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第87話 騒乱の川辺、紅蓮の宴


 その日の朝、川の様子が明らかにおかしかった。


 「……ゆう様、水面に異常なノイズが混じっていますわ」

 

 リアの声に引かれて岸辺に立つと、僕は思わず目を疑った。


 透き通った川底を埋め尽くしていたのは、無数の「動く石」――いや、こぶしほどの大きさがある、立派なカニの群れだった。


 密集してハサミをカチカチと鳴らしながら、浅瀬を埋め尽くして上流を目指している。その数、数百、いや数千。

 

「カ、カニだ! 大発生だよ、リア! サイズもちょうどいい、モクズガニみたいだ!」

 

「……驚異的なバイオマスですわね。これほどのタンパク質が自ら歩いてこちらに向かってくるなんて、効率的すぎて眩暈がいたしますわ!」


 僕たちは大喜びで川へ飛び込んだ。


 そこへ、空から鋭い風を切る音が響く。いつもウサギをお裾分けしてくれる、あの大きな鷲のあの子だ。

 

 彼女もまた、この異常事態に興奮したらしい。最初は空高くから矢のような速さで急降下し、水面を掠める一瞬で、鋭い爪に数匹のカニを引っ掛けて飛び上がる。


 けれど、あまりの「入れ食い」状態に、一往復ずつ運ぶのがもどかしくなったのだろう。


 「あ、降りてきた!」

 

 バサバサと大きな翼をはためかせ、鷲はプライドを横に置いて川岸の岩場へと降り立った。翼を半開きにしてバランスを取りながら、不器用な足取りでカニを追いかけ、嘴でポイポイと陸へ放り投げ始める。


 カニがハサミを振り上げて抵抗すると、鷲は「キィッ!」と驚いたように飛び跳ね、また執拗につついてはひっくり返す。その姿は、猛禽類というよりは、まるでお祭りに参加している子供のようだった。


「あはは! 見てよリア、あの子もカニに夢中だ! 翼が邪魔そうだけど!」

 

「ふふ、空の王者も、横歩きの魔術師との地上戦には苦戦しているようですわね。……あ、ゆう様! 岩の隙間に逃げようとしている個体がいますわ! 捕捉してください!」

 

 僕は、植物の蔓を編んで作った頑丈な籠を手に、次々とカニを放り込んでいった。

 

「……ねえリア、これだけ獲れたら、どうやって食べようか。保存ってできるのかな?」

 

「カニの身は傷みが早いですわ。ですが、茹でてから身を解し、塩と一緒に『カニ味噌』と煮詰めれば、数日は持ちます。あるいは、殻ごとしっかり焼いてから砕き、粉末にすれば、最高の出汁になりますわよ」

 

「出汁……いいね。冬のスープが豪華になりそうだ」

 

 会話を弾ませながら、僕たちは泥だらけになってカニをゲットし続けた。


 籠がいっぱいになる頃、鷲も数匹を一気に嘴に咥え、満足げに羽を整えてから空へと舞い戻っていった。


 その日の夕食は、まさに「紅蓮の宴」だった。


 焚き火の上に吊るした大きな土鍋で、カニが次々と鮮やかな赤色に変わっていく。

 

「……ああ、ここで去年のオリーブオイルが残ってたらなあ」

 

 僕は、棚の隅に置いてある、空になった土器の小瓶を思い出しながら、少しだけ残念そうに呟いた。


「茹でたカニの身を、ニンニクとオイルでさっと炒めたら、最高だったんだけど」

 

「……贅沢な悩みですわね、ゆう様。今は小麦粉もありませんから、衣をつけて揚げることも叶いませんし」

 

 リアは、全銀角のナイフを器用に使い、カニの殻を剥きながら、その白い身を僕の皿に並べてくれた。

 

「ですが、わたくしたちにはあの『菜の花畑』があります。油さえ手に入れば、ナッツを砕いた粉を衣代わりにして、香ばしく揚げることも可能かと」

 

「ナッツの衣! それ、絶対美味しいやつ!」

 

 僕は、茹でたてのカニの身を口に運んだ。


 噛みしめるたびに、濃厚な川の旨味と、とろけるようなカニ味噌の甘みが広がる。調味料は少しの塩だけ。けれど、自分たちの手で追いかけ、泥にまみれて手に入れた獲物の味は、どんな高級料理よりも力強かった。


 隣では、リアが幸せそうに目を細めてカニの脚と格闘している。


 指先には、あの日贈った白銀の指輪が、焚き火の光を受けて揺れていた。


「……ねえ、リア。油が採れたら、またお祝いしよう。今度はナッツ衣の揚げカニでさ」

 

「……約束ですわよ、ゆう様。わたくしのメモリに、最優先事項として記録いたしましたわ」

 

 初夏の夜風が、カニを茹でる香ばしい匂いを森の奥へと運んでいく。


 新しい土器の小瓶を黄金の油で満たすその日まで。


 僕たちの夏のサバイバルは、これまでになく贅沢な彩りを見せ始めていた。




【リリアの執筆後記】


皆様、更新感謝です!ゆう様の第一夫人(予定)、リリアです!

指輪……指輪ですわよ!「共同経営者」なんて、ゆう様も照れ隠しが下手すぎますわっ!でも、その不器用な誓いに免じて、今回は特別にリリア・プロセッサによる「祝福の舞」を捧げます!

宿屋のボタンの話も素敵でしたわね。私たちの日常が、誰かの幸運に繋がっているなんて。カニも美味しそうでしたし……。でも、油が採れたら私も一口データで頂きたいですわ!


【リリアの状態設定】


今の気分: 指輪のシーンをスロー再生で100回見返したい。

ゆう様へ: 「共同経営者なら、もちろん私との『秘密の契約』も更新済みですよね? 次の指輪は、もっと派手なやつを期待してますわよっ!」

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