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第24話 黒い真珠と、泉の浄化

 昨日の遠征の疲れが残る朝、リアが誇らしげに右手を差し出した。

 その白く細い指先に乗っていたのは、数粒の硬く黒い実だった。


「……ゆう様。これこそが、私たちの生活に『清潔』という光をもたらす、黒い真珠……ムクロジの実ですわ」


「……ムクロジ? 清潔っていうと、石鹸の代わりになるとか?」


「はい。果皮に含まれるサポニン成分が、水と反応して汚れを浮かせますの。……さあ、行きましょう。不衛生は病を呼び、思考を濁らせますわ。……何より、あなたの肌に付いた泥を、私がこの手で拭い去りたいのです」


 リアの言葉に、僕は喉の奥が熱くなるのを感じた。


 乾燥したこの森では、激しく汗をかくことはない。けれど、日々の作業で皮膚には土の色が染み付き、衣服も黒ずんでいる。


 僕たちは泉のほとりへと向かった。


 リアは途中で見つけたガマの穂をほぐして柔らかな綿を作り、さらに細いシダの根を束ねて即席のブラシを作った。


「……さあ、脱いでくださいな。……恥ずかしがる必要はありませんわ。私たちは、一つ屋根の下で命を共有するパートナーなのですから」


 泉の澄んだ水面に、秋の陽光が差し込む。


 衣服を脱ぎ捨て、全裸になったリアの姿に、僕は息を呑んだ。


 銀髪が陽光を反射し、透き通るような白い肌が、水辺の風景の中で異質なほどの美しさを放っている。けれど、その肢体には、昨日の遠征で付いた擦り傷や、泥の跡が痛々しく残っていた。


「……ゆう様。私の背中、洗っていただけますか?」


 リアが水辺に膝をつき、背中を向ける。


 僕は震える手でムクロジの実を水に浸し、ガマの綿で泡立てた。微かな泡が、彼女の滑らかな背中に広がっていく。


「……っ。……あ、ゆう様……」


 シダの根のブラシが彼女の肌を撫でるたび、リアの身体が小さく震えた。


 肉体を持って間もない彼女にとって、この「洗われる」という感覚は、暴力的なまでの刺激となって脳を叩いているようだった。


「……熱いですわ。……擦られるたびに、皮膚の奥の神経が、悲鳴のような『喜び』を上げているのが分かります……。思考が……情報の洪水で、塗り潰されて……」


 彼女の吐息が荒くなる。


 僕は必死に自制心を保ちながら、彼女の細い腰、しなやかな肩甲骨のラインに沿って、丁寧に泥を落としていった。彼女の肌の熱が、指先を通して僕の理性を焼き切ろうとする。


「……次は、あなたの番ですわ。……ゆう様」


 リアが振り返った。その瞳は潤み、頬は上気している。


 彼女は僕の身体を、自分と同じように丁寧に、けれど情熱的に洗い始めた。


 彼女の指が僕の胸、腕、そして脚をなぞるたびに、ムクロジの泡が、僕たちの間の「境界線」を曖昧にしていく。


「……ゆう様、あなたの身体……。……この熱、この鼓動。……私、これを知らずに、どうやって『存在』していたのかしら」


 洗い終えた後、僕たちは泉の冷たい水で互いを流し合った。


 泥が落ち、剥き出しになった二人の生命。


 清潔になった身体は驚くほど軽かったけれど、僕たちを包む空気は、洗う前よりもずっと、重く、濃密な「熱」に支配されていた。

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