第123話 氷の精霊王と、禁断の果実
「……そうですわね。水の精霊王に氷の力を出させることができるのですから。リアお姉様が古代エルフの血を引いていても、不思議ではありませんわ!」
心酔しきった表情で断言するセレスティアに、今度はリアが不思議そうに首を傾げた。
「……何の事をおっしゃっているのかしら? 私に力を貸してくれるフェンリルは、最初から『氷の精霊王』ですけれど」
その言葉が投げかけられた瞬間、セレスティアの動きがぴたりと止まった。
漫画表現でよくある、頭上に雷が落ちる「ピシャーン!」という効果音。あれを地で行く反応を、僕は生まれて初めて実物で見た。
「こっ、こっ……ここここ、こお、り、の、せい、れい、おう……?」
ニワトリかな?
いちいち反応が大げさで、見ていて飽きないな、この子は。
僕はたまらず、気になっていた疑問を口にする。
「……氷の精霊王が、何か問題なの?」
セレスティアがクワッ、と目を見開いて僕に詰め寄ってきた。その勢いに、僕は思わず身を引いてしまった。
「と、特殊進化ですっ!」
「なんて?」
「ですから! 氷の精霊王は、特殊進化を遂げた精霊王なんです! 本来、氷の力は水の精霊が多大な負荷をかけて捻り出す高次技術。ですが、稀にいかなる理由か、精霊そのものが氷の概念へと変質することがあるらしいのですわ。その個体は通常の精霊より遥かに効率よく氷を操りますが、力を借りる難易度は絶望的。伝承に残る『特殊進化の精霊王』と契約できた例は、風の精霊から進化した雷鳥……雷の精霊王のみ。それすら神話の時代の話で、そもそも特殊進化体は、見かけることすら叶わない幻の存在なんですのよ!」
熱弁を振るうセレスティア。
なるほど、理解した。
つまり、僕のリアは最高だ、ということだ。
うん。
「……話が脱線していますわよ、セレスティアさん」
「はい! お姉様っ!」
リアのたしなめるような声に、セレスティアは即座に直立不動になった。その目には、もはや崇拝の念すら浮かんでいる。
「ええと、どこまで話しましたでしょうか。……そうです、炎の精霊王を操る術師に里が蹂躙され、さらに特殊な毒を使う魔物のせいで、族長……父様が負傷してしまったのです。水の精霊王を召喚して毒を抑えるたびに寿命が削られ、もはや限界……。通常の薬草も癒しの術も効かず、この聖域に成る『聖木の実』だけが最後の希望なのです。一番速く動ける私が実を求めてここへ来ましたが、魔物の群れに追われ……最後の力を振り絞って、ここに辿り着いたというわけです」
なるほど、そんな事情が。
まだ聞きたいことは山ほどあるが、これだけ喋れば喉も乾くだろう。僕は立ち上がり、棚へ向かった。
「……とりあえず、たんぽぽ茶を入れてあげよう。喉、乾いたろ」
「あ、ありがとうございます……」
僕は、去年から作り置きしてあったたんぽぽ茶を淹れ、ついでに「お茶請け」として小皿にドライフルーツを添えて出した。
「ありがとうございます。……ふぅ、優しい味のお茶ですね。……あ、こちらのドライフルーツも美味しい。なんだか、食べると体力が底から回復してくる気がしますわ。お腹が空いていたからでしょうか」
セレスティアが少しだけ顔色を良くして、美味しそうにドライフルーツを頬張る。
それを見ていたリアが、ふと冷静な事実を告げた。
「……ですが、セレスティアさん。聖木の木の実が成るのは初夏ですわ。今はまだ春の入り口……採ることはできませんわよ」
それを聞き、ガックリと項垂れるセレスティア。
「そ、そんな……。ここまできて、手に入れることができないなんて。私は、どうすればいいんでしょう……」
絶望に打ちひしがれながらも、彼女の手は無意識にドライフルーツを求めている。もぐもぐと咀嚼しながら、彼女はふと手元の白い実を見つめた。
「……それにしても、このドライフルーツ。本当に美味しいですね。エルフの私が今まで食べたことがありません。これは、何の実なんですの?」
「あ、それ? 美味しいよね。体力も回復するし。泉の中央にある、あの若木から採れたんだ」
「へー、そうなんですか……。ん?」
ピシリ、とセレスティアが再び固まる。
ギギギ、と効果音が聞こえそうな、ぎこちない首の動きで僕を見た。
「……いま、なんと?」
「あ、うん。たぶん、それが君の探してる『聖木の実』だね。去年たくさん採れたから、保存用に乾燥させておいたんだ」
「な、ななな……なんてものを食べさせるんですかー!!」
聖域の静寂を切り裂くような、セレスティアの魂の絶叫。
家宝、あるいは救国の秘宝として扱われるべき「聖木の実」が、ただのおやつとして消費されているという残酷な事実に、彼女の精神はついに限界を迎えたのであった。




