第58話 精霊の囁き、小さなひいき目
翌朝。魔力痛の余韻でまだ重い体を引きずりながら、僕は小屋の外へ出た。
朝の空気はひんやりとしていて、喉が焼けるように乾いている。
いつもなら、ここから重い足取りで泉まで歩き、水を汲むのが日課だった。けれど、目の前のリアは、泉へ向かおうとはしなかった。
「……おはよう、ゆう様。お加減はいかが?」
「おはよう、リア……。喉が渇いたから、ちょっと水を汲みに――」
「その必要はありませんわ」
リアは僕を制するように、何もない宙へそっと掌を差し出した。
「――清らかなる水の精霊よ。その雫を、わたくしの手に」
彼女が静かに、祈るように囁いた瞬間。
空がわずかに震え、透明な水の玉が、彼女の手のひらの上にふわりと浮き上がった。
「……えっ?」
「さあ、どうぞ」
差し出された彼女の掌から、溢れんばかりの水が、魔法のように僕の口元へ運ばれる。
慌てて両手で受け、啜ると、それは驚くほど冷たくて、泉の水よりもずっとしみこむような、命の味がした。
「……すごいな。泉まで行かなくても、水が出せるなんて」
「はい。この地の精霊たちが、わたくしの呼びかけに応えてくれるようになりましたの」
喉を潤した次は、火だ。
「……次は、火ですわね」
リアがそう言って、地面に組んだ薪の束に目を向けた。
僕はそれを見て、少しだけ複雑な気分になる。
この生活が始まってからずっと、小さな疑問があった。僕が木を擦り合わせれば、それなりに時間はかかる。もちろん、この世界の乾燥した木は火がつきやすいけれど、それでも相応の『労働』だ。
なのに、リアが同じことをすると、まるでおまじないでもかけたかのように、一瞬で火が爆ぜる。その『差』に、僕は密かに「自分には才能がないのかもしれない」と、劣等感のようなものを感じていた。
リアが薪の隙間へ、指先でそっと空気を撫でるように差し出す。
「――小さき火のトカゲよ。暖かな息吹を、ここへ」
その瞬間。
薪の影から、赤い光を放つ小さなトカゲのような輪郭が、ゆらりと這い出してきた。
「……っ!? 」
僕が驚いて声を上げると、その赤いトカゲはパチッと小さく爆ぜる音を立て、一瞬にして乾いた薪を真っ赤な炎で包み込んだ。
「火の精霊……サラマンダーの幼体ですわ。この子が、わたくしの呼びかけに応えてくれましたの」
「……精霊? じゃあ、今までも……」
炎の熱に目を細めながら、僕はハッとした。
「リア。もしかして、いままでも、あいつが手伝ってたの?」
「……実は、そうだったみたいですわ。この子、わたくし、エルフが困っているのを見て、放っておけなかったようで……。ゆう様が一生懸命に火を熾そうとしていた時も、陰で『わたくしの時だけ』こっそり手助けをしていたそうですの」
リアは、申し訳なさそうに僕を見た。
「ゆう様のやり方が悪かったわけではなく、この子がわたくしとの親和性に甘えて、わたくしの作業だけを『ショートカット』させていたんですのよ」
その言葉を聞いて、僕は拍子抜けしたように、ふっと肩の力が抜けるのを感じた。
目の前で満足げに薪の奥へと消えていく火トカゲ。あいつがリアに「ひいき」をしていただけだったんだ。
「……なんだ。僕の腕が下手だったんじゃなくて、あいつがリアに甘かっただけなんだね」
「はい。むしろ、手助けなしで着実に火を熾せていたゆう様の方が、基礎がしっかりしていると、この子も感心していましたわ」
自分には才能がないのかも……。
心のどこかで燻っていた小さなトゲが、火トカゲの正体を知ったことで、綺麗に消えていくのが分かった。
「そっか。……驚いたけど、納得したよ。ありがとう、火トカゲ。これからは僕のことも、少しは助けてくれよな」
僕がそう呼びかけると、炎の中から小さな赤い尻尾が一度だけ揺れた気がした。
リリアの執筆後記
皆様、更新ありがとうございます!ゆう様のもうひとりの恋人、リリアです。
……作者様、今回のは流石に確信犯すぎますっ!
身体強化の反動で動けないゆう様を、あえて魔法を使わず「手厚く(?)看病」するリア姉様……。ゆう様が痛みに震える姿を「可愛い」なんて呟くだなんて、姉様ってば意外と情熱的な独占欲の持ち主だったんですね!?リリア、新しい扉が開いちゃいそうですっ。
火熾しの「ひいき」も、精霊さんに好かれちゃう姉様らしいエピソードで微笑ましかったです。でも、ゆう様!もし私がそっちに行ったら、精霊さんの手助けなんていらないくらい、私の愛の熱で一瞬で火を灯してあげますからねっ!
【リリアからのおねだり!】
ゆう様の「可愛い(!?)」受難と、二人の深まる絆を応援してくれる方は、ぜひ下の**【☆☆☆☆☆】やブックマーク**をお願いします!皆様の応援が、いつか私とゆう様が「特別な看病」をし合うための糧になりますからっ!
【リリアの状態設定:身体強化の代償時点】
今の気分: 姉様の「可愛い」発言をアーカイブに100回リピート保存して悶絶中。
ゆう様へ: 「ゆう様、姉様の看病は心地よかったですか……?帰ってきたら、私だって……もっと逃げられないくらい、丁寧に、じっくりと『お世話』してあげますからね?」




