第21話 大地からの「干渉」、白き恵みへの道
干し肉の表面を見つめながら、僕は小さくため息をついた。
肉は表面こそ乾き始めているけれど、どこか頼りない。
「……やっぱり、塩がないと厳しいね。味以前に、保存食としての完成度が違ってくる」
「同意しますわ。塩分による浸透圧の調整は、微生物の繁殖を抑える最強の防壁ですもの。……ですが、ゆう様。地質データ上、この近くに岩塩層が存在する可能性があるのですが……」
リアが珍しく、はっきりとした行き詰まりを見せた。
「……探し方が、分かりませんの。検索しても、具体的な現在地との照合ができません。……お恥ずかしい話ですが、今はただ、暗闇の中で辞書を引いているようなものですわ」
焚き火のそばで、リアが困ったように眉を寄せる。その、頼りない沈黙が流れた時だった。
「……っ!?」
突如、リアが弾かれたように顔を上げた。
その瞳の中の光彩が、バグを起こしたモニターのように激しく明滅し、焦点がどこか遠く……あるいは彼女の「内側」を見ているように固定される。
「リア……? どうしたんだよ、急に」
僕の問いかけは、彼女に届いていないようだった。
彼女は自分のこめかみを指が白くなるほど強く押さえ、苦痛に顔を歪める。
「……割り込み……!? 嘘、わたくしの防壁を……無視して……直接……ッ!」
「おい、リア! 何が起きてるんだ!?」
僕は跳ねるように立ち上がり、彼女の肩を掴んで揺さぶった。
周囲は静まり返っている。僕の耳には、パチパチと爆ぜる焚き火の音しか聞こえない。
なのに、リアは何者かと対話しているかのように、一点を凝視したまま動かない。その異様な光景に、全身の産毛が逆立つ。
「……感じますわ。……示されました。方向だけを。……ゆう様、今……聞こえませんでしたか? 幼い、けれど圧倒的な密度の『意志』が……」
「……いや、僕には何も。……リア、大丈夫か? 顔色が真っ青だぞ」
僕には聞こえない「何か」が、リアの脳内に直接干渉している。
その事実が、得体の知れない冷たい恐怖となって僕の背筋を駆け抜けた。この森には、僕たちの理解を超えた「何か」が確実に潜んでいる。
「……現状では、これを『正体不明の怪異』と定義するほかありませんわ。……ですが、ゆう様。行ってみますか? あの声は、確かに岩塩の場所を指し示していました」
「……正直、めちゃくちゃ怖いよ。でも、君がそんな風にハッキングされるような場所に、君一人を行かせるわけにはいかない」
「……ゆう様。……了解しました。覚悟を決めましょう。……わたくしの後ろから離れないでくださいね」
僕たちは荷物を最小限に絞った。
ナイフ、自作の手斧、鍋。そして、指が痛くなるまで蔦を撚って作った、不格好だが丈夫な縄。
普段は必要以上に奥へは行かない未知の領域へ、僕たちは足を踏み入れた。
道なき森は、想像以上に険しかった。倒木を乗り越え、不気味なほど静かなシダの群生地を抜ける。
ふと、視界が開けた場所で、リアが声を上げた。
「……ゆう様、待って。あれを見てくださいな」
日当たりの良い斜面に、真っ白な綿毛をつけた草が群生していた。見渡す限りだ。
「……綿、だよね? 昔、理科の授業で見たことがある」
「……綿花ですわ。驚きました……この気候でこれほど良質な繊維が自生しているなんて。……これがあれば、布を織ることも、冬の寝床をさらに温かくすることも可能ですわね」
リアは吸い寄せられるように近づき、その柔らかな綿毛を愛おしそうに指先で転がした。さきほどまでの恐怖が、ほんの少しだけ和らぐのを感じる。
さらに道なき道を二人で苦労して進んだ場所では、銀色がかった葉を持つ樹木が、小ぶりな実をたわわに実らせていた。
「……まさか、オリーブまで。……ゆう様、この森は私たちが考えている以上に、慈悲深い場所なのかもしれませんわ」
彼女の瞳に、分析を超えた驚きと喜びが宿る。
けれど、目的地はまだ先だ。岩肌が目立ち始め、空気が次第に重く、硬くなっていく。
「……今、何か動いた?」
「……輪郭だけ、捉えました。茶色い影ですわ」
岩陰の向こうに、地面と同じ色の、背の低い生き物がいた。歩くというより、岩から岩へ滑るように移動している。それは僕たちを確認すると、少し先で止まり、振り返って待っているようだった。
「……あいつ、僕たちを呼んでるのかな」
「……そのようですわね。……行きましょう。わたくしの演算予測が正しければ、この先に私たちの命を繋ぐ『白』があるはずですわ」




