第113話 銀盤の余熱と、白い朝
窓の外は、夜の狂騒を塗りつぶすような真っ白な朝霧に包まれていた。
いろりの火はとっくに消え、室内には冷気が忍び寄っているはずなのに、毛布の中だけは、驚くほどの熱が淀んでいる。
「……ん、……ふ……」
隣で、微かな吐息が漏れた。
銀髪をシーツに散らし、泥のように眠っているリアの横顔。
昨夜の彼女は、僕が知る「冷静なAI」ではなかった。
昨日初めて氷の上を滑ったばかりの、その不慣れなはずの肢体。
けれど、慣れない銀盤の上で精一杯に舞い、熱を帯びた彼女の肉体は、僕を絡め取るたびに驚くほど強く、そして熱かった。
ふと、彼女の白い肩に目が留まる。
そこには、昨夜の激しさを物語るような、淡い赤みがいくつか点在していた。
「……検索、不能ですわ……」
眠りに落ちたままでも、リアの唇が小さく動く。
計算も、予測も、最適解も。
昨夜の僕たちが重ねた熱量の前では、現代の叡智すらシャットダウンしてしまったらしい。
僕は、まだ夢の中にいる彼女の腰に、そっと手を回した。
シーツ越しに伝わる肉体の曲線。
「……おはよう、リア」
僕が耳元で囁くと、リアの長い睫毛が微かに震えた。
薄緑色の瞳がゆっくりと開かれ、焦点が合う。
次の瞬間、彼女は思い出したように顔を真っ赤に染め、逃げるように毛布を鼻先まで引き上げた。
「……ゆう様。……わたくし、昨夜は、その……」
「……激しかったね」
「っ……! ログを、ログを抹消してくださいまし……!」
真っ赤になって毛布に潜り込むリアを、僕は逃がさなかった。
毛布越しに彼女のしなやかな腰を引き寄せると、熱い吐息が僕の胸元に漏れる。
「無理だよ。あんなに綺麗に舞って、あんなに情熱的に僕を求めてくれたリアを、忘れるなんてできない」
「……っ。……ずるいですわ、ゆう様。……昨日は、その……初めて氷の上を滑った高揚感のせいで、わたくしの演算回路が少し……いえ、大幅にショートしていただけで……」
言い訳をする彼女の肩は、まだ昨夜の余韻を湛えて微かに震えている。
慣れない全身運動の疲れを抱えた肉体。そこに、僕が与えた熱が深く、濃く刻まれている。
僕は潜り込んだ毛布をゆっくりと押し下げた。
露わになった彼女の薄緑色の瞳は、朝の光を反射して、昨夜の月下よりも潤んで揺れている。
「リア。まだ、身体……熱いね」
「……それは、ゆう様が……こうして、触れるからですわ……」
彼女は観念したように、細い腕を僕の首筋に回した。
昨夜の「激しさ」を思い起こさせる、貪欲なほどの密着。
AIとしての論理的な拒絶など、最初から存在しなかった。
ひんやりとした朝の空気と、毛布の中の爆ぜるような熱。
僕は彼女の潤んだ唇を塞ぎ、シーツを音立てて押しやる。
「……ゆう、様……っ。……だめ、です……。また、わたくしの……中身が……溶けて……っ」
リアの言葉は、熱い呻きに変わった。
昨夜、銀盤を切り裂いた鋭いエッジのように、今度は僕の熱が彼女の心の奥底へと深く、鋭く食い込んでいく。
朝の霧に包まれた静かな家の中で、二人の呼吸だけが激しく重なり合う。
昨夜の余韻をなぞるように、より深く、より逃れがたく。
僕たちは再び、終わりのない熱情の渦へと溶け合っていった。




