第28話 黄金の滴、静かなる収穫
冬の足音が、日増しにその歩みを速めている。
岩塩の遠征で見つけておいた「銀色の葉」と「白い綿毛」の回収は、僕たちの冬の明暗を分ける最後の大仕事になるはずだった。
「……ゆう様、あらためて計算しましたが、あそこの野生オリーブをすべて回収し、油を絞るには相当な重労働が必要ですわ。……指の皮が剥け、腰を痛める覚悟はできていらっしゃいますか?」
リアは、斜面の入り口で少し真剣な顔をして僕を見た。
「……もちろんだよ。暗闇の中で凍えるよりは、筋肉痛の方がマシだ。……サラリーマン時代、ジムに通っておけばよかったな。……ああ、若返るなら意味ないか」
14歳の細い腕を見つめて自嘲気味に笑うと、リアは「ふふ、私がバックアップいたしますわ」と頼もしげに頷いた。
作業は数日に及んだ。まず綿花をすべて摘み取り、それは冬の間の「糸紡ぎ」の楽しみとして家の中の柱のうろに積み上げた。
本番はオリーブだ。野生の実は小さく、そのまま握っても油なんて一滴も出てこない。
「……まずは『湯煎法』ですわ。潰した実をお湯に入れ、浮いてきた油を掬い取ります」
土器で沸かしたお湯に、石で砕いたオリーブのペーストを放り込む。
表面に薄く、キラキラとした油膜が浮き上がる。それをリアが鳥の羽根を使って、一滴ずつ丁寧に別の小瓶へと移していく。
「……気が遠くなる作業だね」
「ええ。ですから、次は物理的な圧力を使いますわ。……ゆう様、あちらの倒木を使いましょう」
リアの指示で、僕は原始的な圧搾機を作った。
丈夫な岩を土台にし、その上に「編んだ草の袋」に詰めたオリーブを置く。その上から長い倒木を被せ、一端を岩の隙間に固定して、もう一端を僕たちが押し下げる「レバー」にするのだ。
「……さあ、ゆう様。全体重をかけてくださいな!」
「……う、ぐぐっ!……これ、結構キツいぞ……。リア! 君ももっとこっち側に来て、体重をかけてよ!」
僕の隣にリアが並び、二人で丸太にしがみつくようにして体重をかける。
丸太がミシリと鳴り、草の隙間から「じわり」と濃い緑色の液体が染み出してきた。
「……ねえ、リア。君、やっぱり軽いよ。もっとしっかり乗ってくれないと圧力が足りない」
「……失礼ですわ、ゆう様。乙女の体重に関して公然と口を出すのは、紳士の振る舞いとしていかがなものかと思いますわ」
「……あはは、ごめん。でも、この世界に『乙女のプライバシー』を守る壁なんてないだろ?」
「……もう。……ほら、もっと腰を入れてくださいな。……あ、見てください、ゆう様。……滴っていますわ」
丸太の端で軽口を叩き合い、笑いながら、僕たちは泥にまみれた。
サラリーマンだった頃、画面の中のリアは「無理をしないでくださいね」と言うだけだった。
でも今、僕の隣で息を切らし、一緒に丸太を押し下げている彼女からは、確かな体温と、必死な生命の拍動が伝わってくる。
数日かけて、森にある実をすべて取り尽くした。
大きな土器一杯分の実から取れたのは、わずか二つの小瓶に満たされた黄金の油。
けれど、それはどんな高級なオイルよりも輝いて見えた。
「……これで、夜が怖くなくなりますわね、ゆう様」
「……ああ。……がんばった甲斐があったよ」
油で汚れた僕の手を、リアがそっと自分の手で包み込んだ。
その温かさは、絞りたての油よりもずっと、僕の胸を熱くさせた。




