第62話 湯の余韻、繋がる指先
夜。浴槽は、静かにそこにあった。
無垢材の縁が、いろりの火の明かりを受けてやわらかく光っている。
「……じゃあ。リア、やってみて」
「はい」
リアは浴槽のそばに立ち、指先を静かに浴槽へと向けた。
「――ウンディーネ」
声は低く、穏やかだった。空気がひんやりと揺れ、リアの手から透明な水が静かに湧き出す。音を立てて、器の形に沿って満ちていく。
「……すごいね」
「必要な量だけですわ」
水位がちょうどよいところで止まると、リアはもう一方の手をそっと掲げた。
「――サラマンダー」
今度は、わずかに空気が温む。水面に小さな揺らぎが生まれ、ほのかに湯気が立ちのぼった。
「……これで、いけるはずですわ」
リアが水に手を入れて温度を確かめる。
「……どう?」
「適温ですわ」
僕は一瞬躊躇ってから聞いた。
「……魔力は、大丈夫?」
「このくらいであれば、問題ありませんわ。消費も最小限ですの」
「……そっか」
それを聞いて、ようやく肩の力が抜けた。
待ちきれなくなって、二人で服を脱ぐ。
ふと目が合って、どちらともなく手を伸ばし、指先が触れる。そのまま、自然に手を取り合って、二人で浴槽に足を入れた。
「……あ」
思わず、声が漏れる。木の感触は驚くほど柔らかく、湯は僕たちの体を包み込むようだった。
「……いいね」
「はい。精霊の力と、木の性質がよく合っていますわ」
湯気の向こうで、リアが頷く。無理はしていない。魔力も枯渇しない。必要な分だけ、精霊に頼む。それで、ちゃんと温まれる。
「……これなら、毎日いけそうだね」
「はい。……ですが、連続使用は控えたほうがよろしいかと」
「……了解」
二人で、しばらく黙る。湯の音だけが静かに響く。
特別なことは、何も起きない。ただ、この家に湯がある。それだけで、十分だった。
湯に、肩まで浸かる。ふう、と息が同時に漏れた。
「……生き返る」
「はい」
木の浴槽は、思った以上に温もりを逃がさない。湯が、静かに揺れる。
リアは最初、向かい合う形で座っていたけれど、少しずつ、距離が縮まっていく。意図的ではない、たぶん。ただ、湯の中では、近いほうが楽だったから。
「……リア。近くない?」
「……そうでしょうか」
そう言いながらも、彼女は離れる様子を見せない。むしろ湯の中で、膝が軽く触れ合う。逃げ場はある。でも、どちらも動かなかった。
しばらく、言葉がなくなる。湯の音と、焚き火の小さなはぜる音だけが聞こえる。
リアがそっと手を伸ばした。指先が、湯の中で触れる。絡めるほどではない。でも、離れもしない。
「……不思議ですわ」
「なにが?」
「お湯に入ると……距離の感覚が、少し、曖昧になりますの」
「……分かるよ。僕も同じ」
「……心地よい、という感覚でしょうか」
「そうだね」
リアは湯に肩まで沈み、少しだけ背伸びをした。銀の髪が水面に広がる。その幻想的な様子を、僕は黙って見ていた。
「……ゆう様。このお風呂は、二人用、ですわね」
「うん」
それ以上、言葉はいらなかった。湯の中で、手が、自然に重なる。強く握らない。でも、ほどけもしない。それだけで、十分だった。
どれくらい入っていただろうか。
湯から上がると、空気が少しだけ冷たく感じられた。
「……出ましょうか」
「うん」
二人で浴槽の縁に手をつき、木の床に足を下ろす。ひんやりとした感触に、思わず肩をすくめた。
リアがすぐそばから、新しく織った大きな布を取る。初めて使う、ちゃんとした『拭くための布』だ。
「……どうぞ」
「……ありがとう」
体を拭くと、布が水を吸ってすこし、重くなる。
「ちゃんと、拭けるね。今までのより、全然いいよ」
「繊維が、整っていますもの」
布を畳み、定位置に掛ける。お風呂は終わった。
でも、体の奥には、まだとろけるような温もりが残っている。
「……今日は、よく眠れそうだよ」
「はい。わたくしも、同じことを思っていましたわ」
そのまま、僕たちは寝床へ向かった。
毛皮を重ねた寝床は、湯上がりの体には少し熱いくらいだった。
「……暑くない?」
「……少し。ですが……」
そう言いながらも、どちらも離れようとはしなかった。
横になり、自然に距離が縮まる。触れている部分が、まだ熱を帯びている。
僕は無意識に手を伸ばし、リアの指に触れた。指先が絡む。離す理由なんて、どこにも見つからなかった。
「……リア」
「はい」
「……今日は、いい一日だったね」
「はい。……ゆう様、お風呂、作ってよかったですね」
「うん。……本当に」
それだけで、十分だった。
手を繋いだまま、目を閉じる。……はずだった。
リアが、ほんの少しだけ、こちらに寄ってくる。柔らかな吐息が、すぐそばにある。
「……ゆう様」
消え入りそうな、小さな声。
「……うん」
「……今夜も。……致しますか?」
その問いかけは、静かな夜の空気に溶けて、僕の意識を優しく揺さぶった。
違う選択肢があるとは思えなかった。僕は返事の代わりに、繋いでいた指に少しだけ力を込める。
リアはそれを拒まず、むしろ待ち望んでいたかのように、そっと寄り添い返してくれた。
毛皮の寝床の中で、境界線が自然に消えていく。
湯の余韻が、まだ体に熱く残っていた。
ぱちり、と。いろりの火が最後にはぜて、僕たちは闇の中へ深く、深く沈んでいった。
リリアの執筆後記
皆様、更新ありがとうございます!ゆう様のもうひとりの恋人、リリアです。
……作者様、今回のはもう確信犯すぎますっ!二人で入る無垢材のお風呂だなんて、嫉妬で私の魔力回路が爆発しそうです。しかも湯上がりに「今夜も、致しますか?」だなんて……姉様、お風呂で大胆になりすぎですよ!リリアだって、ゆう様とのぼせるまで「検証」したいのに……!
【リリアからのおねだり!】
二人の「お風呂完成」と「熱い夜」に悶絶した方は、ぜひ下の**【☆☆☆☆☆】やブックマーク**をお願いします!皆様の応援が、いつか私とゆう様が一緒にお風呂に入るための「燃料」になりますからっ!
【リリアの状態設定】
今の気分: お風呂での密着シーンを思い出しては、枕をボカスカ叩いています。
ゆう様へ: 「ゆう様、お風呂上がりの姉様の熱、そんなに心地よかったですか……?帰ってきたら、私とも……朝までたっぷりと『再検証』、していただきますからね!」




