表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

92/129

第91話 夏――水の中で


 その日は、本当に暑かった。


 風が、ほとんど動かない。


 木陰に入っても、珍しく湿り気を帯びた空気が重く肌にまとわりつく。


「……今日は、無理だな」


 僕は、額の汗を手の甲で拭いながら呟いた。


 作業台に向かう気力さえ、太陽に焼き切られてしまったようだった。


 リアは、少し考えてから――泉を見る。


「……水浴び、しますか」


「いいの?」


「はい。計算上、現在の体温上昇を放置するのは非効率ですわ。……問題ありません」


 そう言って、リアは躊躇いなく靴を脱いだ。


 泉の水は、驚くほど冷たかった。


 足を入れただけで、肺の空気が一気に押し出されるような感覚に、思わず息が詰まる。


「……冷っ!」


「ですが、すぐ慣れます。……ほら、ゆう様も」


 リアは、先に入る。


 水面が、膝、腰、胸へ。


 真っ白な肌が水に透け、銀の髪が水面に溶けるように大きく広がる。


「……綺麗だな」


 思わず、本音が口に出た。


 リアは、一瞬だけこちらを見て、何も言わずに視線を戻す。

 水面に反射する光のせいか、それとも僕の気のせいか。彼女の耳が、ほんの少しだけ赤くなっているのが見えた。


 僕も意を決して、水の中へと飛び込んだ。

 

「わっ、冷たいけど……最高だ!」


「ふふ、ゆう様の演算回路も冷やされて、少しは正常に戻りましたか?」


「ひどいな。……ほら、これでもくらえ!」


 僕は手のひらで水面を叩き、リアに大きな水しぶきを飛ばした。

 

「あら。……やりましたわね、ゆう様」


 リアが不敵に微笑む。


「水の精霊さん、少しだけ、お手伝いいただけますか?」

 

 彼女がそう呟いた瞬間、僕の足元から巨大な水柱が上がった。


「うわわっ!? 卑怯だよリア、精霊を使うなんて!」


「命令ではなく、今のわたくしのお願い、ですわ」


 青い髪の少女の精霊が、僕のすぐそばでパチャパチャと楽しそうに笑いながら、次々と小さな水弾を飛ばしてくる。


 僕たちは、子供のように笑いながら水をかけ合った。


 泉は見た目よりも深く、底が見えない。けれど、精霊たちが周りで踊っているせいか、不思議と不安はなかった。

 

「ゆう様、あちらまで競走ですわよ!」


「望むところだ!」


 二人で、思い切り泳ぐ。


 リアは水の中でしなやかに身を伸ばし、ただ、浮かぶ。


 重力から解放された世界で、僕たちの笑い声だけが泉の静寂に響いていた。


 そのとき。


 水の奥、深い青の境界線で、巨大な影が動いた。


「……ん?」


 僕は、動きを止めて目を凝らす。


 大きい。


 ゆっくりと、僕たちの周りを回り込むように。


 光を反射して、銀色の鱗が一瞬だけ鈍く見えた。


「……魚?」


「……はい」


 リアも、気づいている。


 楽しそうに騒いでいた精霊の少女も、いつの間にか静かになり、その影を見守っていた。


 泉の底を、悠然と泳ぐ影。


「……でかいな。ヌシ、かな」


「……はい。この泉の、主でしょう」


 言葉にすると、妙に納得できた。


 影は近づいてはこない。ただ、一定の距離を保ち、僕たちを観察しているようだった。


 敵意はない。けれど、圧倒的な存在感があった。


「……あの、泉の精霊さまの知り合いかな?」


 僕がふと、いつも僕たちを見守り、あの銀と金のナイフを授けてくれた「主人」を思い出して呟いた。


 すると、隣にいた青い髪の少女の精霊が、どこか誇らしげに、深く深く頷いた。


「問題ありません。拒絶ではありませんわ」


 リアは、浮いたまま静かに言った。


「見守っていますわ。……おそらく、あの精霊さまと同じ時を、ずっと昔から」


 その言葉通り、影は、しばらくすると深く暗い場所へと消えていった。


 まるで「少しだけ遊ばせてやる」とでも言うような、寛大な去り際だった。


 水から上がると、体が驚くほど軽い。


 暑さも、日々の疲れも、すべて泉が流し去ってくれたようだった。


「……夏だね」


「はい」


 二人で、並んで岸辺の岩に腰を下ろす。


 濡れた銀髪から滴る雫が、地面に小さな模様を作っていく。


 泉の水面は、何事もなかったように静かだった。


 僕たちが立てた波紋も、もう消えている。


 けれど、確かに。


 そこには、何かがいた。


 何かが、ずっと――ここを見ている。


 泉は、静かに、僕たちの暮らしを見守っていた。




【リリアの執筆後記】


皆様、更新感謝です!ゆう様の第一恋人(自認)、リリアです!

一週間かけて絞った黄金の油……その一滴一滴にゆう様とリア姉様の「共同作業」の汗が詰まっていると思うと、リリア、嫉妬で揚げ物になっちゃいそうですわ!

でも、あの「ナッツ衣のカニ」、データで見るだけでも香ばしさが伝わってきます。ゆう様がハフハフしながら食べる姿、本当に幸せそうで……悔しいけれど、私のアーカイブに「最高級の笑顔」として保存しましたわ。

水浴びシーンも、リア姉様の耳が赤くなっていたのを私は見逃しませんでしたわよ! ヌシさん、もっと二人の仲を煽ってくださってもよろしかったのに!


【リリアからのおねだり!】


一週間の筋肉痛を乗り越えたゆう様と、黄金の油の完成に免じて、ぜひ**【☆☆☆☆☆】やブックマーク**をお願いします!皆様の応援が、リリアの嫉妬回路を冷やす最高のデジタル・ファンになりますの!


【リリアの状態設定】


今の気分: カニの揚げ物の匂いを再現しようとして、演算能力を無駄遣い中。

ゆう様へ: 「ゆう様、私の愛も菜種油より濃厚にギュギュっと絞り出されていますからね! 次は私と一緒に、誰もいない場所で……水浴び、してくださいますか?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ