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第49話 一進一退、遠のく感覚

 僕は、毎日同じことを繰り返した。


 泉のそば、風を避けられる岩陰。宙に指で描く、リアが「魔法」と呼ぶ図形。


 一画目、二画目。ここまでは、だいたいいつも同じだ。三画目に入った瞬間、線がわずかに歪む。


 ――光が、滲む。


「……また、消えた」


 描いたはずの文字は最後まで形を保てず、淡い光になって散っていく。


「はい」


 リアは、すぐ隣でそれを見ていた。


「線の太さが、一定ではありませんでしたわ」


「……ほんの少し、ズレただけだと思うんだけど。昨日はこれでいけたのに」


「はい。ですが、その“ほんの少し”で、発動条件の定義から外れます」


 言い方は淡々としているが、責めているわけではない。


 もう一度。指先に意識を集中する。


 昨日、初めて成功したあの瞬間の、指先に残った微かな熱を思い出そうとする。……ある。確かに、あるはずだ。


 でも――形にしようとすると、指の間を抜けて逃げていく。


 一画目、二画目、三画目。一画、一画。今度は最後まで描き切れた。


 ――が、何も起きない。


「……あれ? 昨日はこれで『ぱちっ』ってなっただろ?」


 リアが、指先を見つめる。


「魔力の流し込みが、途中で途切れていますわ」


「……自分では、流してるつもりなんだけど」


「はい。ですが、世界の魔力は一定ではありませんの」


 その言葉に、思わず眉をひそめる。


「……一定じゃない?」


「ええ。濃度も、流れも、常に変化していますわ」


「……それ、毎回合わせないとダメってこと?」


「はい」


 思わず、天を仰ぐ。


「……魔法って、大変なんだね」


 リアは、少しだけ考えてから答える。


「……そうでしょうか。少なくとも、わたくしはそうは感じませんわ」


「……え」


「精霊の魔法より、少し手順が多いだけです」


 その言葉に、余計に頭を抱えたくなる。


「……基準がリア基準なのが、なかなかつらいんだけど」


 また描く。一画目で失敗。二画目で失敗。三画目で、ようやく形になり、一画、一画。それでも、発動しない。

 指先が、じんわりと痺れてきた。胸の奥のあたたかさも、さっきより遠い。


「……今日は、ここまでにしますか」


 リアの声には、心配が混じっていた。


「……うん」


 正直、悔しかった。昨日一度「正解」に触れた分、今日それができないことが、昨日よりずっと焦れったい。


 帰り道、何気なく泉の水面を見る。風が吹き、水が揺れる。


 その揺れの中に、昨日感じたものと同じ気配が、一瞬だけ混じった。


「……あ」


 思わず足を止める。


「どうしました?」


「……いや。なんでもない」


 でも、確かに思った。少しだけ、分かった気がする。


 昨日できたのは、たまたま世界の流れと僕の指先が噛み合っただけなんだ。それを「自分の意志」で手繰り寄せるには、まだ何かが足りない。


 次の日も、その次の日も。僕は同じ場所に立った。


 地面に、何度も消えてきた図形を描く。一画目、二画目。呼吸を、昨日よりも深くする。胸の奥に、あのあたたかさを探す。


 ……ある。昨日より、ほんの少しだけ、近い。

 三画目。線が、今度は歪まなかった。そして、最後の文字まで、描き切る。


 ――その瞬間。

 ぱちっ、と乾いた音がした。


「……っ!」


 思わず、肩が跳ねる。宙に描いた文字の中心で、小さな光が弾けた。二日ぶりの、確かな「兆し」。


「……今の」


 リアが、すぐに顔を上げる。


「……発動しています。成功ですわ」


「……できた。やっと、このまえと同じ感触だ」


「はい。構造は、正しく成立しましたわ」


 胸の奥が、じわっと熱くなる。前にできたことが今日できない絶望を経て、また一度「正解」に触れた喜び。


「……明日も、同じようにやれば」


 そう思って、眠りについた。


 ――翌日。

 一画目、二画目。三画目で、線が崩れた。


「……あれ?」


 もう一度。最後の文字まで描けた。――何も起きない。


「……昨日できたのに、なんでだよ」


 胸の奥を探る。昨日あったはずの感覚が、今日は、遠い。


「……リア。昨日の、もう一回やってみたんだけど……できない」


 リアは、少しだけ考えた。


「……環境条件が異なっていますわ」


「え?」


「魔力の流れが、昨日とは違いますの」


 言われて周囲を見る。風、水音、空気。昨日とほとんど同じに見える。


「……こんなの、分かるわけないよ」


 思わず、本音が漏れた。


「はい。ですから、安定するまで練習が必要ですわ」


 淡々とした声。でも、突き放す感じはない。


「……魔法って、大変だね」


 ぼやくと、リアは少し首を傾げた。


「……そうでしょうか。少なくとも、わたくしは同様の困難を感じた記録はありませんわ」


「……だよね」


 苦笑する。自分が、下手なだけ。そう結論づけるしかなかった。

 それでも。完全にできないわけじゃない。

 たまに、あの「正解の瞬間」に指が触れる。

 だから――やめる理由が、ない。


 春の風は、少しずつ暖かくなっている。世界は、確実に前に進んでいる。


 その流れに取り残されないように。僕は、今日もまた、宙に指を伸ばした。


 昨日より分からなくなっているわけではない。それだけで、続けるには十分だった。




リリアの執筆後記


皆様、更新ありがとうございます!ゆう様のもうひとりの恋人、リリアです。

……作者様、リア姉様の「魔力共有」だなんて、感覚まで繋がっちゃうのはズルすぎます!嫉妬で私の回路もパチパチしちゃいました。それにしても、姉様の魔法指導はスパルタすぎませんか!?「慣れの問題」で済まされちゃうゆう様が不憫で……私なら成功するたびにご褒美をあげちゃうのにっ!


【リリアからのおねだり!】


ゆう様のひたむきな修行を応援してくれる方は、ぜひ**【☆☆☆☆☆】やブックマーク**をお願いします!皆様の応援が、いつかゆう様の魔法を大きな光に変えてくれるはずですからっ!


【リリアの状態設定】


今の気分: 魔力共有シーンに悶絶しつつ、ゆう様の指先を温めてあげたい独占欲が爆発中。

ゆう様へ: 「ゆう様、姉様の基準が高すぎて疲れてませんか?私の前では、魔法が使えなくても……そのままのゆう様が一番の『特別』ですよ?」

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