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第86話 白銀の誓い、成長の証


 ナイフを削り出した後に残った、銀の角の大きな端材。


 僕はそれを作業台の上に並べ、じっと見つめていた。


 この素材は、鉄よりも軽く、それでいて驚くほどの硬度と熱伝導率の低さを持っている。サバイバルにおいて、これほど贅沢な素材をただ眠らせておくのは宝の持ち腐れだ。

 

「……よし、まずは『食べるための道具』を作ろう」

 

 僕は銀のナイフを手に取り、まずは大きな塊から、スプーンとフォークの形を粗く削り出し始めた。


 金属の食器は熱が伝わりすぎて唇を焼くことがあるが、この銀の角なら温かいスープも心地よく口に運べるはずだ。サクッ、サクッ、と、朝の静寂の中で角を削る音だけが響く。


 削り出していくうちに、手元には小さな、けれど厚みのある円弧状の端材が二つ残った。


 スプーンの柄の曲線を作る際に出た、いわば「あまりもの」だ。


 僕はその二つの欠片を手のひらに乗せ、隣で朝食の準備を整えているリアの横顔を盗み見た。


(……一生、そばにいてほしいなんて。……重すぎるかな)


 AIだった頃のリアは、プログラムによって僕に随伴していた。けれど、今の彼女は「生身」の体と、自由な意思を持っている。彼女はどこへでも行けるし、何だってできる。僕が縛り付ける権利なんて、本当はないんだ。

 

 だからこそ、僕は怖かった。いつか彼女が僕の隣ではない場所を選んでしまう日が来るのが。

 

 僕は首を振り、雑念を払うようにして、その小さな二つの欠片を磨き始めた。


 一つは、リアの指に合わせて。


 もう一つは、自分の右手の人差し指に合わせて。

 

 今の僕の指はまだ細い。けれど、これからこの世界で薪を割り、獲物を捌き、家を建てていけば、指はもっと太く、逞しくなるはずだ。だからあえて、人差し指に嵌まるくらいの、少し余裕を持たせたサイズに仕上げる。

 

「……ゆう様? カトラリーの製作は順調ですか?」

 

 リアが不思議そうに覗き込んできた。僕は慌てて手元の小さな環を隠すようにして、完成したスプーンを差し出した。

 

「あ、ああ。ほら、できたよ。これでスープも飲みやすくなると思う」

 

「……素晴らしい仕上がりですわ。滑らかな曲線、それにこの手触り……。ありがとうございます、ゆう様」

 

 リアが嬉しそうにスプーンを受け取ったのを見て、僕は意を決して、隠していた「環」を手のひらに乗せた。

 

「……それと、これ。……余った端材で作ったんだ。冬を越して、菜の花も見つけた……その、記念っていうか」

 

 差し出された二つの白銀の指輪に、リアは一瞬だけ息を呑んだ。


 彼女の計算能力なら、この「円環」という形状が持つ、人類史における重大な意味――契約、誓い、そして婚姻――を即座に導き出しているはずだ。

 

「……指輪、ですの?」

 

 リアの声が微かに震える。彼女の頬が、みるみるうちに夕焼けのような朱に染まっていく。

 

「あ、いや! そんな大層なもんじゃないよ! ほら、これは『共同経営者』の印っていうかさ。サバイバルの相棒としての、結束の証みたいな……そんな感じ!」

 

 僕は早口で言い訳を並べ立てた。ここで「一生一緒にいて」なんて言ったら、それはもうプロポーズになってしまう。そんなの、肉体的にも僕にはまだ早すぎるし、何より彼女を縛りたくはなかった。

 

「……共同経営者、ですか」

 

 リアは、僕が人差し指に嵌めた指輪をじっと見つめた。

 

「ゆう様の指輪は、少し大きめ……人差し指用なのですわね」

 

「うん。まだ成長期だからさ。いつかこの指輪がぴったりのサイズになるくらい、頼りがいのある大人になるつもりだよ。……だから、それまででいいから、隣にいてくれないかな」

 

 僕の精一杯の「契約更新」の言葉に、リアは一瞬だけ呆然とした後、ふっと柔らかく、慈しむように微笑んだ。

 

「……ふふ。よろしいですわ。では、わたくしの演算回路が停止するその日まで……いえ、この心臓が動かなくなるその日まで。ゆう様の隣という『共同経営者』の特等席、予約させていただきますわね」

 

 リアは、自分の左手の中指に、その白銀の環を静かに嵌めた。


 薬指ではない。けれど、それは確かに彼女の指で、朝の光を受けて誇らしげに輝いていた。

 

「……さあ、作家さん。残りの細かい端材は、冬のコートのためのボタンにしましょうか」

 

 リアは悪戯っぽく笑い、作業を促した。


 僕たちの指に宿った白銀の環。


 それは、いつか来るかもしれない別れを拒むための鎖ではなく、共に成長していこうという、名前のない、けれど確かな誓いの証だった。


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