第5章:試験開始(しけんかいし)
試験当日の朝。カルヴィンは家の台所で、シリアルに牛乳をかけただけの簡素な朝食をとっていた。
母親がふと目を向けると、こんなに早く起きて既に身支度を整えている息子の姿があり、驚いてドアの入り口で足を止めた。
「あら! まさか、道場に通い始めたおかげで早起きができるようになったなんて言わないわよね」
カルヴィンは一口食べ終えると、手の甲で唇についたミルクの跡を拭ってから答えた。
「……実を言うと、緊張しすぎて2時間しか眠れなかったんだ」
母親は優しく微笑み、歩み寄ると愛情を込めて彼の髪を撫でた。
「普段なら、そんなに寝てないなんて叱るところだけど、今のあんたの気持ちはわかるわ。お父さんもパン屋を開いた時は、同じくらい緊張してたもの。売れるかどうかも分からなくて……でも、あの時私が何て言ったか覚えてる?」
「……何て?」
「『自分がしていることに幸せを感じているなら、どんな努力もいつか報われる』……ってね」
カルヴィンは微笑み、肩の力が少し抜けるのを感じた。
「さて、お母さん。1時間後にはユニット・ゼロの基地に行って、最終試験を受けてくるよ」
「そうね、いってらっしゃい。私は一日中仕事だから、帰ってきたら夕食を買ってくるか、何か美味しいものでも作って食べてちょうだい」
「お母さん……」
「何、カルヴィン?」
「……ありがとう」
「ちょっと、カルヴィン。お父さんみたいにベタベタした気恥ずかしい言い方しないでよ」
彼女は冗談めかして、わざと嫌そうな顔をしてみせた。そして最後に、彼の肩を軽く叩いた。
カルヴィンは、仕事へ向かう母親の背中を見送りながら、静かに笑った。
結果がどうあれ、自分には帰る場所がある。その実感が、彼に何よりも強い勇気を与えてくれた。
その間、第12部隊のオフィスでは、トーマスが椅子に深く腰掛けたままダーツを投げていた。彼が放つ矢は、単調なほど正確に、そのすべてが的の中心を射抜いていく。
不意に、誰の手も借りずにドアが静かに開いた。トーマスは入り口へと視線を向ける。
入ってきたのは、身長170センチほどの痩身の男だった。窓からの光を反射する眼鏡の奥にその瞳を隠し、冷徹な知性を漂わせている。彼は第11部隊――科学研究と技術開発を専門とする部門の責任者、マグナス博士だった。
「……こんにちは、ブルーフォードさん」
トーマスは椅子を彼の方へ向け、親しみの中に好奇心を混ぜた表情を浮かべた。
「やあ、マグナス。わざわざ足を運んでくれるなんて光栄だ。何のご用かな?」
マグナスは机を挟んだ向かいの椅子に座ると、ホログラフィック・プロジェクターを起動させた。空中に歪んだDNA鎖が映し出される中、彼は淡々と説明を始めた。
「昨夜、君が私の部署に預けていったサンプルについてです」
「何か問題でもあったか?」
「実に奇妙な結果が出ました。これらの生物のDNAは、生物学的な大混乱を来しています。理論上、あり得ない構造だ。動物的特徴と人間的特徴が極めて曖昧に混在しており、一方がもう一方の構造を絶えず歪め続けている状態です」
トーマスの顔から余裕の笑みが消え、眉間に皺が寄った。
「……つまり、俺が殺したのは人間だった、ということか?」
「正確には違います。彼らはもはや人間ではなく、厳密に言えば……あなたが殺したわけでもありません」
「……あぁん?」
「遺体には、発見されるずっと前に死亡していた痕跡がありました。ヴァレリウス隊員が強烈な腐敗臭を感じた理由はそれです。あいつらは、動き回っている時点で既に『腐死体』だったのですよ」
「……動く死体だと? そんなことがあり得るのか」
「あれは単なる生物学的な造作物です。目的を果たした瞬間に崩壊するよう設計された、使い捨ての『有機オートマトン』。そう呼ぶのが相応しいでしょう」
「『死の使徒』どもの仕業か?」
「現時点では、断定できません」
トーマスの表情から皮肉な色が消え、鋭い分析官の眼差しへと変わった。
「だが……博士。君なら、こんな報告は書面一枚送れば済んだはずだ。わざわざここに来た本当の理由は何だ?」
マグナスは眼鏡を指で直した。そのレンズが一瞬、白く光る。トーマスが自分の真意を即座に見抜いたことに、彼は密かな満足を感じて微笑んだ。
「……その通りです。昨夜の生物について第0部隊に報告したところ、例の『緑色の髪の個体』は、同日に第5部隊によっても目撃されていたことが判明しました。彼らはそれを**『モンスターマン』**と呼んでいます。今日の検証が終わり次第、月島レイ隊長に伝えてください。私と第5部隊長との合同会議への出席が必須である、と」
「会議、ね」
「『モンスターマン』の真の脅威レベルを評価し、『死の使徒』との直接的な関連性を判断する必要があります。状況は、見た目以上に不安定です」
「……了解した」
トーマスは短く頷き、プロの顔に戻った。「月島には必ず伝えておく」
マグナスは無駄のない動きで立ち上がり、持ち物をまとめた。
「よろしい。次回の協力も、我々全員にとって実りあるものになることを期待していますよ」
「……期待は裏切らないさ」
トーマスはそう答え、嵐のように現れ、静かに去っていく科学者の背中を見送った。
その後、試験の刻が訪れた。
カルヴィンと他の志願者たちは、薄暗い広間に集められていた。そこには近未来的なデザインの金属製カプセルが整然と並び、各カプセルはちょうど一人を収容できるほどの大きさで鈍い光を放っている。
数人のサラ・クロノを従え、ライアン・スティールが部屋に入ってきた。
「さあ、諸君。いよいよ『その時』がやってきた」
彼は力強い声で宣言した。
「体力試験は『バトルロイヤル(全員対全員)』形式で行う。諸君にはこれらのカプセルに入ってもらい、私が設計した戦闘シミュレーションに参加してもらう。事前にスキャンしたデータに基づき、仮想環境内では諸君の全能力が再現される。この技術には高周波マナ・ネットワークを組み込んでいるからな。現実と遜色のないパフォーマンスが発揮できるはずだ」
チェンが静かに手を挙げた。ライアンが顎で促す。
「物理的なアイテムに依存している志願者はどうなるのですか?」
ライアンはその疑問を予期していたかのように、即座に答えた。
「申込書を熟読していれば気づいたはずだが、装備に関する詳細はすべて明記するよう求めていた。そのため、昨日までに本日使用するスーツや道具を持参するよう指示したはずだ。それらはすべて、寸分違わずデジタル化されている」
すると、顔の四分の一をマスクで隠したあの男が口を開いた。
その声は、不気味でありながら奇妙なほど心を落ち着かせる「囁き」であり、広間全体にはっきりと響き渡った。
「……結果は、どう評価される?」
「審査員は、諸君の戦術的な立ち回り、生存能力、そしてもちろん筆記試験の成績を総合的に判断し、自部隊に迎え入れるべきかを見極める」
ライアンは12人の若者たちを鋭い眼差しで見渡した。
「さて、他に質問がなければ私は退室する。プロセスが開始され次第、サラ・クロノたちが各々のカプセルへの入室をサポートするだろう」
ライアンが部屋を出ると、すぐにサラたちが動き出した。志願者たちをそれぞれの没入型カプセルへと案内していく。
数分後、ライアンはタッチスクリーンやモニターが壁一面を埋め尽くす監視ルームへと足を踏み入れた。そこには、既に各部隊の重鎮たちが待ち構えていた。
「全員揃ったか?」
ライアンは手袋のズレを直しながら問いかけた。
「俺ならもう準備万端だよ。最高の『ショー』が見られるのを、今か今かと待ちわびていたところさ」
答えたのは、180センチの長身に鮮やかなピンク色の髪、そして目を奪われるほど端正な顔立ちをした男だった。その背中からは、蝶の羽を彷彿とさせる、だが金属的な冷たい輝きを放つ翼が広がっている。
彼の名は、サイラン・アッシュブレード。その口調にはどこか色気と余裕が漂っていた。
既に席に着いていたジファンが、静かに口を挟む。
「落ち着け、アッシュブレード。私の弟子たちなら、君を退屈させることはないはずだ。チェンの話では、他の受験者の中にもかなり興味深い手練れが混ざっているらしいからな」
サイランは面白そうに口角を上げた。
一方、第12部隊長の月島レイも既に定位置にいた。彼女(彼)は能力によって透明な青いエネルギーの手を投影し、それを即席のテーブルとして利用している。水の入ったグラスをひと口飲むと、優雅な微笑を湛えて付け加えた。
「見せ物としての面白さも結構ですが、我々が焦点を当てるべきは『誰が最も有能か』という一点でしょう。……ところで、ミスター・フェイスレスはどちらに? 彼の見解も伺いたいものですが」
その瞬間、扉が勢いよく弾け飛び、奇抜な声が室内に響き渡った。
「お待たせしたかな、諸君! この最高の宴を始めるために、真打ちがついに到着したぞ!」
現れたのは、比類なき優雅さと完璧な髪型を備えた男だった。だが、最も不気味な特徴――彼には「顔」がなかった。その顔面は、下にある骨格の形をかろうじてなぞるだけの、薄く滑らかな皮膚に覆われた「面」に過ぎない。
彼こそが、ミスター・フェイスレスだ。
彼の傍らには、二人の従者が控えていた。
一人は、昆虫を思わせるキチン質の肌を持ち、顔に偽の瞳を隠した侍女、アガサ・ヴェスパー。
もう一人は、頭部が巨大な蝋燭のようになっており、その芯が永遠の業火を灯し続けている執事、バーナビー・フラムボー。
ミスター・フェイスレスは二人の従者に付き添われ、ゆったりと席に着いた。サイランは、他の者たちの椅子に比べてフェイスレスの「玉座」があまりにも豪華であることに気づき、拗ねたような声を上げた。
「おいおい、なんでアイツだけそんな豪華な特等席なんだ? 俺のは普通なのに!」
「決まっているだろう、私が自腹で代金を払ったからだ!」
フェイスレスは活気に満ちた声で笑い飛ばした。
「さて、無駄話はこれくらいにしよう。本題に入ろうじゃないか」
ライアンは深く頷き、傍らに立つサラ・クロノに命じた。
「……シーケンスを開始せよ」
没入室では、サラたちが手際よく志願者たちをカプセルへと収め、ニューラルバイザーを装着させていった。
カルヴィンがバイザーを深く被った瞬間、視界を覆っていた暗闇が消え去った。
瞬きをする間に、彼は広大で美しい野原の真ん中に立っていた。
周囲を見回し、そして自分自身を見つめる。服の繊維の質感から、そこに立っているという確かな存在感に至るまで、すべてが信じられないほどリアルに感じられた。
突然、ライアン・スティールの声が参加者全員の脳内に直接響き渡った。
『――よし、全員配置についたな。ルールは単純だ。敵を排除するには、現実世界なら致命傷となる一撃を加えろ。精神的な躊躇は禁物だ。安心しろ、実際に死ぬわけではない。ただシミュレーションから「脱落」するだけだ』
一拍置いて、ライアンは冷徹に告げた。
『参加者が一人脱落するたびに、その合図として環境が劇的に変化する。……以上だ。開始せよ』
カルヴィンは腰の剣の柄を強く握りしめ、前進しようとした。
その時――背後から空気を震わせる轟音が響き、反射的に身構えた。
ドォォォォォン!!
凄まじい爆発。遠くから黒煙が立ち上るのが見える。
間違いなく、この試練は決して容易なものではない。カルヴィンは冷や汗を拭い、最初の一歩を踏み出した。




