第8話 熾火の試練と、苦い焦げ跡
白湯の温もりが身体の隅々まで行き渡り、強張っていた四肢がようやく解けてきた。
僕は、先ほど切り込みを入れ終えた栗の山を、今一度慎重に眺めた。
「煮るより……焼くほうが楽かな?」
「検索しますか」
「うん。効率的な焼き栗のやり方、お願い」
リアはすぐに応じる。
「一般的な方法としては、殻に切れ目を入れ、直火または熱した容器で加熱します。熱による内部の膨張を逃がす必要があります。……幸い、既に準備は整っていますね」
「うん。はぜないように慎重にやったからね。……せっかくだし、一気に焼こう。蓄えは多いほうがいい」
「栗の在庫は、十分にあります。継続的なエネルギー摂取が可能です」
僕は焚き火を少しだけ大きくした。乾いた枝を足すと、炎が明るく燃え上がり、やがて底部に赤い熾火ができ始めた。
火の粉が舞い、熱気で周囲の空気が揺らぐ。
「この中に直接入れれば……いけるかな?」
「成功率は上昇します。遠赤外線による均一な加熱が期待できます」
リアの言葉に背中を押されて、僕は栗をまとめて火のそばに置き、いくつかを慎重に、真っ赤に熱した熾火の中へと転がした。
しばらく枝を足したりして、じっと様子を見る。
ほどなくして、静かな森に新しい音が混じり始めた。
――ぱち。
――ぱき。
「あ、きてる、きてるよ。いい感じだ」
夢中でその様子を見守っていた、その時だった。
――ぱんッ!
「うわっ!」
乾いた破裂音と共に、一つ、殻が弾けて勢いよく転がった。
「……想定内です」
「……いや、全然想定内じゃなかったよ、今の。びっくりした……」
僕は苦笑しながら、慌てて枝を使って火の中から栗を掻き出した。
手早く、手早く。熱さを堪えながら、並べた栗を一つずつ割っていく。中身の状態は、驚くほど千差万別だった。
ちょうどいい具合に熱が通ったもの。まだ芯が白くて硬いもの。
そして――。
「……あ、これは失敗だ」
炭のように真っ黒になった、無残な塊。
「焦げました。熱源との距離が近すぎたようです」
「うん、焦げたね。難しいなあ、火加減って」
僕は苦笑しながら、真っ黒な栗を横に避けた。けれど、落ち込む必要はなかった。
「でも」
残りを見る。まだ、たくさんある。
「……まあ、いっか。次は加減するよ」
「廃棄する必要はありません。失敗もまた、次へのデータとして蓄積されます」
「うん。次はもっと上手くやる」
僕は焼けた栗を、まとめて鍋に移した。手で持つと熱いので、折れた枝を箸のように使って慎重に運ぶ。
数えてみると、失敗も含めて結構な量になった。
「……これで、しばらくは食べつなげるかな?」
「エネルギー源として、当面の活動には十分です」
マグカップに残った白湯をもう一度温め直し、二人の間に置く。
焼き栗の殻を割りながら、僕たちはゆっくりと食べ始めた。
野生の栗は、市販のもののように甘くはなかった。現れた実は控えめなクリーム色で、口に含むと素朴で粉っぽい味が広がる。
多少、焦げていても。少し硬くて噛みごたえがあっても。空っぽの胃袋に落ちていけば、それは最高の馳走だった。
「……ほくほくしてる。なんだか、生きてる実感がわくね」
焚き火が、ぱちぱちと優しく鳴る。
森は、穏やかな朝の音に満ちていた。
昨日は、ただ夜を越えるだけで精一杯だった。
でも今日は、火があって、水があって、食べ物があって――失敗しても、こうしてやり直せる。
「……案外、なんとかなるかな……?」
「現状の生存確率は、極めて安定しています。……いえ、それ以上の期待値が、今ここに形成されています」
リアの声を聞きながら、僕はもう一つ、栗を割った。
少しだけ焦げ目のついたそれも、今の僕たちにとっては、紛れもなく「美味しい」糧だった。
中学生のように若返ったこの身体に、温かなエネルギーが充填されていく。
僕たちは揺れる火影を見守りながら、この先にある「拠点」と、これからの生活についての話を始めた。




