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第39話 氷上の冒険、精霊の落とし物


 数日間の猛吹雪が去り、世界は透き通るような静寂に包まれていた。

 

 僕たちは、飲み水を確保している森の泉へと向かった。


 けれど、そこに広がっていたのは、いつもの水面ではなく、厚く、青白く硬直した巨大な鏡だった。


「……完全に、凍っていますわね。厚さは……検索による推測ですが、人間一人の体重を支えるには十分な強度があるはずです」


 リアが慎重に、泉の縁に爪先を立てて確認する。

 僕たちは、泉の中央に浮かぶ小さな島の、あの若木の様子を見に行くことにした。

 

 一歩、足を踏み出す。

 ミシリ、という低い音が氷の底から響き、心臓が跳ねる。

 僕はリアの手をしっかりと握り、慎重に、一歩ずつ氷の上を滑るように進んだ。


「……大丈夫。信じて、ゆっくり」


「……はい。あなたの足跡を、なぞりますわ」


 リアの指先に力がこもる。

 氷の下には、気泡が花のように閉じ込められ、深い青色がどこまでも続いている。

 

 ようやく島に辿り着くと、そこには雪を被りながらも、じっと耐える若木の姿があった。

 枝の先には、小さく硬い芽が、春を待つ準備を整えている。


「……生きてるね。この寒さの中でも、ちゃんと」


「……ええ。生命の維持に必要なエネルギーを最小限に抑え、耐えています。……私たちと、同じですわね」


 リアが愛おしそうに、若木の細い幹を指先で撫でた。


 厳しい冬の真っ只中。けれど、この島だけは時の流れが止まったような、不思議な安らぎに満ちていた。


「……さて。無事を確認できたし、そろそろ帰ろうか」


 僕は満足して、泉の岸辺へ向けて歩き出そうとした。


 ふと、足元の分厚い氷の層を見つめ、僕は冗談めかして口を開いた。


「……そういえばさ。ここの泉の精霊さん、これじゃあ外に出てこれないよね。……うっかり飛び出そうとしたら、頭が氷にゴン!って当たっちゃうし」


「……え?」


 リアが面食らったように声を上げた、その瞬間だった。

 

 ドサササッ!!

 

 僕たちが立っていた真上の、古木の枝に積もっていた大量の雪が、まるで狙い澄ましたかのように僕の頭上に降り注いだ。


「……わっ!? 冷たっ……!!」


 一瞬で視界が真っ白になり、首筋に氷の粒が滑り込む。


 僕は雪だるまのような姿で、その場に棒立ちになった。

 

 周囲に風はない。他の枝の雪は、微動だにしていない。

 

「…………」


 僕は憮然として、頭の上の雪を払い落とした。

 

「……今の、絶対にわざとだよね。精霊さん、聞いてたのかな……」


 僕のぼやきを聞いて、リアはしばらくの間、呆然と僕を見つめていた。

 

 やがて、彼女の肩が小さく震え始める。


「……ふふ。……あはは! ……『不敬な言動は控えるべき』だと、検索するまでもありませんでしたわね」

 

 彼女はくすくすと笑いながら、僕の顔に付いた雪を、冷たいはずの手で優しく拭ってくれた。

 

 怒っているはずの僕も、彼女の弾けるような笑顔を見ていたら、なんだかおかしくなってしまった。

 

 見えない精霊にまで笑われているような、騒がしくて温かな冬の午後。

 

 僕たちは再び手を繋ぎ、氷の鏡の上を、今度は笑い声を響かせながら滑るようにして帰路についた。


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