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第2章 トレーニングの始まり

カルヴィンは剥き出しの剣を手に、歩道に立っていた。鞘に収まっていない獲物を携えている彼を、通りすがりの人々は怪訝そうにじろじろと見つめている。

そこへ、トーマスの車が目の前でブレーキを鳴らして止まった。トーマスは窓を開けると、いつもの気さんな笑顔を浮かべて話しかけてきた。

「やあ、カルヴィン。――うわっ、見てなよ。あの子たち、みんな君に釘付けだぜ。まさか君がそんなに女性にモテるとは思わなかったよ、相棒!」

その言葉に、カルヴィンは顔を赤くして、照れくさそうに視線を泳がせた。

「いや……たぶん、この大きな剣を持ってるから……だから、みんな見てるんだと思うけど……」

トーマスは一瞬、妙な表情をして眉を上げた。

「おい、正直……そんな下ネタ(卑猥な話)、知りたくなかったよ」

「えっ?」

「いいから、さっさと乗れよ!」

カルヴィンは困惑しながらも車に乗り込み、剣を後部座席に横たえた。トーマスは再びエンジンを吹かす。

「……一体、どこに行くんだ?」

「パーク・ジファンの道場だよ。第2部隊の副隊長で、自称『世界一の武道家』だ。弟子は多くないが、君に戦い方や剣の真髄を叩き込んでくれるだろう」

「でも、あと半年しかないんだぞ」

「その通り! だから一分一秒も無駄にはできないんだ」

トーマスはしばらく車を走らせ、道場が佇む丘の頂上にたどり着いた。車から降りたカルヴィンは、目の前の建物を見上げて尋ねた。

「ここが道場……? かなり大きいね。なんだか修道院みたいだ」

トーマスも車外へ出ると、特に興味なさそうに肩をすくめた。

「修道院だろうが、道場だろうが、寺だろうが……どれでも同じさ。俺には区別がつかん」

トーマスは黒髪を無造作に撫でつけると、門の鐘を鳴らした。重厚な音が周囲に響き渡る。二人はしばらく無言で待ったが、反応がない。トーマスは手持ち無沙汰に顎を掻きながら言った。

「……なあ、もう一度鳴らしてみるか。中の連中、寝てんのかもな」

ちょうど手を伸ばしたその時、扉が静かに開いた。

現れたのは、青い道着を纏い、腰に赤い帯を締めた黒髪の若者。パク・ジファンだ。彼は穏やかながらも、どこか射抜くような鋭い眼差しで二人を見据えた。

「トーマス・ブルーフォード、何の用だ?」

二人は道場へと足を踏み入れた。広い室内には、黒髪を二つのお団子シニヨンに結ったアジア系の少女がいた。彼女は二人をじろりと見て、師に尋ねた。

「この人たちは誰?」

ジファンが答える。

「彼は第12部隊の副隊長、トーマス・ブルーフォード。そして、彼は……失礼、まだ名前を聞いていなかったね」

ぼんやりと周囲を眺めていたカルヴィンは、自分に振られていることに気づき、慌てて答えた。

「ああ、僕はカルヴィン・マドックスだ」

「そうか、カルヴィン。……こちらは僕の弟子、チェン・ユエチンだ」

チェンは腕を組んだまま、値踏みするようにカルヴィンを睨みつけた。カルヴィンはその視線に気圧され、思わず目を逸らしてしまう。

「さて、ジファン。君に新しい弟子を連れてきたぞ!」

トーマスが自信満々にカルヴィンを指し示した。

ジファンは困惑を隠せない様子で眉を寄せた。

「……何だって?」

「カルヴィンは『試練』に備える必要があるんだ。彼は非常に興味深い力を持っているが、使い方はさっぱりだ。世界一の武術家である君以上に、彼を鍛えるのに相応しい奴がいるか?」

「お世辞はいい。ここは僕の兄の場所だし、弟子を増やすつもりはない。チェンだって、あくまで私的な弟子だ」

「おいおい! 前回の任務の貸しがあるだろ?」

「……砂漠で水を一杯くれたことか? あれに感謝はしているが、誰かを半年間も訓練するのは話が別だ」

「何だと! あれは君の人生で最高に美味い水だったはずだぞ!」

トーマスの大げさな抗議を無視し、ジファンは少年に向き直った。

「カルヴィン。君の『能力』は何だ?」

「……まだ、自分でも完全には分かっていないんだ。でも、物体を通してエネルギーを放出できるみたいで……」

ジファンは顎に手を当て、考え込んだ。

「物体を通しての放出……聞いたことがないな。どんな物でも可能なら、その負荷に耐えられる人間はそういないはずだ。……見たところ、君に戦う理由はなさそうだが……その瞳にある『決意』は本物のようだな」

ジファンは微かに微笑むと、腰に手を当てた。

「わかった。カルヴィンの指導、その挑戦を受けよう。だがトーマス、見返りはきっちり貰うぞ」

トーマスはあからさまに嫌な顔をして、大げさに目を回した。

「いいだろう。だが、俺の『砂漠の水』をそこまで安売りされると、少し傷つくな」

ジファンはチェンに向き直り、指示を出した。

「チェン。彼に制服と部屋を用意してくれ」

チェンは真剣な表情のまま頷き、奥へと去っていった。「部屋」という言葉を聞いて、カルヴィンは驚いて聞き返した。

「部屋……? 泊まるの?」

「ああ。訓練期間中、君はここに住み込みで修行することになる」

「でも……スーツケースも着替えも持ってきてないよ」

ジファンは自分の腕にあるデバイスを指差した。

「心配ない。僕のブレスレットを使えば、中央連合セントラル・ユニオンへ一瞬で移動できる。WDASのメンバーなら誰でも持っている機能だ」

「……待って?」

カルヴィンは信じられないといった様子でトーマスを振り返った。

「テレポーターがあるのに……わざわざ車で連れてきたの?」

トーマスは「俺は悪くない」と言わんばかりに両手を上げた。

「おい、テレポーターはどこにでも行ける魔法じゃないんだ。ブレスレットと同期した『テレポーターストーン』がある場所にしか飛べない。ここはジファンの私有地だから、彼しかアクセス権がないのさ」

ジファンが付け加える。

「WDASに正式入隊すれば、君も自分のブレスレットを持てるようになるよ」

トーマスは大きく背伸びをして、少し疲れたように言った。

「よし、俺はもう行くよ。任務が待ってる。……死ぬ気で強くなれよ、カルヴィン」

少年は微笑んだ。

「ありがとう、トーマス。また会おう」

「楽しみにしてるぜ」

トーマスはウインクをして指をパチンと鳴らすと、カルヴィンを指差すお決まりのポーズを決めて去っていった。

その後、カルヴィンは支給された道着に着替え、道場へと戻った。奥で静かにお茶を啜っているジファンの姿を見つけ、彼は歩み寄った。

「この道着、案外似合ってる気がするよ。……それで、いつから稽古を始めるんだ?」

ジファンは人差し指を立てて、カルヴィンの言葉を遮った。ゆっくりとお茶を飲み干すと、満足げに息を吐き、ようやく口を開いた。

「最高だ……。さて、君の質問に答えよう。まずは君の戦闘レベルを評価させてもらう」

「評価……どうやって?」

「まず一つ。――油断しないことだ」

ジファンが湯呑みをテーブルに置いた、その瞬間だった。

カルヴィンの左脇腹に、鋭い衝撃が走った。木刀で打ち込んできたのはチェンだ。不意を突かれたカルヴィンは床を転がり、悶絶した。

ジファンは冷静なまま、弟子に釘を刺す。

「チェン、手加減してやれ。彼はまだ素人だ」

チェンは短く頷くと、ようやく立ち上がろうとしていたカルヴィンへ音もなく肉薄した。カルヴィンが反応する前に、正面から重い衝撃が走り、彼は背後の壁まで吹き飛ばされた。

チェンは追撃の手を緩めない。再び振り下ろされた木刀を、カルヴィンは咄嗟に素手で受け止めた。

「ぐっ……、くそっ!」

掌に焼けるような痛みが走る。隙を見て立ち上がろうとしたカルヴィンだったが、チェンはその胸ぐらを掴んで引き寄せると、顔面に容赦のない拳を叩き込んだ。

カルヴィンは再び床に沈んだ。首の骨が鳴る不穏な音を聞きながら、チェンは冷徹な眼差しで彼を見下ろした。

「……それだけ?」

「そこまでだ、チェン」

ジファンが割って入った。

「すまないね、カルヴィン。能力を評価する最善の方法は、実戦で試すことなんだ。予期せぬ状況こそが、人の直感を刺激する。……まあ、チェンは相当な手練れだ。正直、今の君では逆立ちしても勝てないよ。だが、君を彼女のレベルまで引き上げるのが僕の仕事だ」

ジファンは少し言葉を切り、付け加えた。

「結局のところ、彼女も例の『試験』に参加するんだ。君も気合を入れないと置いていかれるよ……」

ジファンはしばらく沈黙し、床でピクリとも動かない体を見つめていた。

「……チェン。どうやら彼をノックアウトしてしまったようだね」

「これほど弱いなんて」

「やれやれ、さっき言ったことを全部撤回しなきゃならんかな」

ジファンは諦めたようにため息をついた。

すると、床に横たわったままのカルヴィンが、必死に口を開いた。

「……き、聞こえてる……よ……」

ジファンは満足げに微笑んだ。

「完璧だ。……自分の部屋に戻れ。明日から地獄のトレーニングを始めるぞ」

翌朝、カルヴィンはキッチンで朝食をとっていた。昨夜殴られた場所に氷袋を当て、腫れを引かせようと必死だ。その隣には、朝のルーティンとしてマスクを着用したチェンが、無言で立っていた。

そこへ、お茶の入った湯呑みを手にジファンが入ってきた。

「おはよう、カルヴィン。修行を本格化させる前に、君の家にスーツケースを取りに行こうか」

「……正直、まだ体中が痛くて。あんな運動をする前に、少し休みたいんだけど」

カルヴィンの弱音に、チェンが鼻で笑い、小声で呟いた。

「弱虫め」

ジファンは湯呑みを置き、穏やかに言った。

「準備ができたら、道場の入り口で待っているよ」

「わかった。母さんには、一度家に帰るって連絡しておくよ」

しばらくして、カルヴィンはジファンと共に道場へ戻ってきた。荷物を自分の部屋に置くと、師範が声をかけた。

「よし、身の回りのものが揃ったな。中庭へ行こう」

カルヴィンは頷き、師範の後を追った。道場の中庭は驚くほど広々としており、天井の縁からは色鮮やかな提灯が吊るされている。その中央には、見事な禅庭園(枯山水)が広がっていた。

ジファンは熊手をつかむと、新しい弟子を振り返った。

「まずはこれからだ。チェンとの手合わせの際、君はかなり緊張していたようだね。心を整えるために、この庭の手入れをしてもらう。そうすれば、筋肉の緊張も自然とほぐれるはずだ」

(「手合わせ」だって? あのボコボコにされた時間を、なんて美化した表現をするんだ……)

カルヴィンは心の中で毒づきながらも、熊手を受け取った。

「……わかった。やってみるよ」

「よろしい。一時間後に様子を見に来よう」

カルヴィンは午後いっぱい、その作業に没頭した。最初は不器用なせいで砂の紋様が崩れてしまい、ストレスを感じるばかりだった。あまりの不甲斐なさに、熊手を持ったまま地面に倒れ込んでしまったほどだ。

だが、日が沈み始めた頃、彼は岩の上に腰を下ろし、深く長い溜息をついた。

一息つこうとしながらも、彼は熊手をしっかりと握りしめていた。再び立ち上がろうとしたその瞬間――驚くほど優しいそよ風が、彼の頬を撫でた。

振り返ると、夕暮れの空が美しいピンク色に染まっている。そこには、息を呑むような静寂があった。

カルヴィンは全身の力を抜いた。すると、研ぎ澄まされた五感が周囲の景色を捉え始めた。

泉から流れる水の音。手に触れる熊手の木肌の感触。燃えるような夕焼け。道場から漂う線香の香り。

(ああ……僕は、生きているんだ)

その実感は、彼にこれまでにない安らぎを与えた。

夜が更けるまで、彼は庭で作業を続けた。様子を見に来たジファンが、感心したように言った。

「思ったより早く終わったな」

カルヴィンは師を見上げ、静かに返した。

「……庭の作業は、まだ終わっていません」

「それでいい。君は以前よりずっと落ち着いている。それこそが、僕が求めていたものだ」

ジファンはカルヴィンの目をじっと見据えた。

「明日からはフィジカルトレーニングを始める。相当厳しくなるだろう。もし挫けそうになったら、今日感じたあの安らぎを思い出してくれ」

「……はい」

カルヴィンは決意に満ちた笑顔で答えた。

「心の安定は証明された。次は君の『闘志』を見せてくれ、カルヴィン・マドックス」

ジファンはそう言い残し、道場の奥へと消えていった。

翌日、カルヴィンはジファンと共に道場内のジムにいた。最新の設備が整った光景に、彼は目を丸くした。

「ただの道場にしては、設備が凄すぎるね……」

「そう思うか? 父は古代文明の遺物を集め、肉体と精神、そして魂を鍛えるためにこの場所を建てたんだ。……父は古い映画で見た『道場』という言葉を気に入り、そのまま名付けた。愛する人を守るために強くなりたいと願っていたが、それが死を招くことも理解していた」

ジファンの表情が少し曇る。

「いいか、カルヴィン。WDASに入れば、想像を絶する危険が待っている。善人も悪人も、人は等しく死ぬ。僕たちはそれを防ごうとしているんだ。……チェンは家族の名誉のために。トーマスは己の矜持のために。だが、君はどうだ? なぜ戦う?」

「僕は……ただ、何かを『正しく』やりたいだけなんだ」

「正しく? 誰のためにだ?」

「……わからない。人生で一度も、自分が『善い人間』だと思えたことがないんだ。何が善い人間を定義するのかさえ、僕にはわからない」

「今は分からなくても、いずれ分かる日が来るさ。僕を信じてくれ」

「……信じるよ」

「よし。今日から一週間、このジムでトレーニングに励め。自分の弱点に基づいたメニューを組み、毎週日曜日にはチェンと手合わせをしてもらう」

「自分の弱点をどうやって見つければいい?」

「戦うためには、自分自身の弱点を誰よりも把握しておく必要がある。相手に悟られる前に、だ」

「……そうですね。まずは全身を鍛え直します。今の僕の体は細すぎるし、剣の練習ももっと必要だ」

「その通りだ。死ぬ気で鍛えろ、カルヴィン。僕が君を見守り、導いてやる」

「――ありがとうございます!」

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