第42話 銀の糸、氷の下の鼓動
冬の食卓に、変化が欲しかった。
干し肉と蓄えた実だけではない、生の、瑞々しい命の味が。
僕は泉の氷の上に立ち、隣に座るリアの長い髪をじっと見つめた。
「……リア。その髪を、三本ほど貸してくれないか」
「……えっ? 私の、髪を……?」
リアの肩が、目に見えて大きく跳ねた。
いつもは冷静な彼女が、まるで雷にでも打たれたように、大きな瞳を激しく揺らしている。
その視線は、何かを強く期待するように潤み、同時に何かを恐れるように激しく瞬いていた。
「綿の糸じゃ水が凍って上手くいかないんだ。……リアの髪なら、強くて、しなやかで、水も弾く。最高の釣り糸になると思って」
「…………」
一瞬の、奇妙な沈黙。
リアは、口を半端に開けたまま、まるで石像にでもなったかのように固まっていた。
やがて、彼女はどこか魂の抜けたような、それでいて深い失望を隠しきれない、なんとも言えない表情で僕を見返した。
「……あ、……ええ。……釣り、のためですわね。もちろんですわ。……生存に必要な、食料調達……。極めて合理的ですわ。……ええ、それ以外に、何があるというのでしょう」
どこか自分に言い聞かせるような、力のない声。
(……なんだろう、今の反応)
僕は、彼女から一房の銀髪を受け取りながら、猛烈な違和感に襲われた。
あんなに顔を赤くして、何かを覚悟したような顔をしていたのに、今の彼女は、まるで氷点下の泉よりも冷え切ったような、虚無の微笑みを浮かべている。
僕、何か変なこと言ったかな。
「髪を貸して」という言葉に、僕の知らない別の意味でもあるんだろうか。
僕は首を傾げながらも、三本の髪を丁寧に編み込み、一本の細く、強靭な「銀の糸」を作った。
その先には、ウサギの骨を削り出した小さな鉤を。
氷の掘削は重労働だった。
平らな石を焚き火で熱し、氷の上に置いて少しずつ溶かす。窪みができたら石器で慎重に叩き、また熱する。
ようやく開いた拳ほどの穴から、黒い水面が顔を出した。
「……準備、整いましたわ。……来ますでしょうか」
「……さあね。でも、この糸ならきっと大丈夫だ」
僕たちは一つの毛皮を肩から被り、氷の上にウサギの毛皮を1枚置き、座り込んだ。
穴に垂らされた銀の糸。
その先にあるはずの、見えない世界。
極寒の静寂の中、僕たちは息を潜めて、糸を持つ僕の指先に全神経を集中させる。
隣では、リアが僕の腕をぎゅっと掴んでいた。
震えるのは、寒さのせいか、それとも期待のせいか。
「…………っ、来た!」
指先に、鋭い衝撃。
僕は慎重に、けれど力強く、リアの髪をたぐり寄せた。
氷の穴から飛び出したのは、銀色の鱗を煌めかせた、一匹の力強い魚だった。
「……やりましたわ! 私の……私たちの、勝利です!」
跳ねる魚を前に、リアが子供のように声を上げて喜ぶ。
その眩しい笑顔を見て、僕は先ほどの違和感を、ひとまず心の隅へと追いやった。
けれど、魚を釣り上げた「銀の糸」を巻き取るたびに。
彼女の指先が、僕の手に触れるたびに。
あの瞬間に彼女が見せた、あの「なんとも言えない顔」が、冬の星空の下で、いつまでも僕の胸に引っかかり続けていた。




