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第122話 エルドレインの姫、揺れる矜持と洗濯物

 キリッとした自己紹介を終えたセレスティアは、僕の視線が窓際に固定されていることに気づき、不思議そうに小首を傾げた。

 

 そして、僕の視線の先――春風にぱたぱたと踊る「自分の下着」を確認した瞬間、その顔面が沸騰したかのように真っ赤に染まる。

 

「み、見ないでくださいましっ! 破廉恥ですわっ!」

 

 あわあわと両手で僕の視界を塞ごうとしてくるが、怪我の痛みで動きがぎこちない。……この子、凛とした外見に反して、かなりのポンコツな気配がするぞ。

 

 そんなやり取りを、リアが氷点下の眼差しで一蹴した。

 

「……それで? なぜ聖域に? 順を追って説明してくださるかしら」

 

「は、はい! リアお姉様っ! そうですね、何からお話すれば良いか……少し長い話になるかもしれませんが、聞いていただけますか」

 

 ……リア、いつから「お姉様」呼びに。


 さっき僕が席を外していた短い間に、一体どんな「教育」が行われたんだ。

 外見だけ見れば、10代後半のリアより、20代を超えて見えるセレスティアの方がよっぽど年上に見えるのだが、当のセレスティアは完全にリアに心酔し、背筋を伸ばして居住まいを正している。

 

「私たちはここから……そうですね、エルフの郷は徒歩で半月ほどかかる森の奥にあります」

 

「半月……約十五日。つまり、三十日で一ヶ月という認識でよろしいかしら?」

 

 リアが事務的に確認を入れると、セレスティアはまた不思議そうに小首を傾げた。

 

「世界の暦はみんな一緒ではないのかしら……?」

 

(……ごめん、こちらの暦を僕達は知らないんだ)

 

 内心でそう呟いていると、リアが僕に向き直り、脳内アーカイブを照合するように補足を加える。

 

「エルフの足で半月……。ゆう様、距離に換算すると、そうですね。最低でも東京から大阪間、といったところでしょうか」

 

 東京から大阪。……結構な距離だ。そんな遠方から、彼女はボロボロになりながらここまで逃げてきたのか。

 

「続けなさい」

 

 リアに促され、セレスティアは表情を曇らせた。

 

「は、はい。……エルフの里は今、魔物の軍勢に襲われています」

 

 その言葉に、僕は思わず目を見開いた。

 

「普通の魔物なら、私たちの精霊術で退けられるのですが……相手が悪すぎたのです。敵は、不死の軍勢アンデッド――スケルトンの魔物です」

 

 スケルトン。魔物じゃないスケルトンもいるのか? という疑問が浮かんだが、今は先を促す。

 

「しかも、軍勢を率いているのが……エルフとは最悪の相性である、炎の精霊術師なのですわ」

 

 僕はちらりと隣のリアを見た。彼女はすまし顔で話を聞いている。

 ここは僕が聞いた方がいいだろう。僕たちが異世界から来たことは、今のところ隠しておきたい。リアはエルフだが、元は地球のAIだ。この世界の「エルフの常識」など知るはずもない。

 

「……なぜ、炎の精霊術師はエルフと相性が悪いんだ?」

 

 僕の問いに、セレスティアは「何を当たり前のことを」と言いたげな、呆れた表情を浮かべた。

 

「あなた、エルフと暮らしているのに、そんなこともわからないのですか?」

 

 少し馬鹿にしたような口調。……その瞬間、隣のリアから「無言のプレッシャー」が放たれた。空気が凍りつく音が聞こえそうなほどの重圧に、セレスティアが悲鳴を上げる。

 

「い、いいえ! 失礼いたしました! 私が説明させていただきますっ!」

 

 慌てて居住まいを正し、彼女は早口で解説を始めた。

 

「エルフと相性が良いのは、植物、風、そして水の精霊の順です。次いで変わり者の大地の精霊……一番人気がないのが火の精霊ですわ。何しろ、植物や水の精霊は、火の精霊と仲良くすると機嫌を損ねて、こちらの言うことを聞かなくなってしまうこともありますからね!」

 

 ……あれ? リアは火も含めた全属性の精霊と仲が良いよな?

 リアが黙っているということは、余計なことは言わないでおこう。

 

「エルフの精霊使いは、植物の精霊使いが圧倒的に多いのです。ですから、弱点である火を操る者が相手では、あまりに不利。相手は炎の精霊王すら使役します。対抗できるのは、水の精霊王を喚べる里の長老ぐらいなのですが……」

 

 情報量が多い。精霊王、相性、そして里の危機。

 すると、リアがさらりと、残酷なまでの正論を口にした。

 

「あら。あなたの部族のエルフたちは、一人につき一種類の精霊からしか力を借りられないのかしら? ……それは、精霊との対話が足りていないのではなくて?」

 

 セレスティアは、目を見開いた。

 

「リア姉様は……複数の精霊の力を借りられるのですか!? それが出来るのは、私の郷だと長老とその一族ぐらいです……。私でも、植物と風を合わせるのが精一杯。……リア姉様は、もしや古代エルフの血を引いていらっしゃるのですか……!?」

 

 セレスティアの瞳に、畏怖を超えた熱狂的な輝きが宿る。

 彼女による、切実で情熱的な精霊談義は、春の午後の光の中で延々と続くことになった。

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