。

「では、一体何が起きたというんだ? 何か言いたいことはあるか、ジファン。あの子は君の弟子だったんだろう?」

ジファンは顎に手を当て、モニターに映し出されるリプレイ映像をじっと凝視していた。彼もまた、当惑を隠せずにいる。

「……正直、私にも分かりません。彼があれほどの力を発揮するのを見るのは、これが初めてです」

そこへ、ライアン・スティールがいつもの無機質な技術者然とした口調で割って入った。

「失礼ながら……事前の予備スキャンの際、カルヴィンの武器は厚い謎に包まれていました。シミュレーション用に機能するレプリカは構築しましたが、元の素材の『組成』を解明することは不可能だったのです。ただ一つ確かなのは、あの剣がカルヴィンのエネルギーと完璧な**相乗効果シナジー**を発揮している、ということだけです」

ライアンは、ミスター・フェイスレスからの「見えない視線」が、圧倒的な質量を持って自分に突き刺さるのを感じた。彼に捉えるべき眼球など存在しないが、その場の空気は窒息しそうなほどに重苦しく変貌する。

数秒の沈黙の後、フェイスレスは再びメインモニターへと視線を戻した。

「……おお、見ろ!」

フェイスレスが、新たな興奮を込めて声を上げた。

「どうやら、我らが三人の『勇敢な戦士』たちが、ついにあの大胆な少女を追い詰めたようだぞ」

チェンは桜の森の中で、静止画と見紛みまごうほどに静かに立ち尽くしていた。指先には、一枚の繊細な花びらが挟まれている。

その静寂を破ったのは、浅黒い肌と禿頭、そして赤い光を放つサイバネティックな片目を持つ男――「シューター」だった。

「おい、お前。サバイバルテストの最中にあんな風に居場所を晒すなんて、随分とお間抜けじゃないか」

男が嘲笑を浮かべる。チェンは彼を完全に黙殺したが、包囲されている事実に即座に五感を研ぎ澄ませた。

片側からは恐竜のような顔立ちに緑色の鱗、背中に鋭い棘を持つ「ラドサウル」が現れる。もう片側からは、淡い茶色の髪にピンクのタイトスーツ、そして目隠しを着用した「ガムガール」が姿を現した。

シューターが傲慢な口調で続ける。

「俺たちの連携に気づいたようだな。お前が待ち構えていると知っていたから、即席のチームを組ませてもらった。海に血を流せばサメが集まる。違いは、俺たちは『群れ』で狩る術を知っているということだ」

三人が慎重に包囲網を狭める。その瞬間、チェンの指先から花びらがそよ風に乗って滑り落ちた。

シューターはそれが自分の鼻先を通り過ぎるのを冷笑しながら見送った。しかし、彼は気づいていなかった。その花びらの表面には、緻密な「護符」の刻印が施されていたことに。

気づいた時には、すでに手遅れだった。

花びらから目に見えない衝撃波が放たれ、シューターの巨体を5メートルも後方へ吹き飛ばした。

「リーダーがやられたぞ! 突っ込め!」

ラドサウルとガムガールが同時に襲いかかる。チェンは鋼のように硬質化させた護符でラドサウルのかぎ爪をブロック。流れるような動作で地面から杖を引き抜くと、恐竜男の腹部に強烈な一撃を叩き込んだ。

ガムガールが弾力性のある物質へと変化させた腕を伸ばし、チェンを絡め取って引き寄せようとする。しかし、チェンはその引力をも利用した。空中に跳躍し、着地する寸前にガムガールの顔面へ鋭い二連蹴りを浴びせる。そのまま猫のような優雅さで、つま先立ちで着地した。

突如、ブラスターの銃声が空気を裂く。態勢を立て直したシューターが、エネルギー弾の連射を浴びせてきたのだ。チェンは杖を目まぐるしい速さで回転させ、風と魔力による盾を形成。飛来する弾丸を完璧な精度で弾き返していく。

「チッ、オーバーヒートか……!」

連射のしすぎでシューターの銃が機能を停止した。チェンはその一瞬の隙を逃さない。

ただの石を包んだ護符を投げつける。投擲物が空を切り裂く間に、石は不自然なほど巨大化し、一瞬にして花崗岩の巨岩へと変貌を遂げた。

「なっ……がはっ!」

シューターは巨岩と桜の木の間に挟まれ、衝撃で肺の空気を絞り出される。絶望した彼はレーザーブレードを発動させ、必死に木々を切り裂こうともがいた。

その間、チェンの足元に粘着質な感覚が走った。ピンクのガムが、彼女の足を地面に縫い付けていたのだ。獲物の動きが止まったのを見て、ガムガールが邪悪に微笑む。そこへラドサウルが猛烈なタックルを仕掛けてきた。

だが、チェンは微塵も動じなかった。

杖を地面に深く突き刺して軸を固定。驚異的な敏捷性で回転し、ラドサウル自身の突進の勢いを乗せた、破壊的な回し蹴りをその背中に叩き込んだ。

チェンは恐竜男をほふるべく新たな護符を取り出したが、発動の寸前、ガムガールが放った分厚いガムによってその手が封じられた。チェンは、この状況を「危機」というよりはむしろ「ひどく面倒な雑事」とでも言いたげに、うんざりした溜息を漏らした。

「……冗談でしょう」

彼女は低く呟くと、躊躇うことなくベタベタした塊の中で護符を発動させた。

瞬間、彼女の拳は猛烈な炎に包まれる。チェンはその燃え盛る手でガムガールの顔面に直撃を叩き込み、続けざまに腹部へ必死の膝蹴りを食らわせた。

「私の……私の美しい顔が!」

ガムガールは悲鳴を上げ、顔の火を消そうとのけぞりながら後退する。

その時、機械的な駆動音がチェンの直感を刺激した。シューターの武器が再稼働したのだ。彼女は本能に従い、コンマ一秒前まで自分がいた場所を粉々に粉砕する重火器の斉射を紙一重で回避。巨木の陰へと身を隠した。

彼女は素早く戦況を分析する。

怒り狂った足取りで迫るラドサウル。態勢を立て直そうとするガムガール。そして、高精度のレーザー狙撃銃で自分をロックオンしているシューター。

チェンは残りの護符を確認したが、即座に「新作」を編み出す決断を下した。流れるような所作でベルトから紙片を引き剥がすと、一瞬で新たなルーンを書き上げる。

放たれた護符は、視界を焼き尽くすほどの眩い閃光を放って炸裂した。

その光は戦場の全員の視力を奪った。シューターの高度なサイバネティック・アイでさえ感覚過負荷オーバーロードに陥り、彼は完全に方向感覚を喪失した。

チェンは隠れ場所から飛び出したが、そこには盲目的な怒りで噛みつくラドサウルが待ち構えていた。彼女は杖でその顎を受け止める。凄まじい圧力で杖が軋むが、先史時代の怪物の牙に折られることはなかった。

脱出不能と悟ったチェンは、刹那の判断を下す。

ラドサウルの鼻先へ、くさびを打ち込むような鋭い頭突きを繰り返し浴びせたのだ。

五度目の衝撃で、恐竜男は鼻から鮮血を噴き出し、痛悶の叫びを上げて後退した。己の血の匂いが、彼の頼みの綱である嗅覚を麻痺させていく。

額に傷を負い、肩で息をしながら、チェンは敵の視力が回復しつつあることを悟った。

高所を取るべく近くの桜の木へ駆け寄るが、シューターの怒声が響く。

「今だ、逃がすな!」

視界が霞んだままのガムガールが、再び粘着質の弾丸を放つ。チェンはそれを予見し、わざと自分の体ではなく杖にガムを絡ませた。彼女はガムガールの弾力ある腕を「支点」として利用し、逆に彼女を周囲の幹に叩きつけようと試みる。

しかし、ブラスターの光線がチェンの髪を掠めた。その衝撃で動きを止めざるを得なくなる。

チェンはシューターを冷徹な眼差しで射抜いた。

「……外したわね」

「いや……」

シューターは不気味な笑みを浮かべて答えた。

チェンの気づきは一歩遅かった。彼の一撃は彼女ではなく、彼女が登ろうとした木の「根元」を正確に撃ち抜いていたのだ。高所の優位を奪うための狡猾な一撃。

「それに、いい『隙』ができたぜ」

背後にラドサウルの殺気を感じた。

振り向こうとしたが、杖がガムに絡まったままで動きが制限されている。

逃げ場を失ったチェンの肩に、ラドサウルが怒りに任せた爪を深く突き立てた。

「――くっ……!」

チェンの口から、本物の苦痛を伴う呻きが漏れた。仮想の鮮血が、彼女の服を赤く染めていく。

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