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第54話 切断の文字、柱を穿つ


 そろそろ、家をもう少しちゃんとしたものにしよう。


 そう思ったのは、春の雨が続いた日のことだった。


 壁の土は持ちこたえているし、屋根も今のところ問題はない。けれど。


「……狭いね」


 ぽつりと、口をついた。


「はい」


 リアも否定しない。


「このままでは、物が増えた際に動線が確保できませんわ」


「だよね」


 だから――木だ。


 柱をもう少ししっかりしたものにする。梁も、細木では限界がある。


 そう考えて、僕は石の斧を握った。


 ――数時間後。


 息が荒い。腕が笑っている。


 木の幹には、浅い傷が無数に残っているだけだ。倒れる気配は、まるでない。


「……」


 斧を下ろす。立っているだけで、肩が重い。


「……大変そうですわね」


 リアが、少し心配そうに言う。


「うん……正直、家一軒分は無理だね、これ」


 原始的な道具で、原始的なことをする。理屈では分かっていた。でも、やってみて初めて分かることもある。


「……リア」


 息を整えながら、聞いた。


「何か、いい魔法とかないかな」


 リアは、すぐには答えなかった。少し考え、首を傾げる。


「木に関係する精霊は存在しますわ。……ドライアド、ですわね」


「木の成長を促したりする精霊かな?」


「はい。ですが、木を“切る”用途には適していませんわ」


「そうかー」


 成長させる、絡める。今欲しいのは、その逆だ。


 しばらく、沈黙。風が葉を揺らす。


「……何か、他にないかな」


 僕が言い直すと、リアは少し考えた。


「……木材加工であれば。文字を使う呪文体系の中に、『切断』に相当するものがありますわ」


「切断……」


「発動し、対象に触れることで斬撃として作用します。初期出力であれば、鉄の斧を一度振るった程度ですわ」


 僕は自分の石の斧を見る。


「……それなら、今よりはだいぶ楽だね」


「はい。使用文字は『切断』『威力』『発動』」


 リアが木の枝で地面に文字を書き出す。


 木を切るための。それ以上でも、それ以下でもない。ただの、使えそうな手段。


 『切断』に相当する文字。


 やること自体は、雷撃の時と変わらない。目の前に意識を集め、魔力を流し、文字の形を保ったまま定着させる。違うのは、文字に込める意味だけだ。


 木の幹に手を当てる。空中に、淡い光で文字を描く。


 ――発動。


 けれど。木の表面に、細い傷が一本走っただけだった。


「……浅いですわね」


「うん」


 失敗だが、原因は分かる。文字の角が、わずかに丸かった。


「線の終端が少し崩れていますわ」


 リアが、淡々と指摘する。


「意味は合っていますが、形が『切断』として成立していませんの」


「なるほど……」


 もう一度。今度は角を意識する。線を短く、鋭く。


 一画目、二画目、三画目、……


 ――発動。


 ぱき、と。今度ははっきりとした切れ目が入った。だが、途中で止まる。


「……途中で意味が曖昧になっていますわ」


「魔力、ちゃんと流してるつもりなんだけどな」


「流れてはいます。ただ、文字の保持が最後までできていませんの」


 雷撃の時も同じだった。意味が揺れた瞬間、効果が弱まる。


 三回目、四回目、五回目。


 成功は二回。どれも斧を一度振るった程度。でも。


「……これ」


 僕は切れ目を見て言った。


「ちゃんと、同じ深さだ」


「はい。文字が正確であれば、結果も安定しますわ」


 次の日、失敗は減った。文字の形を、考えなくても描けるようになる。


 さらに次の日。ほぼ、狙った位置で切れるようになった。


「……雷撃の時より、早いですわね」


「うん」


「魔力操作の基礎は既に習得していますもの。新しい文字の場合でも、必要なのは“意味と形の精度”だけですわ」


「……じゃあ、これから先、新しい文字を覚えるのも早くなりそうだね」


「はい。その可能性は高いですわ」


 切断の文字は、まだ完璧ではない。


 それでも、石の斧に頼る時間は確実に減っていた。

 家をちゃんとしたものにする。そのための手段がまた一つ増えた、ただそれだけのこと。

 けれどその一歩が、僕にはたまらなく心強かった。

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