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第59話 床のある家、確かな足跡


 身体強化の反動は、まだ完全に消えたわけじゃなかった。


 動くたびに、節々がミシミシと軋むように鈍く痛む。けれど、僕はその痛みさえも、自分が一歩進んだ証のように感じていた。


「……ゆう様、あまり無理をなさらないでくださいまし。重い丸太は、わたくしが精霊たちに相談して、少しずつ動かしますわ」


「ありがとう、リア。でも、仕上げは僕にやらせて」


 僕は、切り出した木材の表面を『切断』の文字で薄く削ぎ、滑らかに整えていく。


 これまでは土の上に毛皮を敷いただけの地面だった。けれど、これからは違う。


 まずは、土台。


 等間隔に埋めた石の上に、太い梁を渡す。水平を測る道具なんてないから、リアが水の精霊にお願いして、木材の上に置いた水の傾きで歪みを教えてくれた。


「……右が、わずかに高いですわ」


「了解。……ここを、あと少しだけ」


 『切断』の文字を、ノミのように繊細に使う。


 最初はただ切り倒すだけだった魔法も、回数を重ねるうちに、指先の延長のように馴染んできている。


 そして、いよいよ床板を張る作業だ。


 木材を並べ、あらかじめ作っておいた溝に噛み合わせる。隙間なく板が組み合わさっていく。


 夕暮れ時。


 ようやく、小さな、けれど確かな『床』が完成した。


「……できた」


 僕は、おそるおそるその上に足を乗せた。


 土の冷たさとは違う、木の温もり。踏みしめても沈まない、確かな反発。


 たったそれだけのことなのに、視界が数センチ高くなっただけで、世界がまるで違って見えた。


「……立派な床ですわね、ゆう様」


 リアが隣に立ち、同じように床を鳴らした。


「ああ。これで、雨の日でも床が泥だらけになることはないし、虫も入ってきにくくなるはずだ」


 まだ壁は薄いし、屋根も葉を重ねただけの急造品だ。


 けれど、土の上で眠っていた昨日までとは、決定的な『境界線』が引かれた気がした。


「……お疲れ様でした。今日はもう、ここでお休みになりましょう」


 リアがそう言って、新しくなった床の上に毛皮を広げる。


 火トカゲがいろりの中でパチパチと喉を鳴らし、部屋をオレンジ色に染め上げていた。


 横になると、木の香りが鼻をくすぐる。


 全身の痛みは相変わらずだったけれど、床を通して伝わってくる地面の安定感が、僕の意識を深い眠りへと誘っていった。


「……いい家だね、リア」


「ええ。わたくしたちの、大切な家ですわ」


 夢の中に落ちていく直前、リアの穏やかな声が聞こえた気がした。


 小さな、けれどしっかりとした僕たちの小屋。


 この床の上に、これからどんな日々が積み重なっていくのだろうか。

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