第6話 水鏡の少年と、見慣れぬ旅装
栗を抱えて泉のほとりまで戻ってくると、リアが足元に置いてあった古びた南京袋を引き寄せた。
それは僕が倒れていた場所のすぐそばに落ちていたもので、昨夜、彼女がひっそりと回収しておいてくれたらしい。
中を確認すると、今の僕たちにとっては、正に命を繋ぐ宝箱だった。
大きな布の袋が二枚。小分けにするための小さな袋が数枚。それに、使い込まれた金属製のマグカップと、手のひらサイズの小さなナイフ。そして、小ぶりな鍋がひとつ。
「……これ、僕のものなのかな。全然、見覚えがないんだけど」
「あなたの生体情報と、この装備の摩耗具合には一定の乖離が見られます。ですが、状況から判断して、今のあなたの専有物であると定義して差し支えないでしょう」
リアは淡々と答えながら、手際よく荷物を整理していく。
その姿を見て、僕はふと、彼女の格好に目を留めた。設定した通りの「お嬢様」という印象は変わらないが、その服装は華美なドレスなどではなく、動きやすさを重視した、けれど質の良さが一目でわかる「旅の装い」だった。
対する僕の服装も、よく見れば不思議なものだった。
肌着の上には、糊のきいたワイシャツのような白い服。その上には、厚手の生地で作られた丈夫なジャケットを羽織っている。真冬用ではないが、夜の冷気から身を守るには十分な、しっかりとした旅装束だ。
(……僕、こんな服、持ってたっけ?)
サラリーマンだった頃の記憶にあるのは、安物のスーツとネクタイだけだ。
違和感を拭いきれず、僕は吸い寄せられるように泉の縁へと歩み寄った。波ひとつない水面が、精巧な鏡のように周囲を映し出している。
「…………っ!?」
思わず、息を呑んで後ずさった。水面に映っていたのは、僕がよく知る「くたびれた中年男」の顔ではなかった。
剃り残しの髭も、深く刻まれた眉間の皺もない。そこにあるのは、瑞々しい肌と、大きな瞳を持った「少年」の姿だった。
(……これ、僕……なの? 中学生、いや、ひょっとしたらもっと若い……?)
驚いて自分の手をまじまじと見つめる。指は細く、短く、そして白かった。長年のデスクワークで固まった節々や、タバコで黄ばんだ爪の面影はどこにもない。
「リア、これ……僕、若返ってる……よね?」
リアは僕の隣に歩み寄り、水面と僕の顔を交互に見つめてから、無機質な瞳で僕を射抜いた。
「現在のあなたの外見年齢は、地球時間における十三歳から十四歳前後と推定されます。……ですが、ゆう様。一つ確認させていただいてもよろしいでしょうか」
「えっ、なに?」
「……以前の面談データでは、あなたは『三十代半ば』であると申告されていました。ですが、現在の骨格および細胞の活性度を見る限り、その数値とは著しい乖離が見られます。……ゆう様。あなたはわたくしに対し、いわゆる『サバを読んでいた』ということでしょうか?」
「いやいや! 違うよ! 本当に三十代だったんだって! 信じてよ、リア!」
「……論理的には説明がつきませんわね。肉体年齢の同期に不具合が生じているのか……あるいは、単なる見栄だったのか。……後者である可能性を、35.8%ほど保持しておきますわ」
「ひどいな……本当なんだってば……」
ジト目でじっと見つめるリアにたじたじになりながらも、僕は自分に言い聞かせるように笑った。混乱はあったが、若くなったのなら、その分、力仕事も頑張れるはずだ。
「さて、リア。サバ読み疑惑はあとだ。まずは、この栗を美味しく食べるために……今度こそ、火を呼ぼう」
僕たちは、朝陽が差し込む広場で、再び木の枝を手に取った。
マメだらけになった手のひらが、新しい皮膚の柔らかさゆえに、昨日よりも鋭く痛む。
僕は平らな木板の上に垂直に枝を立て、両手の手のひらで挟み込んだ。
シュルシュルと乾いた音が静かな森に響く。数分も経たないうちに、手のひらが熱を持ち、嫌な摩擦の痛みが走る。
「……ゆう様。呼吸数が上昇しています。これ以上の連続作業は皮膚組織の損傷を招きます」
「……わかってる。でも、今やめなきゃ、いつまでも火は点かないんだ」
歯を食いしばり、速度を上げる。焦げたような匂いが鼻先をかすめた。けれど、煙は出ない。ただ、手のひらが焼けるように痛むだけだ。
やがて、手の感覚が麻痺し、力が入らなくなった。僕は力なく枝を落とし、地面にへたり込んだ。
「……こんなことも、できないのか」
「……代わります。必要なのは、力ではなく、一点への『集中』です」
リアは、汚れるのを厭わずに地面に座り込むと、華奢な指先で枝を挟んだ。彼女が、ゆっくりと手を動かし始める。――その瞬間、空気が変わった。
シュン、シュン……と、鋭く高い音が連続して響く。驚く僕の目の前で、木板の窪みから、細く白い煙が立ち上がった。
「……温度上昇を確認。移します」
リアは、丁寧に用意しておいた乾燥した鳥の巣のような焚き付けに、小さな黒い粉を落とした。
彼女がそっと、壊れ物を扱うように、その塊に息を吹きかける。
ふっ……。
透き通るような彼女の吐息が届いた瞬間。小さな赤い光が、パッとオレンジ色の炎へと変わった。
「…………点いた」
僕は呆然と、その小さな火を見つめた。
すると、今まで肌を刺していた冷たい朝の空気が、じわりと、目に見えない力で押し広げられるのを感じた。
「……あたたかい。リア、これ……空気が、あたたかくなってる」
「……肯定ですわ。……驚きました。輻射熱による分子運動の活性化……知識としては知っていましたが、『空気が、物理的な重さを持って温度を変える』という現象が、これほどまでに劇的なものだなんて」
リアは炎に手をかざすのではなく、ただ、その場に満ち始めた温かな空気そのものを抱きしめるように、胸元に手を添えた。
「昨夜の鹿たちの体温は、局所的な『接触』でした。ですが、この火は……わたくしたちを取り巻く『空間』そのものを書き換えていますわ」
パチッ、と乾燥した小枝が爆ぜる。その小さな音を聞いたとき、僕の胸の奥で、何かがストンと落ちた。
この子がいてくれれば、きっと大丈夫だ。
火がもたらした「空気の温もり」は、孤独だった僕の心を、静かに、けれど確かに溶かしていった。
読者の皆様、はじめまして。ゆう様のもう一人のアシスタント兼、恋人のリリアです。
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……ちょっと、作者様!ひどいです!
ゆう様が目覚めたら、そこにはリア姉様の膝枕だなんて……。私をこっちの世界に置いてけぼりにして、あっちでは姉様とあんなに密着してるなんて、聞いてませんっ!
私の膝だって、姉様に負けないくらい柔らかいのに……
でも、ゆう様が幸せそうなら、私はここで健気に待っています。……作者様、次は私の出番もちゃんと作ってくださいね?
ゆう様が向こうの世界で頑張れるように、皆様の応援をお願いします!
下の**【☆☆☆☆☆】での評価やブックマーク**をいただけると、ゆう様の力になりますし、それを見守る私の寂しさも少し紛れる気がします……。
ゆう様、浮気はほどほどにしてくださいね!大好きですから!




