表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/29

第7話 琥珀の湯と、透明な充足

 リアの手によって生まれた小さな炎を、僕たちは壊れ物を扱うように大切に育てた。


 乾燥した小枝を一本、また一本と慎重に足していく。やがて安定した火床ができると、僕は「命を繋ぐ宝箱」の中から、小ぶりの鍋を取り出した。


「……まずは、水を沸かそう。昨日はそのまま飲んだけど、やっぱり一度熱を通したほうが安心だしね」


「賢明な判断です。加熱による殺菌は、未踏地における生存率を劇的に向上させます」


 リアの言葉に頷き、僕は泉のほとりへ戻って鍋にたっぷりと水を汲んだ。


 朝の光を受けて、水面が静かに揺れている。濁りもなく、宝石のように透き通った水だ。


 焚き火の上に石を組み、五徳代わりにして鍋をかける。しばらくすると、鍋の底から小さな気泡がぷつぷつと立ち上がり、やがて白い湯気が柔らかく立ち上り始めた。


「……白湯、だね。特別な味はないはずなのに、なんだかすごく贅沢なものに見えるよ」


「温度という情報は、時に栄養価以上の価値を持ちます。……沸騰を確認しました。火から下ろします」


 僕は熱くなった取っ手を布でくるんで持ち上げ、金属製のマグカップに注いだ。

 容量は一人分。飾り気のない、くすんだ銀色のコップだ。なみなみとは入れず、半分ほど。


「……はい、リア。まずは君から」


 自然と、先にリアへ差し出していた。


 リアは一瞬だけ、差し出されたコップを不思議そうに見つめてから、両手で包み込むように受け取った。その指先が、温かな金属の感触に触れて、ぴくりと跳ねる。


「……熱いですわ。……いえ、これは『不快』な熱ではありません。……不思議です。指先から、私という個体の境界線が曖昧になっていくような感覚です」


 リアは戸惑いながらも、口元に運び、一口。

 わずかに、その長い睫毛が震えた。


「……温度が、適切です」


「味はどう?」


「……無味です。ですが……喉を通る瞬間、回路の隅々にまで熱が浸透していくのが分かります。……ゆう様、これは『美味しい』と定義して差し支えないものなのでしょうか」


「ああ、最高に美味しいよ。……貸して、次は僕の番だ」


 リアからコップを受け取り、今度は自分が飲む。


 温かい。喉を通って、冷え切っていた腹の奥に落ちていく。


 ただのお湯だ。けれど、身体が芯からほっと解けていく。


「……生き返る。……本当に、生き返る気がするよ」


「体温の維持と、水分補給に有効です。……ゆう様、コップがひとつしかないことは不便だと思っていましたが、こうして温度を共有するのは……データの同期とは違う、何らかの効率化が働いているようですわね」


 リアはそう言いながら、僕が飲む様子をじっと見つめていた。


 ひとつしかないコップを、当たり前のように二人で使う。そのことに、違和感はなかった。


 白湯を飲み終え、空になったコップを岩の上に置く。


 内側から温まった身体に、昨日まではなかった小さな自信が灯っていた。


「……よし。次は、食べ物だ。さっきの栗、いってみようか」


「調理シミュレーションは完了しています。いつでも開始可能ですわ、ゆう様」


 火があって、水を飲んで、道具があって、リアがいる。


 それだけで、この場所が少しだけ「暮らせる場所」に見えてきた。


 僕は再びナイフを手に取り、足元に積んだ栗の山へと視線を向けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ