第14章:闇の中に差す光(ライト・ビトウィーン・シャドウズ)――前編
シミュレーションの内部――。ラブガールは、カルヴィンの身体が光の粒子となって消え去ったその場所を、ただ呆然と、激しい拒絶の目で見つめていた。アリスティアは機械的な冷徹さで影の長剣を霧散させると、彼女へとその冷たい視線を向けた。ちょうどその時、周囲の環境が再び再構成され、荒涼とした、退廃的な「放棄された都市」へと姿を変えていく。
「気の毒に」アリスティアの声が、誰もいない静まり返ったビル街に冷たく響き渡った。「恨まないでくれ。彼を排除するのは、私にとっても最善の選択だったのだ。……君には、彼をこの手で撃ち落とすような覚悟は背負えなかっただろう?」
ラブガールは両拳を強く握り締めた。怒りの火花が、彼女のすべての電子回路を怒濤の勢いで駆け巡る。彼女は身体の慣性を限界まで利用した突進で殴りかかったが、アリスティアは地面に広がった濃厚な影を媒介にして瞬時に空間転移を遂げた。彼女の背後に音もなく出現すると、具現化させた影の巨大な拳で背中を激しく打ち据え、ラブガールの細い身体を大きくよろめかせた。
しかし、彼女はその衝撃を耐え抜き、純粋な怒りと敵意を宿した瞳で背後を振り返った。
「私の目の前で、私の大切な友人を排除するなんて……。あなたは、一体どんな権利があってそんな真似をしたの?」
「言ったはずだ、私怨ではない」彼は表情一つ変えず、淡々と返した。「私はただ、この試験のルールに忠実に従っているに過ぎない」
「あなたの言い訳なんて、一言も求めていない」ラブガールは冷酷に宣告した。「――私が望むのは、あなたをここで叩き潰すことだけ」
それ以上の対話は無用だった。彼女は狂暴なまでの速度で地を蹴り、襲い掛かった。
それは、この苛烈を極めた選抜試験における、最後の二人の生存者による「最終決戦」の幕開けだった。
一方、現実世界では――。圧縮空気の鋭an siseoという音と共に、カルヴィンのカプセルが開放された。サハラ・クロノの二体の端末に支えられながら、カルヴィンは重く痺れた身体を引きずり出すようにして外へと出た。彼の視線の先では、中央連合の警備兵たちに未だに無駄な抵抗を続けるチャドが連行されていくところだった。
「……あいつ、どこに連れて行かれるんだ?」カルヴィンは、乱れた息を整えながら問いかけた。
「違法薬物の所持に関する尋問のため、移送されます」サハラの一体が淡々と答えた。「シミュレーションの外部での使用は確認されていないため、おそらく高額な罰金処分と、今後の資格の永久剥奪のみで済むと思われます」
カルヴィンは、まだ残る目眩を振り払うように頭をガシガシと掻いた。
「ラブガールは……どうなった?」
「未だシミュレーションの内部にて戦闘継続中。最後の志願者との、最終決戦です」
それを聞き、カルヴィンは信頼を込めた不敵な笑みを浮かべた。
「あいつなら勝てるさ。……絶対にな」
その時、ジファンとチェンが足早にこちらへと近づいてきた。師であるジファンは溢れんばかりの歓喜を抑えきれず、誇らしげにカルヴィンの肩を叩いた。
「カルヴィン! 本当に見事だったぞ!」ジファンは声を弾ませた。「これ以上ないほど、お前を誇りに思う!」
チェンもまた、微かではあるが、心のこもった笑みを浮かべて頷いた。
「私を打ち破るなんてね。驚いたわ……。本当に強くなったのね、カルヴィン」
自分が最も尊敬する二人からの惜しみない賛辞に、カルヴィンは照れくさそうに頭を下げた。
「ありがとうございます、本当に……何て言えばいいか。ここまで来られたのは、二人が俺にたくさんのことを教えてくれたおかげです」
ジファンは二人の肩をがっしりと抱き寄せた。
「もう何も言うな。お前たちなら、間違いなく最高峰の部隊に選ばれると確信しているさ」
「失礼します、ジファン様」サハラ・クロノが会話に割り込んだ。「最終選考のための評議が始まりますので、そろそろ審査員室へお戻りください」
ジファンは最後に眩いばかりの笑顔を二人に向け、手を振った。
「分かった。……よし、お前たち! その調子でな!」
シミュレーションの内部に戻ると、そこにある放棄された都市はすでに完全な「死の罠」へと変貌していた。ラブガールはビルの隙間を縫うように飛行していたが、狭い路地や割れた窓の数々が、アリスティアにとって無限の攻撃起点となる「影」を生み出していた。突如、飛行中の彼女に濃厚な闇の質量が直撃し、錆びついた古いスクールバスの車内へと猛烈な勢いで叩きつけられた。
アリスティアは瞬時に彼女の目の前へ現れると、苛烈な拳の連打を繰り出した。ラブガールはそれらをすべて防御し、カウンターとして強烈な右ストレートを叩き込む。衝撃でアリスティアはバスの反対側の端まで吹き飛ばされた。
だが、車内の暗闇を利用し、アリスティアは全方位から同時に襲い掛かった。蠢く影が、鋼鉄のワイヤーのようにラブガールの四肢に絡みつく。完全に身動きを封じられた彼女は、即座に過酷な決断を下した――自身のコアを出力限界させ、右手から「制御された局所爆発」を引き起こしたのだ。
スクールバスは、ねじ切れた無数の金属片となり、爆音と共に四散した。アリスティアは爆発の熱波から身を護るように片膝を突き、地面へと着地した。彼が顔を上げると、激しく燃え盛る炎のなかから、胸の結晶を盲目的なまでに眩しく輝かせたラブガールが姿を現した。
「……なるほど。あの男がいなくなったことで、ようやく手加減を気にする必要がなくなったというわけか」アリスティアは彼女の戦闘ログを分析するように観察した。
「爆発は味方を巻き込むリスクがある」彼女は毅然と言い放った。「でも、あなたは私の味方じゃない」
アリスティアは再び彼女を拘束せんと影を拡大させたが、ラブガールはさらなる爆発的な閃光を解放した。その光はあまりにも強烈で、周囲の暗闇を一時的に完全に消滅させ、アリスティアの身を無防備に晒し上げた。彼は即座に彼女の狙いを察知する。――彼女は、自分の力の源そのものを消去しようとしているのだ。勝つためには、光そのものよりも速く動くしかない。
アリスティアは不気味なほどの冷静さを保ったまま、飢えた大津波のような巨大な闇の波を発生させ、ラブガールへと押し寄せた。彼女は即座に収束レーザーを放って闇の質量を強引に貫通し、呑み込まれるのを回避するための安全な光の光路を切り開いた。
アリスティアは流れるような動作でそのレーザーを回避すると、その隙を突いてラブガールの身体を濃厚な「影の繭」で包み込んだ。しかし彼女はエネルギーブレードを振るい、灼熱の斬撃で闇をズタズタに切り裂いて脱出する。すかさず左腕のキャノンで追撃を試みたが、アリスティアは外科手術のような精密さで、鋭く尖った長針の形をした影を具現化。それが彼女の左手を正確に貫き、内部のサーボモーターを破壊した。
ラブガールはすぐさま大剣で影の接続を断ち切ったが、アリスティアは息つく暇も与えなかった。足元に濃密な闇の層を蓄積させ、彼女の腹部へと容赦ない、凄まじい蹴りを叩き込んだのだ。その衝撃で彼女は文字通り吹き飛び、放置されていた廃車に激突。車体を派手に凹ませて静止した。
アリスティアは立ち上がろうとする彼女を見つめ、無感情な声を響かせる。
「まだ足掻くか……。これ以上、私に無駄な労力を使わせないでくれ。君に不必要な損傷を与えるつもりはないのだ」
「あなたの偽善なんて、最初から求めていない」彼女は内なる怒りを押し殺しながら、再び銃口を向けて言い放った。「あなたからは、何一つ要らない……。今の私にとって唯一意味があるのは、あなたを倒して勝つことだけ」
アリスティアは前腕を影の装甲で補強してその砲弾を防御すると、瞬きする間(刹那)に彼女の懐へと潜り込み、濃厚な闇を纏わせた拳をその顔面へと叩き込んだ。
「いいだろう、望むところだ」
アリスティアは足元の影を介し、彼女を強制的に近くの放棄されたビルの中へと引きずり込んだ。
ラブガールは数ミリ秒で体勢を立て直し、背後から影の長剣で奇襲を仕掛けてくるアリスティアを感知。即座に推進器を最大出力で点火し、放出される圧倒的な熱エネルギーの反動で彼を力任せに吹き飛ばした。
アリスティアは激しい火炎を辛うじて回避しながらも、空中からの鋭い唐竹割りでラブガールの頬を切り裂いた。そこに血は流れず、代わりに眩い火花が飛び散り、引き裂かれた人工皮膚の奥から強固な内部フレーム(シャシ)の金属光沢が剥き出しになる。
しかし、痛覚を持たないラブガールは躊躇うことなくアリスティアのジャケットの襟元を掴み上げ、ビルの外、虚空へと力任せに投げ捨てた。
彼女はすぐさま彼を追って空中へ飛び出し、トドメの一撃を放つべく右腕のキャノンに全魔力を充填する。だが、アリスティアの戦術眼が一歩勝った。彼は落下しながら己の影の剣をキャノンの砲口へと正確に投げつけ、エネルギーが解放される直前にその銃身を完全に閉塞させたのだ。
そのまま降下していくアリスティアは、地面に広がる自身の影と完全に同化することで着地の衝撃を無効化した。
ラブガールは重い轟音を立てて着地し、自動修復システムが損傷したキャノンの復旧を急ぐなか、視線で標的を捜索した。その時、ねじ切れる金属の耳障りな軋み音がエリア中に響き渡る。――隣接する巨大なビルが、彼女に向かって崩落し始めたのだ。アリスティアは事前に影の魔力で構造支柱を極限まで劣化させ、都市の構造物そのものを質量兵器として利用したのだ。
生存のための極限の緊急対応として、ラブガールは背後のドローンを展開。デバイスは限界駆動で超高速回転を始め、高周波の穿孔機と化して迫り来る巨躯の瓦礫を貫通。押しつぶされるのを回避するための、辛うじて身を滑り込ませられるだけの小さな安全空間を穿ち抜いた。
しかし、その瞬間、アリスティアがその安全空間のすぐ背後の影から音もなく這い出してきた。彼は容赦ない力で彼女を突き飛ばしてその安全圏から強引に排除し、自らがその場所へと収まった。ラブガールに回避の猶予は残されていなかった。数千トンに及ぶビルの無慈悲な土砂が彼女の上に降り注ぎ、無数のコンクリートと粉塵の底へと彼女を完全に埋没させた。
アリスティアは衝撃の余波で外れかかった自身の仮面を、無造作な仕草で直した。その刹那、足元の瓦礫の山が微かに振動を始めたことに気づく。彼は、まるで行き詰まった退屈な事務処理でも進めるかのように重いため息を漏らすと、濃厚な影の長槍を具現化させながら、コンクリートの山の前へと歩み寄った。
「……一つ聞きたいのだが、君はなぜそれほどまでに『勝利』に固執する?」アリスティアの声が、立ち込める粉塵の向こうから冷たく染み込んでくる。「君はすでにチャドを排除し、あの虎使いの男を退け、護符使いの少女の撃破にも貢献した」
彼は一切の手加減なく、瓦礫の僅かな隙間へと影の長槍を深く突き立てた。鋭い金属摩擦音と共に、刃がラブガールの背面の装甲を無残に貫く。
「それだけの戦果があれば、いずれかの部隊の選抜枠に入ることは確定しているはずだ。これ以上、自己のシステムに不必要な損傷を重ねることに、一体何の意味がある?」
瓦礫の下の蠢きが、ピタリと完全に停止した。アリスティアは一歩後退し、突き立てた槍を引き抜くと、それは霧のように宙へと霧散していった。
「……やはり、その程度か」
数十トンのセメントの底、光すら届かない絶対的な暗黒のなかで、ラブガールの視覚センサーは赤く絶望的に点滅していた。自己診断システムは重篤な構造破壊を警告していたが、彼女の中央演算処理装置は、それよりも遥かに難解な問いにリソースを割いていた。
(……彼の言う通り。私は、なぜこれほどまでに執着しているの? 私は、自分にとって完全に未知の領域である『感情』というバグに流されていただけ。一人の人間から向けられた親愛に深く感謝している。けれど、彼が現実世界で無事に生きているのなら、ここで彼を『復讐』することに論理的な整合性はない。……だとしたら、私は。私は今、一体何を証明しようとしているの……?)




