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第12章:闇を己がために紡ぐ者(トランスフォーマー)

審査員室の空気は、ナイフで切り裂けそうなほどに重く張り詰めていた。ミスター・フェイスレスが最初にそのトランス状態を破るように、椅子の背もたれに身体を預けた。

「トイレに行く暇さえ与えちゃくれないな」

軽口を叩きながらも、彼の視線はスクリーンに釘付けになったままだった。

ジファンは腕を組み、重いため息を漏らした。

「あの二人は、まさに仕留めるべき完璧な瞬間を狙い澄ましていたというわけか。カルヴィンがチェンとの死闘で消耗しきっている隙を突くとはな……。それにしても、アリスティアという名には聞き覚えがあるな」

シアランが、氷のように冷徹な真剣さで会話に割り込んだ。

「当然だ。彼はアリスティア・ソーン。セレーネ・ソーンの実の弟だ」

レイ・ツキシマはその姓を一瞬で認識し、鋭く目を細めた。

「セレーネ・ソーン……第3部隊(ユニット3)の元副隊長であり、君の元恋人エクス・ガールフレンドだった女性、ですね。違いますか、シアラン?」

シアランはモニターをじっと見つめたまま、静かに、深く頷いた。

「あぁ、その通りだ。過去というのは、どうしてこうも執拗に俺を追いかけてくるかね」

「実に詩的じゃないか」ミスター・フェイスレスが言葉を挟む。「一方は『光』を操り、もう一方は『闇(影)』を操る、か。知っての通り、メタヒューマンの強さは内包する魔力マナの総量に依存する。セレーネは元から破格だったその魔力容量を、さらなる鍛錬で増大させてみせた。その弟であるアリスティアが、姉と同等、あるいはそれ以上の潜在能力ポテンシャルを秘めていたとしても何ら不思議ではないな」

シミュレーションの内部では、息つく暇もない猛攻あつりょくが続いていた。アリスティアは二本の影の双剣を振るって襲い掛かり、カルヴィンを容赦なく後退させていく。カルヴィンには、不気味な金属音を響かせて迫る刃を受け止めるだけの力しか残されていなかった。その時、アリスティアが一本の剣を地面へと突き立てた。刃はまるで水面のように泥泥と沈み込み、二人の足元へ濃厚な漆黒の波紋を広げていく。

カルヴィンは純粋な生存本能で危機を察知し、直後、地面から無数の影の棘が鋭い杭のように突き出した瞬間、辛うじて後方へと跳躍した。しかし、着地の体勢を整える猶予すらなかった。アリスティアはカルヴィン自身の「影」を強引に操作し、巨大な拳へと変貌させると、彼の胸元へ容赦ない一撃を叩き込んだのだ。

草地を激しく転がるカルヴィン。アリスティアは、優雅で、どこか冷徹な足取りで彼へと近づいていく。

「無駄な抗いだ。私は闇そのものを支配している……。お前は本当に、概念システムを相手に戦い勝てると思っているのか?」

カルヴィンは大剣を杖代わりに地面に突き立て、身体の崩壊を食い止めながら、満身創痍の体で泥臭く立ち上がった。すでに影の中から自らの「目」を回収していたアリスティアは、再び地面から影の拳を出現させ、カルヴィンの顎を打ち上げるように真下から突き飛ばした。

カルヴィンは宙を舞い、口から血の塊を吐き出しながらも奥歯を噛み締めた。その声は、極限の疲労によって掠れ、ひび割れていた。

「概念だと……? 笑わせるな。闇ってのは、ただの概念じゃねぇ。――それは、『光の不在』だ」

アリスティアは瞬時に間合いを詰めると、カルヴィンの髪を乱暴に掴み上げ、強制的に自分を睨み付けさせた。

「ふん、理屈は分かっているようだな。だが聞こう、それをどうやって自分の優位に結びつける? 私たちは今、森の中にいる。周囲は木々が落とす無数の影で満ちているのだ。私はどこからでも、望むままに攻撃を仕掛けられる」

カルヴィンは身体の奥底に残された最後の力を振り絞り、アリスティアの身体を強引に突き放した。と同時に、電光石火の速さで大剣を薙ぎ払い、黒髪の少年の腕へ一筋の深い切り傷を刻み込んだ。

「ぐっ……!」

アリスティアは痛みに声を漏らし、直後、逆上したように放たれた影の衝撃波がカルヴィンを松の木の幹へと叩きつけた。アリスティアは忌々しそうに、自らの傷口を影の包帯で覆い隠した。

カルヴィンは満身創痍の体を震わせ、よろめきながらも、もう一度その足で立ち上がった。

「あぁ、お前の言う通り、この森はお前を倒すための最高の舞台ステージじゃねぇな。だけどさ……そんな反吐が出るほど浅ましいやり方で、よくもまあ、どこかの部隊ユニットに入れるなんて思えたもんだな」

「……何だと? 浅ましいのはどちらだ?」

「お前だよ。お前はただの、最低な野郎だ……。俺たちが戦い疲れて、弱り切る瞬間をハイエナみたいに待ってやがったんだからな」

「この試験は、我々の身体能力と戦略的思考を測る場だ」アリスティアは冷徹な蔑みを込めて言い返した。「平時であれば、私もこれほど不作法な真似はしない。だが、この空間においてお前は敵だ。あの金髪の少女も、チャドという名の道化もな。これ以上にシンプルな論理ロジックがあるか? 全員が互いに消耗し合うのを待ち、最後に残った者を確実に仕留める。お前は護符使いの少女を排除した。彼女は他の志願者を四人も打ち負かした、つまり彼らより上位の存在だ。そしてお前が彼女に勝ったことで、お前がそのさらに上になった。……ならば聞こう。ここで私が、お前を排除したならどうなる?」

カルヴィンは一瞬だけ沈黙し、アリスティアの瞳をまっすぐに見据えながら乱れた呼吸を整えた。深く息を吸い込み、限界を迎えた身体の軸を強引に固定する。

「……お前は、勝てねぇよ」

アリスティアは、周囲のわずかな光さえも貪り吸い込むような、漆黒の大剣を具現化させた。

「どうやってそれを防ぐつもりか、興味があるな。せいぜい、私を楽しませるだけの足掻きを見せてみろ」

カルヴィンは、残された全力をその一撃に注ぎ込み、愚直なまでの真っ向からの突きを繰り出した。しかし、アリスティアは闇の障壁バリアを展開してその猛攻を完全に遮断すると、影の推進力を利用した痛烈な押し込みでカルヴィンを大きく弾き飛ばした。カルヴィンは辛うじて踏みとどまったが、アリスティアが次々と生み出す影の残像を前に、必死に大剣を振り回して防戦一方に追い込まれる。

(クソッ、この影の攻撃は全部ただの目眩ましだ……! どこかで一瞬の隙を見つけて、奴の本体を……!)

カルヴィンは指先から魔力光(エネルギー弾)を放ち、アリスティアの胸元を正確に撃ち抜いた。――しかし、黒髪の少年の身体は激しい黒煙へと霧散していく。ただのデコイ(身代わり)だったのだ。

「そんな初歩的な罠に、本気で引っかかるとはな」

背後から、氷の刃のように冷徹なアリスティアの声が響いた。

本物のアリスティアはカルヴィンの背後に音もなく現れると、その首を容赦なく掴み上げた。機械的な冷徹さで喉元を締め上げ、カルヴィンの頸椎から不穏な軋み音が響いた瞬間、ようやく手を離して彼を地面へと叩き落とした。

カルヴィンは激しく咳き込み、必死に空気を吸い込もうともがいた。すぐさま身体を反転させ、指先に魔力を込めて狙いを定めたが――放つよりも早く、彼の左手の「手袋グローブ」がサラサラと塵となって崩れ落ち、風にさらわれて消え去った。

「クソッ……!」

カルヴィンは、剥き出しになり、小刻みに震える己の手を見つめて毒づいた。

アリスティアはカルヴィンの顔面を容赦なく踏みつけ、その靴底を頬にめり込ませて地面に組み伏せた。カルヴィンは必死に抗おうとしたが、自身の「影」が黒い拘束具ベルトと化し、身体を地面に完全に縫い付けていることに気づき、恐怖に目を見開いた。

「もう限界か?」アリスティアは問いかけたが、返答がないのを見ると、さらに足元への力を強めた。「お前とあの少女の戦いを見ていた。お前の大剣から放たれていた、あの興味深い『紅いオーラ』……。私は、お前のその『真の力』と戦ってみたいのだよ」

予告もなく、アリスティアは足元の闇の底へとカルヴィンを突き落とした。次の瞬間、カルヴィンは感覚を狂わされ、見知らぬ森の別の場所へと吐き出された。

(う、ぐっ……ここは、どこだ……!?)

思考を巡らせる暇もなく、アリスティアは再び彼を別の影へと叩き込み、エリア内のあらゆる場所へと何度も何度も強制転移ループさせた。アリスティアの容赦ない猛攻が続き、その仄暗い声が森に木霊する。

「さあ、来い。お前の真の力を証明してみせろ」

度重なる衝撃と極限の疲労のなか、カルヴィンはついに大剣を手放してしまった。アリスティアは優雅な仕草で影を操り、その武器をカルヴィンの目の前へと転移させた。

「大剣を拾え。そして、お前がどれほどのものか、私に見せてみろ」

次元転移ジャンプの連続による目眩めまいのなか、カルヴィンはただ荒く息を吐き出すことしかできなかった。もはや思考をまともに巡らせることすら叶わず、全身の細胞が、目の前のメタヒューマンが放つ絶対的な生命の危機デス・フラグを敏感に察知していた。対戦相手のその無残な有様を前に、アリスティアは深く、失望混じりのため息を漏らした。

「……所詮、お前には荷が重すぎたということか。手短に排除してやろう。――頼むから、動かないでくれよ」

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