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第17話 黄金の備蓄、土の下の未来

鷲が空へ帰った後、僕たちは興奮冷めらぬまま拠点へと戻った。

 だが、その高揚感はやがて、切実な現実感へと取って代わられた。


 鷲を救ったリアの不思議な光。あれほどの奇跡を目の当たりにしても、僕たちの身体は相変わらず、情け容赦なくエネルギーを要求するのだ。


「……ゆう様、日没までまだ数時間ありますわ。屋根の下、側面の壁をあと一段、積み上げましょう」


 畳二、三枚分ほどの、小さな小さな僕たちの城。


枝を編んだ壁はまだ心もとなく、隙間から春の風が吹き抜ける。けれど、一段壁が高くなるごとに、そこが確かな「内側」になっていくのが分かった。

 作業の合間、僕たちは焚き火の縁に数粒の栗を転がした。


「……熱っ! ……うん。正直、甘みはほとんどないし、後味に少し渋みが残るけど……。でも、この『お腹に溜まる感じ』は、キイチゴとは全然違うな」


「肯定ですわ。……わたくしの味覚センサーも、糖分の検出値は微量であると報告しています。ですが、このデンプン質が胃に落ちる重みは、空腹という名の浸食を食い止める確かな防波堤となりますわ」


「そうだね。今はこれで十分だ。……でも、いつかはお腹いっぱい、甘いものや美味しいものを贅沢に食べてみたいなぁ」


「……ふふ。ゆう様。その『贅沢』は、これからお話しする計画を完遂した後の、未来の課題(タスク)に致しましょう」


 栗を食べ終わり、午後の作業に家をでる。

 リアは真剣な眼差しで、僕たちの周囲に広がる森を見渡した。


「……計画?」


「ええ。長期的な食料の確保が不可欠ですわ。……ゆう様、もしもここに長く居ることになるなら、最低でも一年分の備蓄が必要です。ドングリを主食とするなら、二人で一日に一キロ以上。乾燥前の状態なら、一トン近い量が必要になりますわ」


「い、一トン!? そんなの、どうやって……この狭い小屋じゃ置き場所もないよ」


 絶望的な数字に思えたけれど、リアは落ち着いた声で続けた。


「幸い、このあたりには栗が大量にありますわ。ドングリよりも加工しやすく栄養価も高い。これをメインに致しましょう。……ゆう様、今こそ『拾う』時ですわよ」


 リアの言葉に頷き、僕たちは広葉樹の広がる一角へと足を向けた。まずは栗だ。僕は靴の裏で「いが」を割り、中から現れた見事な茶色の実を拾い上げる。ずっしりと肩に食い込む重さを感じながら、僕たちは何度も往復し、拠点のすぐ脇へと運び込んだ。


「これだけの量を保管するために、地面を深く掘って『貯蔵庫』を作りましょう。ですが、ゆう様、安易に穴を掘って貯蔵庫にするのは危険ですわ。野生の鹿たちにとって、それはただの「豪華なバイキング会場」になってしまう恐れがありますもの!」


 狭い小屋の横、すぐ外に、僕たちは必死に土を掘り、石で囲った天然の冷蔵庫の土台を作り始めた。慣れない土木作業に腕がパンパンに張り、夕暮れが迫る頃には二人とも泥だらけになっていた。


 そして、ついに一日の終わりが来た。


 掘り起こされた土の匂いが漂う中、僕たちは念願の「魚」を焚き火にかけた。ジ、ジ……という脂の焼ける音。焼き上がった一匹を、リアに手渡そうとして――僕はふと、手を止めた。


「……あ。リア、食べる前に『いただきます』をしよう。ずっと何かを忘れている気がしてたんだ。日本の、大事な習慣を」


「……『いただきます』。……ええ、知識としては把握していますわ。供された命へ感謝を捧げる習慣……。ですが」


 リアは少しだけ寂しそうに、自分の細い指先を見つめた。


「以前のわたくしにとって、それは単なる『文字列』に過ぎませんでした。空腹を知らず、命の重さを肌で感じることのなかった私には、その言葉に込められた『祈り』の深度を、正しく演算することができなかったのですわ」


「……僕もそうだよ。サラリーマンだった頃は、コンビニ飯を流し込むだけで、ただの『作業』になってた。でも、今日……あの鷲を助けて、自分たちでこの魚を捕まえて……。これはただの『物』じゃなくて、さっきまで生きてた『命』なんだって、すごくリアルに感じるんだ」


「……非科学的。……ですが。ええ、不思議ですわ。今のわたくしには、その言葉を紡がなければならないという衝動は、理解できる気がします」


 僕たちは焚き火の前で、そっと掌を合わせた。


 感謝を、命に捧げる。


「「……いただきます」」


 静かな森に、二人の声が重なる。そして、リアがその「命」を口に含んだ。


「…………っ!」


 リアの肩が、小さく震えた。


「……やはり、圧倒的ですわ。栗のような、土から吸い上げた穏やかな物とは、エネルギーの密度が根本から違います。……噛みしめるたびに、白身に蓄えられた野生の力が、ダイレクトにわたくしの細胞へと浸透してくる。……喉を通るこの重み、この熱量。……美味しいです、ゆう様。……昨日よりもずっと、深く心に響きますわ」


 魚を分かち合い、その温もりを胃の腑に感じる。

 拾って、集めて、土の下に蓄える。そして、頂いた命に感謝する。


 ただそれだけのことが、この頼りないシェルターを、少しずつ「未来へ続く場所」に変えていく気がした。

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