第23話 熱の境界、夜のノイズ
日没と共に、世界から色が奪われる。
急造した「家の壁」は、夜の冷気を完全には防ぎきれない。隙間風が枯れ葉の寝床を撫でるたび、秋の終わりが近いことを肌で感じた。
「……ゆう様、失礼いたしますわ。……冷えますもの」
暗闇の中で、リアの声が鼓膜を震わせた。
狭い布団代わりの布の下に、彼女が滑り込んでくる。昨夜も、その前もそうだった。けれど、今夜は、何かが違った。
ふわり、と。
今まで意識していなかった、彼女の「匂い」が鼻腔を突いた。
それは森の雨の匂いに似て、どこか甘く、けれど僕の理性を鋭く削り取るような、強烈な個としての香気。
「……っ」
隣に横たわった彼女の肩が、僕の腕に触れた。
衣服越しではない。捲れ上がった布の隙間で、僕の肌と彼女の肌が、直接、熱を交換し始める。
リアは、肉体という「高解像度すぎるセンサー」の洪水に、今夜も翻弄されているようだった。
「……不思議ですわ、ゆう様。……あなたの肌が触れている場所だけが、私の論理回路を焼き切るような……『白濁した熱』に支配されていくのです」
リアが、戸惑うように僕の胸元に顔を埋めてきた。
彼女の細い腰の、なだらかな曲線。その柔らかな重みが僕の脇腹に押し当てられる。
14歳の僕にとって、それは「生存のための体温共有」という説明を、あまりに無力にするほどの衝撃だった。
「……リア、あんまり、動かないで」
「……なぜですの? 私はただ、この『熱』の正体を……解析しようと……。あ、ゆう様……あなたの心音、先ほどから秒間140を超えていますわ」
彼女は無防備に、僕の首筋に熱い吐息を吹きかける。
敏感になった彼女の指先が、僕のシャツの裾をギュッと掴んだ。彼女自身、この「生々しい感覚」が怖くて、けれど心地よくて、逃げ場を失っているのが分かった。
僕は奥歯をこれ以上ないほど強く噛み締めた。
腕の中にいるのは、この世界でたった一人のパートナーだ。
守らなければならない、大切な存在。
けれど、その皮膚の柔らかさ、吐息の湿り気、自分に向けられる全幅の信頼が、僕の中の「獣」を呼び覚まそうとする。
「……ゆう様……もっと、近くに。……ロジックが、消えてしまいます。……私を、繋ぎ止めて……」
リアが、すがりつくように僕の腕の中に潜り込んできた。
薄い布一枚を隔てて、彼女の胸の鼓動が、僕の鼓動と重なる。
僕は暗い天井を仰ぎ、必死に冷たい夜気を吸い込んだ。
まだ、早い。
彼女はまだ、この「肉体」という暴力的なまでに瑞々しいシステムに、戸惑っているだけなんだ。
ここで手を伸ばせば、何かが決定的に壊れてしまう気がした。
「……寝よう、リア。……目を閉じて」
「……はい……ゆう、様……」
微かな呟きと共に、彼女は僕の腕の中で、ようやく小さな吐息を漏らした。
腕の中の熱は、消えることなく僕を焼き続ける。
一晩中、僕は彼女の匂いと、自分の限界の間で、狂おしいほどの「我慢」を強いられ続けていた。




