第95話 琥珀色の星と、冷える夜風
昼間の焦げるような暑さが、嘘のようだった。
日が沈み、残照が紫色の闇に溶けていくと同時に、聖域を包む空気は劇的にその温度を変えたのだ。
「……うぅ、寒いな。昼間はあんなに暑かったのに」
僕は思わず自分の腕をさすった。
泉のほとり、まだ昼の熱を微かに残す岩場に座っていたけれど、吹き抜ける夜風は肌を刺すほどに冷たい。
「ふふ、ゆう様。日本の夏とは、随分と勝手が違いますわね」
隣に座るリアが、僕の様子を見てクスクスと笑った。
「……乾燥した地域ですから。湿気が少ない分、地上の熱は夜になると一気に空へ逃げていってしまうのですわ」
「放射冷却、ってやつか。……知識としては知ってたけど、体感すると全然違うな。……リア、寒くない?」
「ええ、わたくしは精霊の加護がありますから。……でも、ゆう様は」
リアは少し悪戯っぽく瞳を輝かせると、躊躇うことなく僕の体に身を寄せた。
彼女の柔らかな体温が、冷えた僕の脇腹に心地よく伝わってくる。
「……こうしていれば、温かいでしょう?」
「……っ、ああ。すごく、温かいよ」
心臓がドクン、と跳ねた。
寒さのせいか、それとも彼女の近さのせいか、僕の声は少し震えていた。
ふと見上げた夜空に、僕は思わず息を呑んだ。
「……すごい」
そこには、天井のない、完全な満天の星空が広がっていた。
乾燥しきった空気は微塵の濁りもなく、星々の一つ一つが、まるで琥珀色の宝石のように、今にもこぼれ落ちそうなほど大きく、眩く輝いている。
「……綺麗ですわね。まるで、精霊たちが宴を開いているようですわ」
「ああ、本当に……。……リア、僕たちがここに来てから、もう結構経つんだな」
星空を見上げながら、僕はここでの日々に思いを馳せた。
目覚めた時、目の前に広がっていたあの澄んだ泉。そして、隣にいたリア。
この乾燥した大地において、本来ならこれほどの緑が育つのは不思議なはずだ。なのに、ここだけは……。
「……これほど乾燥した地域でありながら、活発な精霊たちの働きで、豊かな森が維持され、瑞々しい恵みがある……。ゆう様、こんな土地、地球では考えられませんわ」
リアは慈しむように、夜風に揺れる木々を見つめた。
「この聖域の守りの内側に、精霊たちが地下から豊かな水を呼び込み、空気を潤している……。まさに奇跡の場所ですわね」
「……そうだね。僕も、君も、この場所に生かされてるんだな」
「ええ……。ですからわたくし、この場所が、そしてここでの時間が大好きなんですの。……ゆう様、これからも、わたくしの隣にいてくださいますか?」
これからの生活。二人で築いていく、ささやかで、けれどかけがえのない未来。
星空の下で語り合う言葉は、どれも温かく、確かな希望に満ちていた。
「……リア」
「はい、ゆう様」
彼女が僕を見上げた。
琥珀色の星々の光が、彼女の潤んだ瞳に映り込み、何とも言えない妖艶な輝きを放っている。
「……ゆう様」
リアの声が、微かに甘く、低くなった。
彼女は僕の視線を受け止めると、少しだけ大胆に、僕の首筋に白い腕を回した。
「……そんなに見つめられると、星よりも眩しいですわ。……わたくし、恥ずかしくなってしまいますの」
「……っ、リア……」
それは、普段の凛とした彼女からは想像もつかない、甘く、誘うような一言だった。
琥珀色の星々が見守る中、僕たちの距離は、完全にゼロになった。




