第7話 琥珀の湯と、透明な充足
リアの手によって生まれた小さな炎を、僕たちは壊れ物を扱うように大切に育てた。
乾燥した小枝を一本、また一本と慎重に足していく。やがて安定した火床ができると、僕は「命を繋ぐ宝箱」の中から、小ぶりの鍋を取り出した。
「……まずは、水を沸かそう。昨日はそのまま飲んだけど、やっぱり一度熱を通したほうが安心だしね」
「賢明な判断です。加熱による殺菌は、未踏地における生存率を劇的に向上させます」
リアの言葉に頷き、僕は泉のほとりへ戻って鍋にたっぷりと水を汲んだ。
朝の光を受けて、水面が静かに揺れている。濁りもなく、宝石のように透き通った水だ。
焚き火の上に石を組み、五徳代わりにして鍋をかける。しばらくすると、鍋の底から小さな気泡がぷつぷつと立ち上がり、やがて白い湯気が柔らかく立ち上り始めた。
「……白湯、だね。特別な味はないはずなのに、なんだかすごく贅沢なものに見えるよ」
「温度という情報は、時に栄養価以上の価値を持ちます。……沸騰を確認しました。火から下ろします」
僕は熱くなった取っ手を布でくるんで持ち上げ、金属製のマグカップに注いだ。
容量は一人分。飾り気のない、くすんだ銀色のコップだ。なみなみとは入れず、半分ほど。
「……はい、リア。まずは君から」
自然と、先にリアへ差し出していた。
リアは一瞬だけ、差し出されたコップを不思議そうに見つめてから、両手で包み込むように受け取った。その指先が、温かな金属の感触に触れて、ぴくりと跳ねる。
「……熱いですわ。……いえ、これは『不快』な熱ではありません。……不思議です。指先から、私という個体の境界線が曖昧になっていくような感覚です」
リアは戸惑いながらも、口元に運び、一口。
わずかに、その長い睫毛が震えた。
「……温度が、適切です」
「味はどう?」
「……無味です。ですが……喉を通る瞬間、回路の隅々にまで熱が浸透していくのが分かります。……ゆう様、これは『美味しい』と定義して差し支えないものなのでしょうか」
「ああ、最高に美味しいよ。……貸して、次は僕の番だ」
リアからコップを受け取り、今度は自分が飲む。
温かい。喉を通って、冷え切っていた腹の奥に落ちていく。
ただのお湯だ。けれど、身体が芯からほっと解けていく。
「……生き返る。……本当に、生き返る気がするよ」
「体温の維持と、水分補給に有効です。……ゆう様、コップがひとつしかないことは不便だと思っていましたが、こうして温度を共有するのは……データの同期とは違う、何らかの効率化が働いているようですわね」
リアはそう言いながら、僕が飲む様子をじっと見つめていた。
ひとつしかないコップを、当たり前のように二人で使う。そのことに、違和感はなかった。
白湯を飲み終え、空になったコップを岩の上に置く。
内側から温まった身体に、昨日まではなかった小さな自信が灯っていた。
「……よし。次は、食べ物だ。さっきの栗、いってみようか」
「調理シミュレーションは完了しています。いつでも開始可能ですわ、ゆう様」
火があって、水を飲んで、道具があって、リアがいる。
それだけで、この場所が少しだけ「暮らせる場所」に見えてきた。
僕は再びナイフを手に取り、足元に積んだ栗の山へと視線を向けた。




