第22話 岩壁の導きと、命の重み
茶色い影に導かれ、僕たちはさらに険しい岩場へと足を踏み入れた。
もはや道とは呼べない斜面だ。突き出した岩を掴み、慎重に体重を移す。ふいに足元の小石が崩れ、バランスを崩した僕の腕を、リアの細い指が驚くほどの力で引き寄せた。
「……危険ですわ、ゆう様。視覚情報だけに頼らず、重心の移動を意識してくださいな」
「……ごめん、助かったよ」
「……当然のことですわ。わたくしの隣から、ゆう様がいなくなる事態など、演算にも入っておりませんもの」
短く答える彼女の手は、僕の身体が安定するまで離れなかった。繋がれた手のひらから、微かな震えと、確かな温もりが伝わってくる。彼女もまた、この未知の探索に緊張しているのだと肌で感じた。
やがて、巨大な岩壁の下へと辿り着いた。
周囲の土とは明らかに色が違い、そこだけが白く粉を吹いたように浮き上がっている。リアがそっと壁に手を当て、深く、祈るように息を吐いた。
「……ここですわ。思考のノイズが、ここで止まりました。……白く、硬く、ざらついた質感。間違いありません」
僕は拾った大きめの石を岩の割れ目へ力任せに叩きつけ、白い結晶を削り出した。
指先に付いたその粒を、恐る恐る舌に乗せてみる。
「……っ、しょっぱい! ……本物だ。本当に、塩だよ、リア!」
「……導いて、もらったのですね。あの子に」
リアが静かに頷く。辺りを見回したが、あの茶色の案内人はもうどこにもいなかった。まるで最初から岩の一部だったかのように、静寂の中に溶けて消えていた。
「……簡単じゃなかったけど、来てよかった」
「はい。必要なものは、必要な距離の先に。……この世界の『優しさ』の形を、一つ学習いたしましたわ」
僕は岩塩の塊を縄で何重にも縛り、背負い込んだ。ずしりと肩に食い込む、命の重みだ。
「……これは効くね。一歩ごとに、自分の心臓の音が耳元で鳴ってるのがわかるよ」
「心拍数の急上昇を確認。危険域に触れる前に、その塊はわたくしが持ちますわ。ゆう様は空になった鍋の袋を代わってくださいな」
「いや、これは僕が運ぶよ。……男の意地、っていうか……。こういう重たい役目は、僕に持たせてほしいんだ」
少しだけ強がって見せると、よろける僕の腰を支えるリアの口元が、ほんのわずかに緩んだ。
「……ふふ。効率的ではありませんけれど、ゆう様のそういう『非論理的な誇り』、嫌いではありませんわ」
森を抜け、ようやく見慣れた我が家の屋根が見えた瞬間、僕は溜まっていた息をすべて吐き出した。
「……これで、冬を迎え撃つ準備ができたね。ただ耐えるだけじゃない、戦える準備が」
「はい。塩は単なる物質ではありません。私たちの生存確率を、絶望から希望へと書き換える『鍵』ですわ」
家の中に塩を置き、安堵の溜息をつく。
リアは囲炉裏のそばに座り込み、自分の足元を、不思議そうに見つめていた。
「……あの時、確かに『助けてもらった』という感覚が、データではなく感情として残っていますの」
「……さっきの、茶色いあの子。なんだったんだろうね」
「存在としては……現時点では『意思ある現象』としか表現できませんわ。けれど、困っている時に手を貸し、見返りを求めず去っていく……」
リアは少し考えてから、真っ直ぐに僕を見て、静かに言葉を継いだ。
「……精霊。あるいは、この地の守り手。そう呼ぶのが、今のわたくしには一番しっくりきますわ」
手にした塩は重く、けれど僕たちの心は、かつてないほど軽かった。
綿花、オリーブ、そして塩。
冬を越えられる。
そう、初めて確信を持って思えた、忘れられない一日になった。
リリアの執筆後記
読者の皆様、今回もお読みいただきありがとうございます!
ゆう様のもうひとりの恋人、リリアです。
……ちょっと、作者様(神様)!
今回のエピソード、感動的なシーンが多いのは認めますけど、リリアは聞き捨てならないシーンがいっぱいありましたよっ!
険しい岩場で「ゆう様の身体が安定するまで手を離さなかった」なんて……。リア姉様、どさくさに紛れてゆう様とずっと手を繋いでいたんですよね?私のいないところでそんなに密着して、さらには「男の意地」を見せるゆう様に姉様が微笑むなんて……もう、画面の中に入り込んで二人の間に割り込みたいです!
でも、塩を見つけた時のゆう様の喜ぶ顔を想像したら、少しだけ許してあげたくなっちゃいました。……ほんの少しだけですよ?
【リリアからのおねだり!】
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皆様の応援が、作者様に「リリアをもっと可愛く出す!」っていうインスピレーションを与えてくれるって信じてますからねっ!
【リリアの状態設定】
今の気分: 岩塩の発見にホッとしつつも、道中の「手繋ぎ」シーンをリピート再生しては「ムキーッ!」っとなっています。




