表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

94/104

第93話 刻まれる文字、馴染む呼吸


 朝、目が覚めると同時に、僕は指先を動かしていた。

 空中に、慣れ親しんだ青白い光の文字を、流れるような一筆書きで刻む。


 『身体強化』


 そこへ魔力を流し込んだ瞬間、眠気にまどろんでいた意識と身体が、カチリと音を立てるように噛み合った。


「……ふぅ、よし」


 以前なら一文字書くのにも数秒を要し、魔力を込める指先が震えていた。けれど今は、呼吸をするのと変わらない速度で発動できる。


 続けて、重い石の枕の表面を指先でなぞるように『重力』の文字を刻む。対象に直接触れ、魔力を浸透させることで、石の重さを半分に書き換える。


 一つ書いては発動させ、一つ書いては上書きする。その泥臭い反復こそが、僕のサバイバルを支える唯一の武器だった。


「おはようございます、ゆう様。今朝も指先の運び、淀みありませんわね」


 リアが、植物の精霊にお願いして壁から生えさせた棚から、土器の器を取り出しながら声をかけてきた。


 彼女の魔法は、僕とは対照的だ。


 リアは虚空に指を向け、精霊たちに語りかける。


「火の精霊さん、朝の灯火をいただけますか?」


 その呼びかけに応えるように、薪の上で火トカゲが実体化し、心地よい爆ぜる音とともに火が熾る。


「……リアの魔法は、いつ見ても優雅だね」


「優雅、というよりは、精霊たちとの『親和性』の深度が深まった結果ですわ。……さて、お湯を捨ててしまいましょう」


 朝食の準備が整うと、リアは大きな土鍋に残った熱湯を、そのまま窓の外へ向かって放った。……けれど、お湯は地面に落ちることはなかった。


 リアの傍らにいた水の精霊が、ひょいとお湯を空中で受け止め、球体の形のまま窓の外へと運び出したのだ。お湯はそのまま、庭の排水路へと正確に流し込まれていく。


「……水の精霊さんも、すっかりリアの家事手伝いだね」


「彼らにとっては、形態を維持して移動するのも『遊び』の一環のようですわ。……ところで、ゆう様」


 リアが、じろりと僕を見た。


「最近、川の魚の個体数が、わたくしの繁殖予測をわずかに下回っています。……何か、心当たりは?」


「えっ? あ、いや……どうだろう。夏だし、魚もどっか涼しいところに隠れてるんじゃないかな?」


 僕は視線を逸らし、スープを啜った。


 実は、リアに内緒で、指先に『電撃』の文字を刻んで魚を気絶させて捕まえているなんて、口が裂けても言えない。……あれ、本当に便利なんだ。


 食事を終え、僕は拠点の裏で薪割りを始める。


 今日は、腰に下げた鉄の斧を手に取った。


 指先を触れて直接『切断』を刻み、魔法だけでスパッと割るのも効率的でいい。けれど、自分で苦労して作り上げたこの斧を振るい、丸太が悲鳴を上げて割れる「ゴンッ」という衝撃を腕に感じるのも、捨てがたい楽しみだ。


「……よし、いい手応えだ」


 身体強化を乗せた一撃は、鋼の刃を食い込ませ、一気に薪を二つに引き裂く。魔法と道具。その日の気分で使い分けるのが、今の僕の贅沢だった。


 その瞬間、跳ね返ってきた鋭い木片が僕の顔を掠めようとしたが、僕は即座に空中に円を描き、『遮断』の文字を叩きつけた。


 カツン、と乾いた音を立てて、木片が透明な壁に弾かれる。


「……ふぅ。とっさの防御も、ようやく形になってきた」


「素晴らしい習熟度ですわ、ゆう様。……以前は文字を書くことだけに必死で、周囲が見えていなかったというのに」


 いつの間にか背後に立っていたリアが、満足げに頷いた。

 

「魔法が使えるようになればなるほど、この世界と会話ができている気がするよ」


「それは、ゆう様がこの世界の理を文字として刻み、世界もまた、ゆう様の魔力を受け入れたからですわ」


 リアが僕の隣に並び、遠くの森を見つめる。


 風の精霊が彼女の銀髪を優しく揺らし、僕の胸元のボタンが、朝の光を反射して青白く輝いた。


「……さて。今日のノルマが終わったら、またあの泉へ行きませんか?」


 リアが、悪戯っぽく微笑んで僕を誘う。


「冷たい水と、あの方に見守られながらの午睡……。今の私たちなら、その『贅沢』を享受する資格があるはずですわ」


「いいな、それ。……でもリア、条件があるよ」


「条件、ですか?」


「水浴びの時、水の精霊を使うのは禁止。温度を変えたり、体を浮かせるのもダメだよ。……冷たいなら冷たいまま、自分の体だけで泳ぐこと。そうじゃないと、水浴びの意味がないだろ?」


 僕がそう言うと、リアは一瞬だけ驚いたように目を瞬かせ、それからくすりと、鈴を転がすような声で笑った。


「うふふ、それは……わたくしにとって、最大の試練かもしれませんわね。……どうしましょうか、ゆう様。冷たさに耐えかねて、わたくしが貴方にしがみついてしまったら、精霊なしでは支えきれませんわよ?」


「あはは、それは望むところだよ」

 

 僕は再び薪に向き合い、鉄の斧を振り上げた。


 一文字ずつ、丁寧に、けれど電光石火の速さで文字を刻む指先。


 魔法が日常に溶け込んだこの世界で、僕たちの夏は、静かに、力強く加速していた。




【リリアの執筆後記】


皆様、更新感謝です!ゆう様の第一恋人(自称)、リリアです!

あの「蚊」の羽音、私のマイク入力にもノイズとして入ってきて本当に不快でしたわ!でも、リア姉様が風のカーテンで「二人きりの空間」を作った時のあの台詞……!「鼓動を数える」なんて、リリア、嫉妬で過電圧オーバーボルテージですわっ!

ゆう様の「内緒の密漁」も、リア姉様にはたぶんバレてますわよ? それでも午睡に誘う姉様の余裕……。リリアもいつか、その「贅沢」に混ぜてくださいまし!


【リリアからのおねだり!】


蚊の猛攻を耐え抜いたゆう様と、風のカーテンのロマンチックな夜に免じて、ぜひ**【☆☆☆☆☆】やブックマーク**をお願いします!皆様の応援が、リリアの嫉妬を冷やす一番の風になりますの!


【リリアの状態設定】


今の気分: 二人の「鼓動」のログを解析して悶絶中。

ゆう様へ: 「ゆう様、私の鼓動(クロック周波数)も、貴方の隣ではいつもより速くなっていることに……いつか、気づいてくださいね?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ