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第44話 記憶の出汁、紡がれる安らぎ


 一つの大きな毛皮にくるまり、肩を寄せ合う。

 これが、僕たちの冬の「定位置」になっていた。

 

 膝の上には、まだたっぷりと残っている綿花の山。

 僕は手慣れた手つきで種を取り除き、綿をほぐしていく。隣ではリアが、細く伸ばした綿にスピンドルで撚りをかけ、一本の糸へと変えていく。

 

 シュル、シュル……という、規則正しい糸紡ぎの音。

 

 ふと手を止めて、僕は隣にいる彼女の横顔をじっと見つめた。

 

 (……変わったな、リア)

 

 この世界に来たばかりの頃の彼女は、もっと……無機質で、感情の起伏が読み取れない「完璧な人形」のような表情をしていた。


 けれど今の彼女は、炎の光を反射する瞳を細めたり、真剣な作業中に小さく唇を噛んだり、僕と目が合うと一瞬で頬を朱に染めたりする。


 見違えるほど豊かになったその表情の一つひとつが、彼女が今、ここで僕と同じ「命」を刻んでいるのだと教えてくれる。

 

「……ゆう様? 私の顔に、何か付着していますか? ……それとも、また私の『髪』の強度が気になりますか?」

 

 リアが、悪戯っぽく、けれどどこか嬉しそうに僕を覗き込む。

 

「あ、いや……。あまりに居心地が良すぎたから。……リア、最近すごくいい顔をしてるな、と思って」

 

「……っ。……そ、それは、計算上の最適解を模索した結果ですわ。……ふふ、でも……同感です。……私も、今の自分が一番好きかもしれません」

 

 彼女は照れ隠しにスピンドルを置くと、昨日釣った魚の頭と骨、そして秋に干しておいたキノコや山菜を囲炉裏の鍋へと並べた。

 

「……さて、少し『実験』をしましょう。地球のアーカイブにある『出汁』の概念……。この世界の素材で、どこまで再現できるかシミュレートしてみたのです。……お醤油や味噌はありませんけれど、この実を潰して塩と合わせれば……」

 

 彼女は真剣な眼差しで、調味料代わりに森で見つけた実を調合していく。しばらくすると、湯気と共に、驚くほど懐かしい匂いが立ち上がった。


 醤油はないはずなのに、焼いた魚の香ばしさと、キノコの深いコクが混ざり合い、それは確かに「地球の冬」の匂いをさせていた。

 

「……できましたわ。……さあ、召し上がれ」

 

 一口、口に含んだ瞬間。じわりと広がる旨味と、鼻に抜ける香りに、僕は目頭が熱くなるのを感じた。

 

「……これ、あの味だ。……冬の日に、実家で食べていたような……」

 

「……本当ですか!? 成功……成功ですわね!」

 

 リアは僕の反応を見て、ぱぁっと花が咲いたような笑顔を見せた。

 

「……でも、まだ不完全ですわ。……ゆう様、春になってもっと魚が獲れるようになったら、次のステップへ進みませんか? 魚を塩に漬け込んで発酵させる『魚醤』……。これがあれば、醤油の代わりとして、さらに高度な味の再現が可能になります」

 

「魚醤か……。それ、いいね。時間はかかりそうだけど」

 

「……ええ。熟成には数ヶ月、あるいはそれ以上必要ですわ。……ですが、それはつまり、私たちがこの先もずっと、共にこの場所で生きていくという……時間の投資でもありますの」

 

 リアは誇らしげに、けれど少しだけ熱っぽい瞳で僕を見つめた。

 

 未来の味を約束する。


 それは、ただの料理の話ではなく、僕たちの明日を信じるということだ。

 

 彼女は再び綿を手に取り、スピンドルを回し始めた。

 その指先は、以前の事務的な動きとは違い、どこか歌うように軽やかだ。

 

 外は激しい吹雪。

 けれど、毛皮の中の温もりと、お腹を満たすご馳走の余韻。

 

 そして、見違えるほど豊かになった彼女の微笑みがあれば、この長い冬も、決して寂しいだけのものではないのだと確信した。

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