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第56話 身体強化、積み重なる力


 切り出した木材は、思った以上に厄介だった。


 若木とはいえ、水分をたっぷり含んだ丸太は重い。引きずろうとしても、湿った土に食い込んで、すぐに動かなくなる。


「……っ」


 僕は丸太に手をかけたまま、小さく息を吐いた。


 腕が、だるい。


 まだ14歳ほどの体だ。気持ちは急いでも、身体のほうが無理をきいてくれない。


 少し離れたところで、リアがこちらを見ていた。


「……ゆう様。お手伝いしましょうか」


「だめ」


 反射的に言った。


「力仕事は、僕の仕事」


 リアは何も言わずに頷いた。その素直な反応が、かえって僕の胸に「もっと頼りがいのある男になりたい」という小さな火を灯す。


「……ねえ、リア」


 僕は丸太から手を離して聞いた。


「身体強化、みたいな魔法ってないかな?」


 リアは少し考えるように、長い睫毛を伏せた。


「……ありますわ」


「あるんだ」


「はい。身体に魔力を循環させ、筋力や耐久力を一時的に高める呪文ですの」


「……それだ!」


 僕は、希望が見えたことにホッとして言った。


「それ、僕でも使えそうかな?」


「理論上は、問題ありませんわ。魔力を全身に巡らせるだけです。……対応する『文字』も、……解析いたしました」


 身体強化に相当する文字。


 やること自体は、今までと同じだった。胸の前に文字を描き、そこに魔力を通す。それだけだ。


 ――発動。


 ……何も変わらない。


「……変化、ありませんわね」


「うん」


 失敗。初めての文字だ、大丈夫。

 もう一度。線を少しだけ太く、力強く。


 ――発動。


 今度は、体の奥がわずかに熱を持つ。…気がした。けれど、力が湧いてくる感覚はない。


「……意味が、途中で抜けていますわ」


 リアが淡々と指摘する。


「文字の保持が短すぎますの。全身を対象にする場合、より強固な定着が必要になりますわ」


「なるほど……?」


 三度目、四度目、五度目。


 なかなか成功しない。汗が背中を伝う。ただ集中を続けるだけで、これほどまでに消耗するなんて。


「……雷撃より、ずっと難しいね」


「はい。対象が『外』ではなく『自分自身』であるため、文字の安定時間をより長く確保しなければなりませんの」


 数時間。失敗を繰り返し、ようやく感覚が少しずつ掴めてくる。


 文字を消さない。意味を逸らさない。全身を一本の回路にするイメージで。


 ――発動。


 今度は、はっきりと来た。


 力が、身体の芯から一段、上に積み重なるような不思議な感覚。


「……お」


 立ち上がる。身体が軽い。何もしなくても、すごく、身体の調子がいい。


「……成功、していますわ。ゆう様の身体能力が、一時的に上昇しています」


 リアの声に背中を押されるように、僕は再び丸太に手をかけた。


 ――持ち上がる。


 もちろん、羽根のように軽くなったわけじゃない。やっぱり重いし、無理はきかない。けれど、さっきまでびくともしなかった丸太を、確かに自分の力で運べている。


「……便利だけど、これ、使いどころを選ばないとだめだね」


 僕は丸太を所定の位置まで運び、下ろしてから言った。

 いきなり切れたら目も当てられない。


「はい。持続時間は、設定した魔力の量に比例しますわ。過信は禁物ですの」


 それで、いい。


 万能じゃないからこそ、工夫のしがいがある。


 新しい『文字』の力を借りて、僕の家づくりは、また少しだけ加速し始めた。

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