第27話 命の計算、凍える前の収穫
夜が明け、焚き火の跡から取り出した土器は、いくつかが割れていたけれど、半分以上は赤茶色の硬い「器」として生き残った。
煤で汚れたそれを泉の水で洗うと、不格好ながらも確かな重みが手に伝わる。これでようやく、食料を保管するための道具が揃った。
鹿たちが朝の出発のために立ち上がった。
昨晩、轟々と燃える火を見守っていた僕たちを横目で見て、雄鹿は去り際に、もう一度だけ不満そうに「フンッ」と鼻を鳴らした。
それはまるで、「煩くて安眠妨害だったぞ」という最後の一言のようだったけれど、彼らがこの場所を去らずにいてくれたことが、何よりも嬉しかった。
「……計算を更新しました。ゆう様、現在の備蓄量では、120日の冬を越すにはまだカロリーが35%不足していますわ」
リアは新しい土器を前に、真剣な顔で指を折っていた。
「……あと、そうですね。この土器にして、あと三十杯分は木の実が必要ですわ」
「……三十杯!? まだそんなにあるの……。毎日泥だらけで働いてるのに、終わりが見えない……」
僕は思わず、洗いたての土器を見つめて肩を落とした。
粘土掘りに薪集め、それだけでもう全身の節々が痛む。
「……贅沢は言っていられませんわ。もし雪が深く積もれば、一歩も外に出られなくなります。……さあ、ゆう様。これが最後の大仕事です。……がんばりましょう?」
リアが少し首を傾げて、僕の顔を覗き込む。
その真っ直ぐな瞳に見つめられると、僕は結局「……ああ、わかったよ。がんばるしかないか」と、折れかけた気力を振り絞るしかなかった。
作業は分担制になった。
僕は川へ向かい、仕掛けていた筌から数匹の魚を引き上げた。
手に入れたばかりの岩塩を使い、魚の腹を割いて塩を詰め、土器の中へと並べていく。
森ではリアが、エプロン代わりの布いっぱいに栗やどんぐりを詰め込んで戻ってきた。
「……ゆう様、見てください。あの方からの贈り物ですわ」
リアが指差した先、拠点の入り口に、一羽の大きな鷲が獲物を落として飛び去っていくのが見えた。地面には、まだ温かい野生のウサギが一羽。
「……助かるな。これ、すぐ処理して塩漬けにするよ」
「お願いしますわ。……あ、ゆう様、その前に。……背中に、大きな葉っぱがついていますわよ。……じっとしていてくださいな」
リアが背後に回り、僕の服を叩く。
ふわりと、彼女の匂いが鼻を掠めた。
森の冷気と、作業で高揚した彼女の体温が混ざり合った、甘くて少し切ない匂い。
「……あ、ありがとう。……もういいよ、作業に戻るから」
「……ゆう様? 最近、私を避けていらっしゃいませんか? 私、何か不快なエラーを吐き出しましたでしょうか。……それとも、私の『肉体』に何か不具合が?」
「……違うんだ。……違わないけど……とにかく、冬が来るんだから急がないと! ほら、薪ももっと集めなきゃだろ!」
僕は真っ赤な顔をして、ウサギの解体に取り掛かった。
リアは首をかしげながらも、また計算を再開する。
「……明後日から、天候が崩れます。……おそらく、それが冬の始まりの合図。……ゆう様、薪を。積み上げられるだけ、すべてを詰め込みましょう」
僕たちは泥にまみれ、魚の鱗にまみれ、死に物狂いで動いた。
リアが弾き出す数字と、肌に触れる空気の鋭さだけは、信じることができた。
その日の夕暮れ、僕たちは山のように積み上がった薪と、食料の詰まった土器を見渡した。
「……準備は、概ね整いましたわ。……あとは、この冬を迎え撃つだけです」
「……ああ。……生き残ろう、二人で」
遠くで、冬を告げる風が森を揺らす音が聞こえた。
明日には、すべてが白く染まっているかもしれない。
けれど、僕たちの手の中には、確かに明日を繋ぐための「熱」が蓄えられていた。




