第121話 聖域の汚染、あるいは洗礼の白
「くっ、ころしぇっ、たとえころされても、わたしがしなないかぎり、このいのちあるかしら。ふぇぇ。ティア、まけない、つよいこ。がんば…ゅ…」
うわ言のように、がくがく震えながら絶望とプライドが混ざり合った謎の言語を漏らす少女。
……大分混乱してるな、この子は。こんな分けの分からないくっころ、初めて見たよ。
エルフの誇りと、死への恐怖、そして目の前の「人間と、怒れる同族」という異常事態。その飽和したストレスが、彼女の限界をあっさりと突き破った。
――チョロチョロチョロチョロ
静かな小屋の中に、あってはならない、けれど否定しようのない「液体」の音が響く。
僕が固まり、少女の顔が真っ白から真っ赤、そして土色へと変色していく中、それを見てさらにヒートアップしたのはリアだった。
「…………よくも。よくもわたくしたちの聖域(家)を!!」
リアの長い銀髪が、逆立つようにふわりと浮き上がる。
その瞳に宿るのは、もはや慈悲ではなく、汚染物質を排除しようとする冷徹な殺意。フェンリルの冷気が、今度は物理的な吹雪となって室内に吹き荒れた。
まずい、まずいまずいまずい! 止めないと、この子が物理的に「消去」される!
「リ、リ、リ、リ、リア?まて、まてまてまて、ステイ! リア、ステイ!」
「離してください、ゆう様! この女は、わたくしとゆう様の大事な聖域(家)を汚したのですわ! 万死……いえ、億死に値しますわ! 除菌! 即刻除菌ですわ!!」
僕は、逆上して文字通り「髪を逆立てた」リアを後ろから必死に押さえつける。
……あれ? 何かおかしいな?
さっきまで「聖域を汚した」のを責められていたはずが、いつの間にかリアが「聖域を汚した」のを責めてるな!?
守りたいものの定義が、僕たちの中で完全に「生活の場」へとシフトしていることに可笑しみを感じつつも、僕は必死になだめ、深呼吸をさせ、なんとかリアを落ち着かせた。
「……ふう。……取り乱しましたわ。……ゆう様、少々お席を外していただけますかしら」
正気に戻った――というより、事務的な「処理モード」に入ったリアの目は、逆に怖かった。
僕は頷き、そそくさと小屋の外へと避難した。
しばらくして、リアに呼び戻され、僕はおそるおそる家の中に戻った。
室内は驚くほど清涼な空気(たぶん換気と魔法による脱臭)に包まれており、いろりの傍らには、どこか魂の抜けたような顔で座り込むエルフの少女がいた。
「ほら、挨拶なさい」
リアが、氷点下の冷徹な目で命令を下す。その手には、なぜか厳しい教師が持つような細い木の棒が握られていた。
「……っ。し、失礼いたしました、ゆう様」
少女は、真っ青な顔のまま、けれどエルフの貴種としての矜持を振り絞るように、キリッと姿勢を正して挨拶を返した。
「私の名は、セレスティア・ヴァルノエル・エルドレイン。……エルドレインの族長の娘でございます」
その凛とした名乗り、気高い家名の響き。
本来なら、跪いて敬意を表すべき「姫」の姿なのだろう。
……けれど。
彼女の背後、春風の吹き込む窓辺には、洗い立ての「白いパンツ」が、ぱたぱたと、あまりに無邪気に揺れていた。
「……ア、ウン。よろしく、セレスティア」
僕は、どうしても視線を窓辺から逸らすことができなかった。
聖域の外で何が起きているのか。彼女が何を背負ってきたのか。
そんなシリアスな疑問のすべてが、春の風に揺れる「純白」の前に、霧散していくような気がした。




