第35話 銀世界の足跡、白き双眸
目が覚めると、世界は音を失っていた。
昨夜のうちに降り積もった新雪が、小屋の周りを完璧な銀世界へと変えている。
僕はリアを誘い、まだ誰も足を踏み入れていないその輝きの中へ、最初の一歩を踏み出した。
「……眩しいですわね。検索した画像データよりも、ずっと」
リアが、目を細めて雪原を見渡す。
僕はわざと歩幅を大きくして、ふかふかの雪を沈ませながら進んだ。
ふと振り返ると、リアが僕の付けた大きな足跡を、一つ一つ丁寧になぞるように歩いている。
「……どうしたの?」
「……こうすれば、迷わずに済みますわ。それに、あなたの歩いた場所なら、底に何があるか分かって安全ですから」
少しだけ俯きながら、彼女が呟く。
普段は僕を導くような理知的な彼女が、物理的な一歩を僕に預けている。その事実に、僕の胸は少しだけ誇らしく、そして甘い痛みを感じた。
「……あ、見て。あそこに何かある」
雪の盛り上がりをそっと払うと、氷に閉じ込められたような赤い野いちごの実が顔を出した。
僕はそれを二つ摘み取り、一つをリアの唇に運ぶ。
「……冷たいですけれど。……甘いですわ」
シャリ、と小さな音を立てて実を噛むリア。
凍った実の赤色が、彼女の白い唇にほんのりと移り、冬の寒さの中でそこだけが熱を帯びているように見えた。
見つめ合う僕たちの間には、白く混ざり合う吐息が漂う。
「……私たちの吐息、境目が分かりませんわね。温度差が生む、ただの結露現象のはずなのに……こうして混ざり合っていると、なんだか不思議な感覚ですわ」
彼女の声が、いつもより少しだけ柔らかい。
僕は、彼女の冷えた指先をそっと包み込んだ。
その時。
前方の大きな木の影から、微かな雪の跳ねる音が聞こえた。
僕はとっさにリアの肩を抱き寄せ、大きな古木の陰に身を隠した。
「……静かに。あそこを見て」
僕の腕の中で、リアが息を呑むのが分かった。
雪原の真ん中。
光を弾くほど真っ白な毛並みを持った、二匹のキツネがいた。
彼らは互いの体をぶつけ合い、雪を散らしながら楽しそうに戯れている。
高く跳ね、尻尾を振り、時折鼻先を寄せ合って確認し合う。
厳しい冬の真っ只中。
けれど、そこには凍てつく寒さなど忘れたような、純粋な生命の喜びが溢れていた。
「……番、でしょうか。楽しそうですわね」
リアの囁きが、僕の胸元に触れる。
二匹のキツネが、雪を蹴って遠くへ駆けていくまで、僕たちは動けなかった。
抱き寄せた肩の熱。重なり合う吐息。
不揃いな足跡を繋いできた僕たちも、あのキツネたちのように、この白い世界で確かに生きている。
外は昨日よりも冷え込んでいるはずなのに。
繋いだ手のひらから伝わってくる温度だけが、春よりもずっと近くに感じられた。




